第3話 覚醒者
東京と名古屋での出来事以来、日本では明治時代以来の廃仏毀釈が盛んになった。
仏像がなくなればあの悲惨な出来事は起きない、と誰もが思った。
だが、日本だけではなく世界でも宙に浮く仏像による被害が拡大した。日本や世界では大都市のほとんどが灰と化し、世界中の人口が減少した。現在の世界人口は約3億人である。
日本の各地で甚大な被害が出た中、京都だけは奇跡的に無傷だった。だから京都は今、最後の砦として政府や自衛隊といった主要機関が集中している。今や日本の人口は東京ではなく、京都に集中していた。
京都出身でずっと京都にいる宗次にとって、東京の出来事もまるで他人事だった。だが、名古屋で母を亡くした後、他人事ではなくなった。そして、宗次は復讐のため、宙に浮く仏像の情報を集めていた。
中学生の宗次にとって情報を手に入れる手段はスマホだけだった。かなり限られていたが、意外にも仏像の出現情報は溢れていた。
2024年では日本含め世界中で仏像の出現情報があったが、それたの情報を分析すると日本での出現が多いことが分かった。宗次は情報を得る度、その場に出向いた。
仏像を倒せる手段があったわけじゃない。宗次はただ、宙に浮く仏像を全力で殺すつもりだった。
父を早くに事故で亡くした宗次の母は女手一つで宗次をここまで育ててくれた。宗次はそんな母が好きだった。
だが、仏像が全てを奪った。
日常も、大事な人も。
日本で廃仏毀釈が始まった時、僧侶は仏像のご利益を説いたが、宗次含めた誰もその言葉を受け取らなかった。大事な人を奪うことが救いでその仏像の行為が正しいこととは、どうしても思えなかった。
宗次はズボンのポケットに手を入れる。ポケットには折りたたみナイフがあり、仏像が現れた時、これで仏像を壊そうと思った。自衛隊でさえ壊せなかった仏像を宗次一人が壊すのはあり得ないことだったが、復讐心に燃えている宗次にそんな言葉は通じない。
現在分かっている情報では、仏像は358秒間宙に浮いたままで何もしない。だが、この時間を過ぎると仏像は周辺を破壊する。
宗次はあたりを見渡す。
今の児童公園に何かが出現する気配はない。もしかしたらこの情報も出鱈目かもしれない。だが、仏像が京都に現われない、とも言い切れない。
今は無傷の京都も、いつ仏像に襲われるのか、誰にも分からないからだ。
待つしかない。そう思って宗次は羅生門跡地と彫られた碑の前にしゃがんだ。
その時、背後に殺気を感じる。
「!」
仏像かもしれない。宗次は素早く立ち上がり、折り畳みナイフを構えた。同時に右手に熱が走る。
「痛っ!」
慌ててナイフを投げ捨てる。ナイフを投げた先を見ると、刃がドロドロに溶けていた。
(何が、起きた?)
次の瞬間、鋭い頭痛がする。
気性が荒いのう……
声が頭の中に響く。ゆったりとした古風な口調で声は続ける。
そんなガラクタを振り回してどうするつもりだった?
「うるせえ、手前には関係ねえ」
声が聞こえるのか?
「つべこべ言ってねえで、出てこい! 仏像!」
ほう、覚醒者を殺すつもりか?
「覚醒者……?」
聞いたことない言葉に今まで熱を帯びていた頭が急に冷える。
ぽかんと立ち尽くしている宗次に声は答えた。
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