恋人とネクタイ

藤泉都理

高校三年生 / 幼馴染 / 花屋 / 母の日/ 現代日本




慎哉しんや。疲れ果ててたからもしかしたら眠ってるかもしれないわ』


 五月の第二日曜日。

 母の日。

 午後九時を少し過ぎた時刻。

 花屋の息子である慎哉と同じ高校三年生であり、幼馴染である多華也たかやは、彼の母親からそう聞かされては礼を言い、自宅へと繋がる外階段を駆け上がった。

 本当はもっと早くに訪れて店を手伝いたかった多華也だったが、夏を迎えれば引退する受験生の身で、高校での部活動が終わって、自宅で自主練に励んでいたらいつの間にかこの時間になっていたのだ。

 いつもは止めなさいと制止してくれる両親が、母の日という事で旅行に出ていて帰ってきてなかった結果が、大遅刻である。

 店の手伝いの後、夕飯をご馳走になりつつ、一緒に勉強しようと約束していたのだ。


(しっかし、おばちゃん。何か、すげえニマニマしてたな。まあ、母の日って事で花がすげえ売れただろうから、すげえ嬉しいんだろうけど。う~ん。なんか、それだけじゃねえような)


「うわー。首が痛そう」


 一応玄関のチャイムを鳴らしたが何の反応もなかったので、玄関の扉を開けて、お邪魔しますと言って、洗面台を借りて手だけ洗って傍らにあったペーパータオルで拭いてごみ箱に捨てて、慎哉の自室の扉を一応叩いたがこれまた反応なし。お邪魔しますと言って扉を開けたら、椅子に座っては背もたれにのけ反っている慎哉が居たのである。

 しかも何故かスーツ姿である。

 ビッチシ、ネクタイまで締めている。


 うわ社会人だ。

 多華也は思いながら近くに歩み寄って、まじまじと見つめた。

 やはり、眠っていても可愛い。

 可愛いと女子に人気がある慎哉はその可愛さを巧みに利用して、女子にちやほやされているので、男子からの評判は悪い。わけでもなく。その人懐こさ、いや、人たらしな言動で、男子と言わず、老若男女にも人気がある。

 見た目通りと言われる事もあれば、ギャップ萌えと言われる事もある、すごいやつなのである。


「うわ、俺より立派な喉仏がある。いや、のけ反ってるせいで、大きく見えるだけ、か?つーか。ネクタイってやっぱ、堅苦しいな。首が絞められてね。おい。おい、慎哉。おいってば」


 多華也が耳元で大きく声をかけても、肩を揺さぶっても、起きないどころか、一切合切反応なし。

 これはだめだ。そう判断して、とりあえずネクタイを解こうとして、はたと気づく。

 ネクタイってどうやって解くんだっけ。


「う~ん。逆にもっと締めちまうかもしんねえし。やっぱ、ベッドに寝かせた方がいいか。うん」


 多華也は身体を屈めて、慎哉の膝裏と背中に腕を通しては、ふんぬっと言いながら持ち上げた。想像よりもやや重かった。しかも、がっしりしていた。もう少しやわらかさがあると思ったが。


「へええ」

「………汗くせえ」


 いつの間にか目を覚ましていた慎哉は顔をしかめて、多華也を睨みつけていた。

 起きたか、おはよう。

 多華也は笑顔で言った。


「おはよう。おそよう」

「悪い悪い。自主練してたら思いのほか熱中しちまってたみたいで。シャワー浴びてくればよかったな」

「どうせ着替えてもないんだろ」

「ああ」

「俺の服を貸すからうちで今からシャワー浴びろ」

「そんなに臭えか?」

「臭いし、風邪引くかもしれねえだろ。おまえ。風邪引いてる暇ねえだろうが」

「おう。じゃあ。遠慮なく」

「つーか、下ろせ」

「あ。おう。忘れてた」

「あ?持ち上げてんのを忘れるくらい俺が軽いってか?」

「怒るなよ。嬉しいだろ。軽いって言われたら。重いって言われるより」

「俺は重いって言われた方が嬉しいし。ほら。早く下ろせ」

「はいはい」


 多華也は慎哉を椅子に下ろした。

 慎哉は椅子から素早く立ち上がると、すたすた歩いて箪笥から着替えを取り出して多華也に手渡した。

 サンキュ。

 多華也は受け取ると、何でスーツ着てんだと慎哉に疑問を投げかけた。


「母ちゃんが母の日だからお願い聞いてって頼まれた」

「な~る~」

「まあ、スーツだろうが、いつものエプロン姿だろうが、俺の可愛さに変わりはないから、売上に影響があるわけじゃないけどな。母ちゃんの一年に二回のお願いだ。聞いてやったんだ」

「可愛いし、カッコいいぞ」

「ったりまえだ」

「へへ。まあ、俺は、着たいとは思わねえけど。スーツ。特にネクタイがなあ。堅苦しいし、息苦しそうだし」

「まあ、思ったよりも、苦しくねえけど」


 慎哉は言いながら、人差し指でネクタイの結び目を軽々と解いては、片手で一番上のボタンを外した。


「うわっ。なんか、えろっ」

「はあ?」

「いや、なんか、ネクタイを解く仕草とか、ボタンを外す仕草とか。色気があるっつーか」

「まあ、高校三年生の俺だからな。可愛さにかっこよさに加えて、色気もいつの間にか得ちまってたんだな」

「うわ。おまえどんどんすごくなってくな」

「まあな。俺だからな」

「俺も負けてらんねえな。今年こそは俺も」

「おう。頑張れ。今年こそは甲子園に連れてけよ」

「おう」

「よし、シャワー行って来い」

「はい、借ります!」


 慎哉は敬礼しては自室から出て行った多華也に夕飯の用意をしてやるかと思いつつ、脱いだスーツをハンガーにかけると、多華也のスーツ姿を想像しては、ほくそ笑んだ。


「今度あいつに着てもらおう」


 そんでもって、ネクタイを解いてもらおう。

 あいつの方が絶対に、


「えろい」




 慎哉と多華也は高校三年生であり、受験生であり、幼馴染であり、そして。

 家族公認の恋人同士でもあった。











(2024.5.13)



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