第5話 大日本帝国時代
だが、
「見覚えのある光景なのだが、どこかが違う」
と考えた。
それは、先ほど感じた、
「既視感」
とは、何かが違っている。
その理由はすぐに気が付いた。
「最初に見た光景と、どこかが微妙に違っているということであった。
と感じると、
「じゃあ、今なら、入り口が見つかるかも知れない」
ということで、今度はゆっくりと周りを見て回った。
一度見ている光景なので、もう一度目の前の状況を、必要以上に意識する必要はないだろう。
しかし、
「もう一周すると、また微妙に違ってくるのだろうか?
そうやって考えると、何周か回っているうちに、まるで、
「マトリョシカ現象」
のように、限りなく、似通っている、
「似て非なる者だ」
ということになるのではないだろうか?
そう思い、また少しまわりをまわってみた。
すると、今度は人がいて、その人はこちらをまったく意識せずに、何か黙々とやっているのだ。
最初は気づかないふりをしているように見えたが、次第に。
「本当に見えていないのではないか?」
と感じるようになり、本当に見えていないと感じると、その人が、このサイクルの中に入ることはないと思われたのだ。
そこで佇んでいて、最後までこちらに気付かなかった人も、どこかデジャブを感じるのだ。
このデジャブは、
「目で感じたものではなく。状況に感じたものだ」
と言える。
だから、
「似て非なるもの」
であっても気付くことはある。
というものであった。
そして、その既視感が、
「状況によって刻々と変わる」
という、現実世界では、当たり前のようになっていることを、感じさせるのであった。
もう少し歩いてみると、そこに存在しているのは、
「黒い、吸い込まれそうな四角い空間」
だったのだ。
「ああ、これが入り口だ」
と感じるまでに、そこまで長くは感じなかった。
思わず苦笑いをすると、
「「この既視感が、デジャブとなり、さらに、入り口を浮かび上がらせる」
まるで、最初からそこにあった、
「シナリオ」
以外の何者でもないといえるのではないだろうか?
「ちょっと怖い」
という感覚は、最初からあった。
「サナトリウム」
といっていい場所を見つけた時、今までその入り口のまわりは、明らかに、
「深い森の奥」
だということで、その森の深さによって、
「果てしなく続いてはいるが、最終的には、限りなくゼロに近い、マトリョシカ現象となってしまう」
ということで、
「それ以上、何をどう意識していいのか分からない」
ということになるのであった。
今度は、森の中から見えていた、
「雲一つない、透き通るような青空」
というものを、凝視していた。
一度見てしまうと、なかなか目が離せなくなるのは、
「もしかすると、何かに襲われるかも知れない」
と感じると、
「これ以上恐ろしいことになるわけはない」
と思うのに、空から目を離すことはできなかったのだ。
ゆっくりと目を凝らしながら、空を見ていると、
「目が離せない」
という感情が、
「何が襲ってくるか分からない」
という恐怖感よりも、強かったといってもいいだろう。
だが、空を見てから、その空から目が離せなくなるまでに要した時間というのは、自分が思っているよりも、
「相当短かったように思う」
と感じた。
しかし、それは、
「まるで、夢を見ているような感覚だ」
といえるのではないだろうか?
「夢というのは、目が覚める数秒前の、一瞬に見るものだ」
という。
それがどんなに長い夢であったとしても、本当に、
「数十年という感覚を、数秒で感じることになる」
というもので、それが、
「夢の夢たるゆえんか?」
と感じさせられるのだった。
今回は、夢のように、物語になっているわけではないが、まったく動いていないものに対して、警戒心であったり、恐怖心をあおられ、一種の、
「脅迫観念」
というものを覚えているのではないか?
と感じるのであった。
「脅迫観念」
というのは、
「相手が、それ以外ではありえないという感情に至るために、外的要因として、恐怖心を抱かせることで、まるで脅迫を受けているかのような観念に気付かされてくれてありがとう」
と言いたかったのだ。
その
「脅迫観念」
というものが、自分を抑圧し、
「空を見上げる」
ということから、自分の意識を避けて通るとことができなくなってしまっているのではないだろうか?
それでも、
「首が疲れる」
というもので、次第に、見上げる角度が低くなっていき、それでも我慢をしていると、今度は頭痛がしてくるのだった。
「うぅ」
と思わす、声が漏れてくる。
その声が、まるで、森の中に反響したように、こだまが聞えてきたのだった。
そのこだまを聴きながら、また歩いていると、そのあたりで、サナトリウムという施設のイメージが頭に沸いてきた。
その建物は、決してキレイだとはいえない。
本来であれば、清潔で、キチンとした、細菌やウイルス対策を施した、
「キレイな建物」
という意識があったはずなのに、
「サナトリウム」
と聞いて、思い浮べる雰囲気は、
「雨ざらしになって、水が流れた後が残っている、まだらになった壁」
であったり、
「まるで廃校寸前の、誰もいない、トイレからお化けが出てきそうな学校」
であったりと、
「昭和初期くらいに出来上がった時のまま、老朽化だけが起こった、崩れかけの建物だ」
といえるのではないだろうか?
そんな建物を想像していると、
「案の定」
想像していた建物が現れた。
「入り口がないというのは、どういうことだろう?」
という意識はあったが、それ以上ではなかったのだ。
ゆっくりと、空から、下に視界が下りてくると、最初に見た空が眩しかったせいもあってか、
「視界がハッキリとしないな」
ということを感じさせるのだった。
その状態で、またサナトリウムを見ると、先ほどの黒い物体が、あったそこに、入り口があるではないか?
と思うと、
「なるほど、入り口が見えるようになるために、こんな何段階も要しないと、見ることができないような、厳重なものなのかも知れない」
と感じるのだった。
それだけ、
「建物を見られるのは、そうでもないが、中を見られたり、入られたりするというのは、お門違いだ」
というものであった。
実際に、中に入ってみると、ひんやりした。
先ほどまでいた世界も、それほど暑いわけではなく、
「暑くもなくも寒くもない」
という感覚であり、それが、
「サナトリウムというものの、正体なのではないか?」
と感じさせられるのであった。
真っ暗ではあるが、大きな窓から差し込んでくる日差しがあり、その窓くらいまでやってくると、音が、室内に、反響しているのが分かる。
その日は、運動靴での行動だったので、乾いた革靴のような音がするわけがないのに聞こえてきたということは、
「思ったよりも、空気は乾燥しているのかも知れない」
と感じるのだった。
さて、目の前に現れたサナトリウムを見た時、
「これは夢だ」
と思った。
それは、当然のことであり、確かに、夢だと思うのは当たり前のことで、何と言っても、
「今までなかったものが、まるで煙のように出現したのだから、蜃気楼でもない限り、夢だと思うのは、当たり前のことだ」
といえるだろう。
そんなサナトリウムの扉が見つからなと思い、一周してから、再度、
「もう一周しよう」
と考えた時、気がつけば、別の場所にいたのだった。
その場所というのは、目の前に広がっている光景としては、薄暗いところではあるが、
「無駄に広い」
といってもいいところで、
「音を立てれば、音が響く」
というところであった。
その音が、乾いた音ではなく、湿気を帯びているので、その音は、かなり鈍重な音ではないかと感じるのだ。
その音を感じていて、その場所が、
「まわりは、コンクリートに包まれた、まるで結露が溜まっているような場所ではないか?」
と感じた。
まるで、コウモリが無数に住んでいるような、薄暗く、気持ち悪い場所、絶対にありえないのは、
「さっき感じたサナトリウムだ」
ということだった。
サナトリウムというのは、
「結核療養の場所である。ここほど、清潔でなければいけないところだ」
といえるだろう。
しかし、逆をいえば、
「サナトリウムというと、戦前のものなので、実際にあったのは、戦前くらいまでだろう」
と思うと、その跡地が荒れ果ててしまい、そのまま現存しているとすれば、このような湿気や暗さで、気持ち悪さが醸し出されたそんな場所になるのではないだろうか?
そもそも、
「サナトリウム」
というと、当時は、
「不治の病」
として、特効薬もない時代には、伝染病でもある結核は、
「隔離」
というのが、必須だったのだ。
ということは、
「死ぬことが決まっているのに、隔離され、自由がない」
という、罹れば死ぬまで、隔離という、とんでもない境遇となってしまう。
そこで、少しでも、隔離の際、死んでいくまでに、少しでも、楽な思いをさせようと考えられたのが、
「サナトリウム」
であった。
「新鮮な空気」
あるいは、
「栄養価の高い食事」
などを得られることで、
「少しでも、延命できれば」
ということも考えられていたのだ。
戦後になると、
「ストレプトマイシン」
などの抗生剤という、
「特効薬」
ができたことで、サナトリウムは、自然と消えていったが、当時は、
「とても重要な場所だった」
ということであろう。
さらに、サナトリウムの近くでは、この場所はどうか分からないし、聴いた話だというだけで、その信憑性はm十分に疑うべきことであったが、
「サナトリウムの近くに、伝染病研究所のようなものがあった」
ということであった。
つまり、
「伝染病患者」
を使って、開発された薬の、
「実験台」
にしていた。
というような話も、実しやかに語られていたということもあったようだ。
もちろん、
「今となっては、分からない」
ということでもあるし、
「今とでは、まったく時代が違う」
ということもあるだろう。
しかも、昔であれば、特に、大日本帝国の考え方とすれば、今の日本国でいうところの、
「民主主義」
ではない時代だった。
「主権は、天皇であり、国民は、臣民として、天皇の命令には従わなければいけない」
と、極端にいえば、そんな時代だったのだ。
臣民というのは、
「平時であれば、普通に認められる権利」
であるが、これが、宣戦布告の詔などにおいて、天皇が、
「戦時中においては、この詔にある、戦争目的を完遂するために、国民は、一定の権利がなくなり、一致団結して、目的の完遂に勤める」
ということを義務化されてしまうのだ。
大日本帝国というのは、そういう時代で、今のような、
「民主主義」
ではなく、
「立憲君主国家」
なのである。
つまり、
「憲法に則った、君主を持った国」
ということで、その、
「大日本帝国憲法に、主権は天皇だ」
と書いているではないか。
そもそも、大日本
「帝国」
なのだ。
帝を祀り上げる国なのである。
だから、教育も、国家のスローガンも、国民ではなく、天皇を中心とした国家体制が、一番大切な時代だったのだ。
そんな時代において、国民に課せられた義務として、
「徴兵」
というものがあった。
一定年齢になれば、兵役検査を受けて、軍に入隊する
というものである。
だから、学校も、陸軍を例にすれば、
「陸軍大学」
「陸軍士官学校」
などと、
「職業軍人」
になるための、学校があるくらいである。
だから、昔の子供に、
「将来、大人になったら、何になりたいか?」
というようなアンケートを取ったとすれば、ダントツで、
「兵隊さん」
という答えが返ってきたことだろう。
確かに、職業としての軍人であれば、
「天皇陛下をお守りして、家族を守り、国民を守る」
という大義名分があり、それが絶対的に正しいと教え込まれてきているのだから、
「軍人になりたい」
という考え方は、当たり前のことであろう。
兵役を免除される人も一定数いたりした。
もちろん、老人、子供は除外であるし、身体に何らかの疾患のある人も、志願することはできない。
だから、
「兵役検査」
ということが行われ、軍隊に入隊するための、試験があったり、身体検査があったりしたのだ。
一時期は、
「志願兵のようなものも、結構いたのだろう。そもそも、日本人は国土が狭く、軍人となりえる人口が圧倒的に列強に比べれば少なかったのだ」
それでも、兵隊への志願は後を絶たない。
だが、実際には、それ以上に、兵隊の数が欲しかったのが、軍であろう。
「満州に何度も送られる」
という人も結構いたとも聞いている。
ただ、大東亜戦争の時のような激戦で、しかも、太平洋に戦線を広げすぎてしまったことで、兵隊の絶対数が足りなくなり、それまでは、英駅免除だった、
「大学生」
なども、
「学徒出陣」
などといって、大学生であっても、赤紙がきて、南方の激戦地に送られるということが、普通に起こったのだ。
その理由として、
「兵隊の命を軽視している」
といえるだろう。
そのいい例が、
「ゼロ戦などのような、スピードや機動力に特化させてしまったために、防衛力はまったくの皆無」
ということになったのだった。
ただ、どんなに軍人になりたくてもなれないのが、
「疾患を持った人たち」
であった。
精神的にも肉体的にも疾患があると、兵役に耐えられず、足手まといになるというものだ。
それで、兵隊免除となると、まわりから、下手をすれば、
「非国民扱い」
をされ、それこそ、大いなる差別で、治る病気も治らなくなるのだった。
それだけに、国家が、いよいよ、世界大戦に突入するという状況になり、
「治安維持法」
であったり、
「国家総動員法」
などというものができてくると、
「お国のために、働けない人間は、役に立たない」
などというレッテルを貼られるというものだ。
「大日本帝国」
というものは、皆が一つの目標に向かうというのがスローガンというもので、
「富国強兵」
というものが、明治時代からあった。
産業を興し、それによって、国を富ませ、そして、兵を強くし、国防を行う。
ということである。
元々は、
「ペリー提督が行った、砲艦外交によって、各国と結ばされた不平等条約の解消」
というのが、最大の目的だった。
「不平等な関税の掛け方の解消」
さらには、
「自国で条約の相手国民が罪を犯した場合、日本で裁くことができないという、領事裁判権というものの撤廃が大きな目標だったのだ」
といえるであろう。
列強に、
「追いつけ追い越せ」
それによって、不平等条約を解消できるというのが、
「明治維新からの、国家の最大目標」
だったのだ。
ある程度は解消され、日本国は、
「一独立国」
としての名誉を持つことができるようになったが、今度は日本がアジア支配を目指そうとすることで、
「さらなる領土拡大」
であったり、
「アジアへの植民地化」
という考えもあったかも知れないが、実際に当時の戦争目的としては、あくまでも、
「大東亜共栄圏」
の確立だったのだ。
「大東亜共栄圏」
というのは、
「大東亜」
つまり、
「東アジアにおいて、現在、欧米列強から、植民地とされている地域を独立させ、アジアに、大東亜共栄圏」
という、独立国家どうしで、アジアの侵略を阻害し、日本を中心に、列強に対抗しようという考え方であった。
それらの考え方が、
「戦争遂行目的」
つまりは、
「戦争スローガン」
となったのだった。
それらの目的完遂のために、
「今まで、富国強兵を行ってきた」
ということになれば、大きな大義名分ができるというものであった。
そんな時代において、サナトリウムは、下手をすれば、
「差別の対象になあったかも知れない」
ちなみに、兵役にパスできなかったことが、精神を病んでしまい、
「村人の大量殺戮」
という大事件を引き起こした、
「津山事件」
というのがあった。
戦後における、探偵小説の元になった事件として有名であったが、
「兵役に付けないことで、まわりから、差別的待遇を受けたことで、まわりが皆敵に見えるというような精神疾患を持ってしまった」
ということなのか、
「村人三十人殺し」
ということになったのだ。
サナトリウムにいる人たちも、さぞや、心が痛んだことであろう。
中には。
「こんなところで死ぬのではなく、できれば、戦場で死にたかった」
と思う人もいただろう。
何と言っても、
「どうせ死ぬのだから」
ということである。
今の時代のように、
「命は大切なものだ」
というわけではなく、
「命を大切にしないといけない」
というのは、あくまでも、
「天皇猊下の役に立つため」
ということである。
だから、国家運営という意味であれば、
「死ぬことは犬死になるので、生き抜くことが大切だ」
ということになる。
しかし、いざ、有事、戦争ともなると、天皇陛下のために命を捧げ、勝ち目がないと思うと、いわゆる、
「戦陣訓」
と言われるものに従って、
「生きて虜囚の辱めを受けず」
ということで、
「捕虜になるくらいなら、自害して果てろ」
というのが、
「大日本帝国民だ」
ということになるのだった。
そんなことを考えれば、フィリピや、サイパン、沖縄などで実際に行われた、
「玉砕」
などということになるのだ。
完全に追い込まれ、食料、武器、弾薬は底をつき、組織的な戦争は、すでに終わった状態であれば、敵の捕虜になったり、虐殺されることを思えば、
「少しでも相手をやっつけてから、死んでいく」
と考えるのも、無理もないことであろう。
今は、
「自ら死を選ぶ」
というのは、
「いけないことだ」
と言われるが、実際には、
「国家のため、天皇陛下のために、命を落とすのは当たり前」
と言われる。
「天皇陛下のために命を落とすのは、これ以上の名誉はない」
ということだ。
しかし、その気持ちも分からないでもない。
「人間必ず、いつかは死ぬのだ。だとすれば、国家元首である天皇猊下のために死ぬのは、国家のために死ぬということであり、国民としては当たり前のことだ」
ということになるだろう。
要するに、
「どこで死ぬか分からないのであれば、元首様のために死ぬということであれば、お家の名誉ということになり、それが、正しいことだ」
というような教育を受けていたとすれば、
「それは正しいことだ」
といえるのではないだろうか?
一種の宗教のようなものであり、
「カミカゼ特攻隊」
なるものと、
「自爆テロ」
というものの共通性を考えれば、
「大日本帝国は、天皇を中心とした、大きな宗教団体だったのではないか?」
という考え方が出てきても無理もないことだろう。
もちろん、それが正しいとは言えないが、
「無駄なことで命を落とすことを思えば、誰かを守って死んでいくと考えれば、どれだけ浮かばれるというのか?」
つまり、
「大日本帝国の考え方も、極端ではあるが、なまじ間違ってはいない」
といえるのではないだろうか?
「サナトリウムというものをいかに理解するか?」
ということは、少なくとも、
「大日本帝国」
というものをちゃんと理解していないと、この施設を理解もできないのではないか?
ということであった。
戦後には姿を消した施設なので、
「日本国」
の時代には、存在していないはずのものだ。
それを考えると、
「戦前の小説や歴史資料を見ておくことが戴せないである」
といえるであろう。
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