社会人 / 上司と部下 / 深夜 / 手持ち花火とラムネ / 現代日本




 何がどうしてこんな事になってしまったのか。

 繁忙期から解放された反動だろうか。




 仕事帰りでもうすぐ次の日を迎える時刻だった。

 会社の上司であり指導係でもあった高梨たかなしと、高梨の部下である霞夜かすみやは、花火が禁止されていない浜辺で、ラムネを片手に、手持ち花火を片手に、燃えないようにネクタイを背中に垂らして、向かい合わせになってしゃがんでいたのだ。

 高梨と霞夜は話さなかった。

 ゆえに、この場で二人が耳にするのは、花火の音、波の音、ラムネ瓶の中で動くビー玉の音だけだった。

 疲れているので話す気力がない。

 ならばさっさと帰って寝ればいいのに、打ち上げみたいなものはしたい。

 その結果がラムネと花火である。


 持っている花火が終われば、次へ、またその次へと無言で持ち替えて、花火にそれぞれ持っているライターで火を点けて、火柱を出し続ける。

 ライターは花火と一緒に買ったものだった。


(………ああ俺、よっぽど、疲れてんだろうなあ)


 ガクンコックン。

 頭が大きく揺れ動く。

 眠りたい。激しく眠りたい。のに。

 もう、脳の大部分は眠りに就いているのではないかと思っているのに。

 どうしてだろう。

 目だけがやけに冴えている。

 そのやけに冴えている目が一点に集中している。

 その一点集中しているところは、おかしい事に花火、ではない。

 互いの、ネクタイである。

 もう仕事が終わったのだ。

 結び目を解いて、外して、ネクタイは鞄かポケットにでも入れておけばいい。

 けれどそうしなかった二人は、律儀に結び目を硬くしつつ、胸の位置で折り曲げては、背中へと回したネクタイに釘付けであった。


 手持ち花火が放っては照らす微妙な灯火のせいだろうか。

 普段はまっすぐ垂れ下がっているネクタイが、折り曲がっては胸と背中へと垂れ流しているからだろうか。

 折り曲がっては胸と背中へと垂れ流れるネクタイが見出した肉体のせいだろうか。


 結構、肉厚だったのだな。


 ぼんやりと思うと、肉体に意識が行ってしまい、そうすると何やら妙な気持ちが漂ってきては、頑張って起きている脳が鳴らす警鐘音を聞きつけ、背中に回していたネクタイを勢いよく前に垂らした。


「「………」」

「帰るか。花火も。終わったしな」

「そうですね。はは。明日、休みなんで、起きれる自信がないっす」

「はは。大丈夫だ。休みなんだから。それに、日付が変わる前に俺が起こしてやるからよ」

「はは。もっと早く起こしてくださいよ」




 会社の上司であり指導係でもあった高梨と、高梨の部下である霞夜は、同じマンションの一室に住むただの同居人である。

 付き合ってはいない。

 恋しいと思いながらも、告げる勇気は一切合切ない同居人である。











(2024.5.14)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る