幕間2

 私ことハセベは、モンスターが暴れて被害が出ているとの報告を受けて、その調査と討伐のために被害が発生したという、交易船の荷物などを保管しておく港湾倉庫を訪れていた。


 この島にも警察や治安維持のために駐留している軍隊はいるはずだが、その彼等が動くのではなく、わざわざ私達に調査の依頼が来たということは、彼らの手には負えない強力なモンスターが出現したのかもしれない。


 モンスターが関わっているということで、ある程度の覚悟はしていたが、その事件現場の状況は凄惨なものだった。


「そちらはどうだ?」

「ダメだ。こちらも酷い状況だ」


 仲間の黒いレザーコートの男、クロウが頭を振った。


 被害者は交易船から荷物の積み込み、積み下ろしのために雇われていた作業員の十一名。

 この日作業していた作業員は十三名なので、ほぼ全滅状態だ。


 ある者は首を引きちぎられ、ある者は顔の原型が残らないほど拳で滅多撃ちにされ、ある者は四肢を引きちぎられ……


 遺体のあちこちには五本の指で握られたような後が付いていることから、損壊状況だけを見ると、まるで巨大なゴリラかオランウータンが暴れたようにも見える。

 少なくとも刃物や銃ではこのような傷は付かない。爪を持つ熊などの猛獣でもこうはならないだろう。


「ひ、ひどい……」


 怪我人の治療のために同行させていた少女、マリア(水着)が卒倒しそうになりそうなところを西部劇のガンマン風の男、ウィリーがその身体を支えた。


「お嬢様には刺激が強かったか?」

「いえ、大丈夫です。怪我をしている人がいるなら私が治さないと」


 マリアは倒れはしなかったものの、精神的に強い衝撃を受けたのからなのか、足元がおぼつかない。


「ガーニーも大丈夫か?」

「は、はい。私はウィリーさんがいてくれれば平気です」

「そうか」


 ウィリーは魔術師の少女、ガーネットを心配して声をかける。

 ガーネットも口では平気と言っているが、マリアと同じように明らかに恐怖が顔に浮かび上がっている。 


 女性陣をここに連れてきたのは失敗だっただろうか?


「クロウ、ハセベ、こっちだ。来てくれ!」


 レオナの叫び声が、静寂を切り裂くように響いた。


 私たちは一斉に声の方へと走り出した。

 レオナの元にたどり着くと、そこには何か丸い球体のようなものを載せた作業着姿の男が小刻みに痙攣しながらのたうち回っていた。


 両腕は本来関節などない位置であり得ない方向に曲がり、両脚は太腿から下は何か強い力で圧し潰されたように肉が飛び出して皮だけで何とか繋がっている状態だ。


「のたうち回っているように見えた」は、正しい表現ではなかったかもしれない。


 こうやってよく観察して出た結論は『四肢を破壊されたので動けない』だ。

 おそらく、足があれば立ち上がってこちらに向かってくるだろうし、腕があれば自らの腕が反動で壊れることも厭わず殴りかかって来るだろう。


 私達のような能力を持っている人間ならばともかく、一般人並みの体力しかなく武装も貧弱な島の警察では対処出来なかったに違いない。


 その潰れた腕と脚あちこちから植物の根のようなものが皮膚を突き破って出て来ていた。その一本一本はそれぞれ独立した蛆虫のようにうごめいている。


 まるで安物のホラー映画のような光景だが、これが現実と思うと、背筋が凍りつくような恐怖が体を包み込む。

  

「なんだこれは?」

「脚に関しては私だ。調査をしていたらいきなり襲ってきたので脚を潰して動きを止めたらこうなった」


 レオナは悪びれもせずに言った。


 レオナが普段は左腕にベルトで取り付けている円形の盾を、フリスビーのように半魚人に投げてミンチにしているのは見た覚えがある。

 その盾が人体に直撃するとこうなるのかと思うと、別の意味で背筋に怖気が走る。



「もちろんこのミミズのようなものは私の仕業ではないぞ。腕も最初からこの状態だった」

「まあそれはそうだろうが」

「だがこいつは何なんだ?」


 クロウが『それ』に近付こうとしたのを、私は刀を伸ばして阻止した。


「その頭に付いたマリモのような物体が何か気になる。もしそれが何らかの寄生生物ならば、触れない方が良い。最悪はこちらも寄生される可能性もある」

「ならばどうする?」

「もっと詳しい調査をしたいところだが、どんな性質が有るのか不明なので近付くのは危険だ。触らずに油をかけて焼いてしまおう」


 クロウとレオナは無言で頷いた。異論はないということだろう。


 私達に何か調査、分析を行える能力やスキルがあれば良いのだが、残念なことに私達の能力は戦闘に特化しており、調査などには不向きだ。


 素人が下手に触って余計なことをするより、二次被害を防ぐためにこのまま誰にも処分してしまうのが良いだろう。


 最悪事件は迷宮入りすることになるかもしれないが、何らかのモンスターが関わっているのならば迂闊に触れるのは危険がある。


   ◆ ◆ ◆


「頭に球体を付けた全裸の男は行方不明になっていた作業員の男ということが判明した。これで犠牲者の数は作業員十二名ということになる」


 私は地元警察から聞き込みした話を仲間に伝えた。

 頭に球体を付けた作業員については油をかけて焼き、完全に動きを停止したことを確認した後に頭部に付いていた球体を取り外したのだが、球体の中には作業員の頭部はなかった。

 そのことから、まだどこかに頭部が埋もれているのではということで警察が調査中である。


「それであの球体は……この世界に普通に存在する寄生生物なのか?」

「警察に確認したが、見たのも聞いたのも初めてということだった。少なくともこの島に昔から存在したものではい」

「となると、他所からやってきたものか……でも何故?」

「それについては、オレの方から情報がある」


 話を聞いていたウィリーが手を上げた。


「唯一生き残った作業員に話を聞いたんだが、事件が遭った日は南の半島、メリダという街から届いた荷物を、やはり南の中継港に運ぶために別の木箱に詰め替えている最中に発生したらしい。実際に作業員が寄生された時の状況なんかはよく分からないんだが」

「つまり、メリダという街から送られた荷物の中に、あの寄生生物が紛れ込んでいたと?」

「状況からするとそうだろうな。偶然荷物に紛れ込んだのか、それとも何者かが、何らかの意図でこの島に対しての攻撃として送られたのか?」

「もしくは、この島で寄生生物が暴れたのはただの事故で、本当の目的はこの荷物の運び先に対してだったのか」


 情報が少なすぎてこれ以上の分析は出来そうにない。

 ただ、今後どうするかについては考える必要が有る。


「問題は、あの寄生生物による事件が再発するか否かということだ」

「オレ達だけならならともかく、あんな事件が頻繁したんじゃ住民も……それに、うちの女子連中もどうにかなっちまうな。実際、今回の事件だけでマリアちゃんもガーニーもかなり弱っている」

「その言い方だと、私は女子に含まれていないように聞こえるのだが?」


 レオナに睨むような強い視線を向けられたウィリーは「いや、そんなつもりは」と声のトーンを下げた。

 だが実際レオナは全く動じた気配は微塵も見せていない。

 こうしている今も腕組をしたまま、寄生生物ではなく全く違うことを思考しているように見える。


 むしろ私の方があの事件の惨状には動揺を隠せていない。未だにあの惨い遺体が脳裏に浮かぶ。

 分かりやすく表に出してはいないが、細かい微妙な表情の変化を見る限りは、おそらくクロウさんも同じだろう。


「だが、このまま対処療法をしていても事態の収集はされないという意見には同意だ。原因の調査と根本からの解決が必要だろう」


 レオナは意見を求めるとばかりにクロウの顔を見る。


「今のところ島に現れる半魚人達は小康状態にあるし、寄生生物の調査に行っても良いかもしれない」


 クロウの言うとおり、最近は島に現れるモンスターも以前のように毎日の出現はなくなってきている。


『敵』が諦めたのか?

 それともあらかた刈り尽くしたので、こちらを攻められる戦力が向こうに残っていないのか?

 不明点は多いが、全員で防衛に当たる必要はもうないだろう。


「問題はどちらに行くかだ。寄生生物の出所の可能性が高いメリダに行くか、それとも荷物の送り先の中継港に行くか」

「メリダだな。元を断たないことには解決しそうにない」


 改めて地図を確認する。


「移動手段は交易船に乗せてもらうとして、どれくらいかかりそうだ?」

「今の時代の船は帆船だからな。速度は出ないだろうな」

「そのことなんだが、ちょっと考えていることがある」


   ◆ ◆ ◆


「やってくれ、ガーネットさん」

「はい。それでは行きます。風よ!」


 ガーネットのスキルで帆に竜巻のような風が突き刺さると、ヨットはまるで飛び跳ねるように加速を始めた。

 強い風を受けてマストがギシギシと唸る。

 ウィリーの提案は、風の魔術師であるガーネットのスキルを使用してヨットを加速させるということだった。

 実際に風のスキルを帆に受けたヨットは、この世界の標準的な船を凌駕する、まるでモーターボートのような加速を見せている。


「まあそんなに無理しなくていいぞ。ある程速度が出たら、あとは自然の風を拾って移動するから」

「はい。でもあたしもたまには頑張りたいんです」

「いやいや、あまり頑張りすぎると帆もマストも持たねえわ」


 ヨットは島の漁師が所持していたものを無理を言って貸してもらった。

 なので、なるべく壊さないように返さなければいけない。


「それで、この速度ならばどれくらいでメリダに着きそうなんだ?」

「通常だと交易船は二週間かけてメリダからあの島に移動するらしい。ただこのヨットと交易船の速度を考えると四日というところか……まあ、スキルの連続使用も出来ないし、ざっと一週間かな」

「水と食料の補給で適当に寄り道することも考えると、まあそんなものか」


 甲板での作業はウィリーとガーネットの二人に任せて、私達は船室に入ってメリダに着いてからの計画を練る。


「まず、ここにオレ達の仲間がいる可能性は? もしいるならば、合流して情報交換などを行って連携して動きたい」

「可能性は低いだろうな。交易船の連中の噂だと、私達の仲間は主に北の大陸の村々にいるらしい」


 まるでファンタジーゲームのような装備をして、魔法などの力を使うのは、どうやら私達だけらしい。そんな私達のような連中は、北の大陸以外ではほぼ見ることも噂も聞いたことはないらしい。


 唯一の例外は、北の大陸の西海岸にいるという魔女くらいだ。

 なんでも五十年前から西の海岸の街を占拠して、怪しげな邪神についての研究を行っているらしい。


 魔女と聞いて、仲間だった少女のラヴィ君のことを思い出したが、五十年前から居るというのではあれば、何の関係もない別人だろう。


 おそらくあの遺跡から転送された私達のような人間は、ほぼ北の大陸に飛ばされたのだろう。

 はぐれたラヴィ君達も今頃は北の大陸で何かの魔物と戦っているのかもしれない。


 だから、南にある半島の街に居る可能性は低い。


 もしかしたら、私達と同じように寄生生物の調査に訪れている可能性もなくはないが。


「そんなにオレ達のような仲間がいるというならば、ヨーロッパに似た町があるのは北の大陸かね。あるだろ、冒険者ギルドとかそういうやつ」

「おそらくは。カリブ海のような島に飛ばされた私達が例外中の例外だったと信じたい」

「それで、南の半島の方は、やっぱりヨーロッパ風じゃないんだよな」


 その点についても確認済だ。


「南の半島はジャングルに覆われた国らしい。文明もそれほど発展しているということもないが、近くの古代遺跡などかが発掘した品などを交易を通じて販売して外貨を得ている、それなりには賑わっている街らしい」

「それはそれで、冒険者の出番のような気がするな」

「冒険者というより探掘者か」


 いわゆるゲームに出てくる「冒険者」とは少し違う気がする。

 ジャングルに踏み入って古代遺跡を捜索するというのは、探検家であって、少しジャンルが違う気がする。


「ここがゲームの世界ならばもっとヨーロッパに似せた国が有っても良いんだがな」


 確かにその通りである。

 最初に投げ込まれた遺跡はまるで南米の古代遺跡だった。

 そして先日までいた島はまるでカリブの島。


 この世界に連れられてきてから一度もヨーロッパらしい風景も物も目にしていないのは気になる。

 ゲームでは定番の冒険者ギルドのような組織も、ゴブリンのような定番モンスターもいない。

 いくらゲームの中の世界とはいえ、少しおかしな世界ではある。


 メリダの街は、この世界に来てから初めての人口の多い街になる。

 この世界のことを知るためにも、まずはメリダの街で情報収集を行う必要が有るだろう。


 出来れば何も大きな事件が起こらないことを願うが、最悪の場合は過酷な戦い、もしくはジャングルの中に入って探検などを行う必要があるかもしれない。


 だから今のうちくらいはゆっくり体を休めておきたい。

 長い冒険の旅に備えて……


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