社会人と高校一年生 / 年の離れた幼馴染 / ヤンキー / 現代日本
あれ、いつの間にかでかくなってる。
年の離れた幼馴染にネクタイの結び方を教えてくれと言われたけど、ネクタイとは無縁の生活を過ごして来たので無理だと正直に言えば、どうにかしろと凄まれたので、情けない声で、了解しましたと返した。
年の離れた幼馴染は、ヤンキーになってた。
昔は、兄ちゃん、兄ちゃんって、それはそれは愛らしく、可愛らしく、多種多様な植物や虫を背負いながら、ぼくの後についてきていたのに。
いつから疎遠になったんだっけ。
この子が、小学三年生の時からだったような。
だから、七年前、六年前になるんだっけ。
挨拶しても無視。
名前を呼んでも無視。
好きな話題でも無視。
無視、無視、無視の嵐である。
ああもう嫌われちゃったんだ、心が離れるのは早かった。
しつこくするのもだめだろうと話しかけるのを止めて、泣く泣く姿を見るだけになって六年後。
いきなりぼくの部屋(未だに実家暮らしである)に突撃してきたかと思えば、ネクタイの結び方を教えろと、高校の紋章の小紋柄と左下がりの斜線が入った深緑のネクタイをぼくに突き出して来たのである。
ネクタイに憧れはあったけれど、ネクタイと無縁の作業服での仕事に就いたぼくは、ユーチューブを見ながら、姿鏡の前に立ってもらった年下の幼馴染の背後に回って、ネクタイ結びに悪戦苦闘する中で、気付いた。
あれ、でかくなってる。
そりゃあそうか、あれから六年も経ってるわけだから、でかくなっているに決まっている。
六年前は、ぼくの身長の半分ぐらいしかなかったのに、今はもう、頭二つ分くらいしか違わないのではないだろうか。
「あのさ」
「何だよ。できねえとか泣き言は聞かねえぞ。さっさとしろよ」
「うん。それはごめん。まだまだかかりそうだけど」
「っち。どんくせえな」
「ごめん」
「で。何だよ?」
「あ、うん。あのさ。ぼくの事、嫌いじゃないの?」
「あ?嫌いに決まってんだろうが」
「え?あ。そうなの」
ショックだ。
途轍もなく、ショックである。
もしかしたら、お兄ちゃんとなんか遊べないっていう一時的な思春期の反抗期なのかと一縷の望みを持っていたのに、どうやら違ったらしい。
嫌われていたのだ。
しくしくじくじくである。
「き、嫌いなのに、ぼくのところに何で来たの?」
「嫌いだから来たんだろうが」
「え?あ。そう」
「ッチィ」
怖い、怖すぎるよ、何があったの。
それに嫌いだから来るってどういう事なの。
今の若者は嫌いだからこそ、接触するようになってるの。
嫌いだったらふつう、遠ざからない。
わからない、ああわからない、わからない。
「ッチ。またでかくなりやがって」
立ちながら足を揺らすのも貧乏ゆすりって言うのかな。
年の離れた幼馴染が、足を揺らし始めたよ。
そんなに嫌ならもう帰った方がいいんじゃないかな。
「え?いや。別に、でかくなってはないと思うけど」
「嘘つけボケがあ。縦も横も俺の二倍はあるじゃねえか」
「え?いや」
いやいやいやないないない。
どんだけ巨人になってんの、どんだけ巨人に見えてるの。
わからない、ああわからない、わからない。
とにかく今は、早くネクタイ結びを終わらせて、速やかにお帰り願おう。
怖いから。
「あ。ほら。できたよ」
「早過ぎだろボケがあ」
「え?あ。うん。ごめんね」
わからない、ああわからない、わからない。
「ッチ。また来る。連絡先を教えろや」
「え、あ。うん。えっと。〇〇〇-××××」
「自宅の電話番号を教えてんじゃねえよ。ラインを教えろや」
「え?ごめん。スマホ、持ってない。携帯電話、持ってない」
「ッチ。じゃあ、また、休日に来るからな。おまえ。土日は休みか?」
「え?あ。はい」
「ほかに予定を入れんじゃねえぞ」
「え。はい」
「じゃあな」
「はい」
わからない、ああわからない、わからない。
ぼくは年の離れた幼馴染の去って行く背中を見つめる事しかできなかった。
「あ。あんた。隣のお兄ちゃんにネクタイ結びを教えてもらえたみたいだね。ちゃんとお礼を言った?もう、あんたは、六年前に急に話さなくなったと思ったら、今回、急にネクタイ結びを教えにもらいに行ってくるなんて言って。もう、勝手なんだから。お菓子とか持って行った?ずっと無視してごめんなさいって謝ったの?あ。こら。母親を無視するんじゃないの。もう。まだ反抗期が続いてるの。もう」
「うるせえ!クソババア!今度行った時にちゃんと詫びの品を持って行くわ!」
「ちゃんと自分のお小遣いから出しなさいよ!」
「言われんでもそうするわ!」
素早く階段を駆け上がり部屋に入った俺は、素早く姿鏡の前に立つと、きれいに結ばれたネクタイを睨んだ。
「今度こそは、必ず。伝えるんだ。逃げるなよ。俺」
好きだって、伝えるんだ。
(2024.6.23)
恋人とネクタイ 藤泉都理 @fujitori
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