第5話 微妙な距離感
加奈子の看病を終え、京子は自分のアパートに帰ってきた。
部屋のクローゼットを開ける。
そこにはコヨリとして活動しているときに着る肌タイツ、衣装、そしてプラスチック製のアニメキャラのマスクが3つほど飾られている。
京子はその中の一つ、加奈子に正体がばれてしまったときの配信で被っていたマスクを手に取り、少し悲しげに笑った。
(はぁ…バレちゃった)
大きくため息をつく。
京子が着ぐるみにハマったきっかけ、それはコスプレからだった。
彼女はもともとゲームやアニメが好きで、大学時代にコスプレにハマる。
社会人になって金銭的余裕ができたこともあり、キャラクターに完全になりきることができる着ぐるみにハマっていった。
それにマスクで顔が隠れればコスプレ活動をしていても会社にバレるリスクが少ない利点もあった。
年に数回あるコスプレイベントの参加もしているし、その合間の期間はSNSに写真をUPしていた。
いつもはひかえめな自分とは違うキャラクターになりきった自分を見てもらうことに承認欲求を満たしていた。
しかし一枚の投稿写真が京子の承認欲求、いや、性癖までも歪めてしまうことになる。
ある日、京子はいつものように着ぐるみを着て写真を撮影して投稿した。
しかし、その写真に限っていつもよりもフォロワーの反応…いいね!や引用などが多いことに気づく。
その理由が京子にわからず、思い切って投稿した写真を自分で引用し、フォロワーに理由を尋ねてみた。
返信されたコメントに京子は困惑する。
なぜならコメントの内容が"汗染みに"に関するものばかりだったからだ。
撮影日はエアコンが壊れてしまい、たしかに汗だくだった。
その結果、京子は肌タイツが汗染みまみれの写真を無意識に投稿してしまってのだ。
過去の投稿を見返してみる…京子は全然気にしていなかったが汗染み写真が何枚も見つかる。
しかも汗染み写真の方が、自分が思う攻めたポーズで撮った写真よりもフォロワーの反応がいいではないか。
フォロワー達はコヨリの中身である京子からにじみ出るエロさに興味深々だったのだ。
そんな事実を知ってしまい京子は恥ずかしいと思うと同時に、妙な胸の高鳴りを感じ興奮してしまっていた。
お腹の奥が熱くなり、恥部から液が漏れる…京子は感じてしまっていたのだ。
この時から京子のコヨリとしての活動はだんだんと変化していく。
いかに自分を、「コヨリ」を官能的に魅せるか、そのこと考えるようになってしまう。
最近ではリアルタイムで汗染みができるような配信をするようになった。
普段は着れないような攻めた衣装に身を包み、汗だくになりながら視聴者の欲情を煽っている。
京子はそんな破廉恥な恰好を自分で見せつけておきながら性的に興奮をしてしまっているのだ。
しかもこんな薄汚い欲求まみれの姿を一番慕ってくれている後輩の加奈子に知られてしまうなんて…
(よりによって加奈ちゃんに…)
京子はうすうすだが加奈子が好意以上の感情を自分に向けていることはわかっていた。
もともと女子高出身で何人かに告白されたこともあるため、その手の視線には敏感だったのだ。
実際京子も女の子といた方が楽しいし、相手の好意に寄り添って付き合った経験もある。
それに元気で人懐っこくて、だけど少し華奢で守ってあげたくなる…そんな加奈子のような娘がまさに京子のタイプだったのだ。
一時期、加奈子に『京様』と様付けで呼ばれてしまったことがあったのには、さすがに周りの目が気になりやめさせたが…
しかし、そんなに慕っている加奈子に今回の、コヨリのことを知られてしまい敬遠されてしまったと思っている。
(でも…私が落ち込んでたら加奈ちゃんも気にしちゃうよね?心配かけない様に、いつも通りに振る舞わないと)
京子は持っていた着ぐるみのマスクを元に戻し、クローゼットの扉を閉じた。
二日後、京子の看病のおかげもあり加奈子は無事に回復し会社に出社した。
しかし気がかりなことがある。
(どうしよう…京様にどんな顔して会えばいいんだろう)
京子とコヨリが同一人物だと知ってしまったからか、どう接すればいいか悩んでいた。
歩道をとぼとぼ歩いていると後ろから声をかけられた。
「おはよう加奈ちゃん」
「京子さん!?」
なんと相手は京子だった。
京子はすぐに横に並び、加奈子の顔を覗く。
「体調は大丈夫?」
「はい。京子さんのおかげでもう元気いっぱいです!」
「よかった…でも病み上がりだから無理しないでね?調子悪くなったらすぐに言うんだよ?」
「はい、わかりました!」
「うん♪ちょっと用があるから先に行ってるね。じゃあまた会社でね。ばいばい」
京子はそう言うと早足で先に行ってしまった。
いつもと変わらない京子の様子に加奈子はホッと一息ついた。
会社の中でも京子は驚くほどいつもの京子そのものだった。
まるであんな出来事が無かったかのように。
一方加奈子はというと、京子の後ろ姿にコヨリの影を見てしまう。
病み上がということも重なってなかなか仕事に集中できなかった。
そうこうしているうちに週末が近づく。
加奈子にはもう一つ気がかりなことがあった。
あの日以降、コヨリの活動が止まってしまっていることだ。
いつもなら二、三日に一回の頻度でSNSへの写真投稿や生配信がある。
しかし五日連続でなにもないのだ。
(わたしがあんなこと言わなきゃ…京様…)
加奈子は責任を感じていた。
自分のせいで京子の趣味を潰してしまったのではないかと。
それに自分から京子にたいしてコヨリの活動について言及するわけにもいかない。
肩を落としながら帰りの駅まで歩く加奈子。
そんな加奈子に後ろから京子が声をかけてきた。
「はぁ…はぁ…加奈ちゃん…待って」
「京子さん?どうしたんですか!?」
かなり息を切らしている。
どうやら走って追いかけてきたらしい。
「加奈ちゃん明日なんだけど…私のお家これる?」
「京子さん家ですか?はい!いきます!お買い物ですか?」
京子のお誘いに無条件でニコニコになる加奈子。
そんな加奈子とは対照的に京子は大きく深呼吸をした後、真剣な面持ちでゆっくりと口を開く。
「ごめんね。違うの…コヨリのことで」
(え?コヨリちゃんのこと!?)
街中でその単語が出てきたことに加奈子は驚きを隠せない。
しかし京子の表情を見て何かあることを察し、加奈子の顔が引きしまる。
「わかりました!何時ごろ行けばいいですか?」
「えっと…午後2時くらいで大丈夫?」
「はい!じゃあその時間に行きますね」
「ありがとう加奈ちゃん。わがまま言ってごめんなさい…気をつけて帰ってね」
そういうと京子は会社の方に戻っていった。
(電話で話せばよかったんじゃ?でもなんか京様らしいね)
加奈子はまた駅に向かって歩き出す。
しかし明日のことが気になってしまう。
(でもコヨリちゃんのことってなんだろ?もしかして活動辞めちゃうとか!?そんなのやだよ!)
その日の夜、加奈子がお風呂から上がると携帯に通知が着ていた。
それは京子、いやコヨリからのものだった。
(え!?コヨリちゃん…じゃなくて京様?あぁややこしい!)
加奈子は慌てながら通知の内容を確認する。
コヨリ着ぐるみコスプレ@KOYORI_KIGURUMI
明日15:00~
みなさんお久しぶりです。
明日なのですが配信をしようと思います。
ちょっと最近忙しくって顔を出せてなくてごめんなさい!
よろしかったら見にきてくださいね♪
コヨリ
(やった!京様活動続けてくれるんだ!嬉しい!あれ?でも明日って私、京様の家に行くんじゃなかったっけ?どゆことだ?)
加奈子は京子がコヨリとしての活動を再開することに感動すると同時に、自分が京子の家にいる時間と被るのではないかと混乱していた。
今日も悩みの種は尽きなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます