Episode 2 Period

 これから長い旅になる。

 旅に必要なものなどはこの街で買い足しておく必要が有るだろう。


 山の遺跡では鞄すら手に入らなかったので、俺達はほぼ手ぶらで歩いていたが、今後もその行き当たりばったりスタイルを続けるのは無理があるだろう。

 それこそ行き倒れでバッタリだ。


 知事の話によると、何百年かの間に日本人が呼ばれまくったおかげで変な発展を遂げてしまったこのタウンティンが最先端の文明国だ。


 ここが最初で最後の買い物の機会である可能性は高い。


 後悔しないように必要なものに関しては買っておきたい。


「ひよっこども! ここは旅のプロであるオレが旅ではどのようなものが必要かをレクチャーしてやろう」


 何やらカーターが偉そうなことを言い出したので、先に大きめのバッグと金属製の水筒、毛布の三点セットを渡す。


「これは?」

「この国の軍で使っている行軍用装備の販売店をリプリィさんから紹介していただいたので、鞄、水筒、毛布の必需品セットは既に買ってあります。多分これが必要最低限だと思うので、各自あとは足りないものを買い足してください」

「買い足すってオレこの国の金は持ってないんだけど」


 そういう反応が返ってくることは既に想定済だ。


「例の鍾乳洞でお前の働いた分の報酬がそれな」


 日本円にしてだいたい一万円分くらいの価値の硬貨を渡す。


「おい、少なくないか?」


 予想はしていたが、カーターが文句を言ってきた。


「お前、お金を貰える立場だって思ってんの? お前って俺達の敵だぞ」

「まあそうなんだが」

「別にそれ以上出さないとは言っていないぞ。足りなくなったら財布の管理をしているリーダーのモリ君に、何が必要かを申告した上でお金を貰うように」

「ということは酒は?」


 旅の必需品を買えと言っているにも関わらず、いきなり酒の話を持ち出すカーターに頭を抱える。


「酒は消毒薬や調味料としても使えるから、がぶ飲みしない程度ならかっても良いぞ」

「そうは言っても旅には楽しみってものが必要だろう」

「だから小遣いは渡しただろう。その範囲内なら好きに買っても構わないぞ」


 限りなく敵に近いカーターに対しては最大限の譲歩だ。

 それに、別に金を出さないとは言っていないので、文句はないだろう。


 早速モリ君に酒を買ってくれと泣きついているようだが、ここはモリ君には心を鬼にして対応していただきたい。


「では一次解散。一時間後にまたここで集合しましょう」


   ◆ ◆ ◆


 一時解散したはずなのだが、何故か俺はエリちゃんと一緒に女子の買い物につき合わされていた。


 ただ、下着などは俺のようなには何をどう選べば良いのか分かりにくいところもあるので助かると言えば助かる。

 特にランジェリーショップという魔窟に突入するのだから、猶更だ。


「着替えはやっぱり一週間分は持っておきたいかなと」

「嵩張るけど、やっぱりそれはいるかなぁ」


 まだ一週間ほどしか女子をやっていないが、下着は出来れば毎日着替えたいというのが実感だ。

 特にパンツに関しては贅沢を言うならば一日に二回くらい履き替えたい。


 冷えた時の対策として服の下に着る肌着も揃えておきたい。


 そうなると、洗った衣料と汚れた衣料を鞄の中で分けるための小さな袋も必要だろう。

 際限なく荷物が増えていきそうだ。


 俺が旅行に出かける時は、それこそ「明日のパンツ」を詰め込んだだけの小さいバッグ一つで十分だったが、女性は巨大なスーツケースを抱えてきて「荷物は絞った」と言って頭を抱えたのを思い出す。


 だが、今ならば分かる。着替えの予備を確保すると、やはりそれくらいの大荷物になる。


 まあ、そんな大荷物を持ち歩くわけにはいかないので、ある程度数を減らして、その分は厳選するしかないだろう。

 商店には意外と色とデザインが揃っていたので、好みのものを探しているだけでもなかなかに楽しい。


 とりあえずあれもこれもと選りすぐって籠に投げ込んでいるところ、急に肩を叩かれた。


 店員かと思って振り返ると、そこにはモリ君とカーターの二人が立っていた。


「あのラビさん、もう一時間経ったんですけど」

「そんなまさか。まだ肌着と下着しか見てないんだけど」


 バカな、時間が経つのが速すぎる。

 何が起こっていると言うんだ……


「でも、もう一時間経ちましたよ」

「さすがに一時間だと足りなかったかな」

「いえ、俺もカーターさんも、もう全部買いましたよ。着替えも含めて」

「ビールみたいな酒を見つけたぞ。ちょっと酸味が効いてるけど美味いぞ」


 カーターが勝ったと言わんばかりに俺に酒瓶を見せつけてくる。


「そんなバカな」


 おかしい。男の買い物とはこれほど早く終わる物だったのだろうか?

 モリ君はホームセンターの工具コーナーで無駄に一時間くらい溶かした記憶はないと言うのか?


「女子の買い物が長いって本当なんだな」

「いや、これは必要なものを選っていただけで……」

「まあ、もうちょっと待っていますけど、早く済ませてくださいね」

 

 モリ君とカーターの二人が店を出ていったのを確認して、エリちゃんに声をかける。


「確かにまあこんなものでいいかな。次は化粧品を見に行きましょう」

「ブラシと櫛も必要かな」

「髪留めの紐も」


 ここでふと気付いた。


 よく考えると女子の買い物しかしておらず、サバイバル商品を一切見ていないのでは?

 いくらなんでも女子に染まり過ぎなのではないだろうか?


 ここははっきりと言わなければならないだろう。他にもっと重要な買い物が有るだろうと。


「この地味な魔女の帽子だけどリボンを付けたら少しはオシャレになると思うんだけどどうかな?」


 俺は三角帽子をエリちゃんに見せながら……いや、違う、そうじゃない。


 本当に何故こうなった。段々思考が女子に染まりつつあるぞ。


 

 結局、全ての買い物が終わるまで結局四時間かかりました。

 

   ◆ ◆ ◆


 ついに出航の日がやってきた。


 俺達は今から交易船に乗ってメキシコのアカプルコまで二か月の船旅に出る。


 港には度会知事が見送りにやってきていた。


「今までありがとうございました。助かりました」

「それはこちらも同じです。貴方達が無事に日本に戻れるよう祈ります。出来れば二度と会えないよう」

「いや言い方……」


 確かに俺達が日本に戻れば、俺達は知事やこの国の人達とは二度と会うことない。

 だが、さすがに言い方というものがあるだろう。まるで厄介者が追い出されているようだ。


「まあ、もしダメだったらこちらの国でまたお世話になるかもしれないので」

「社交辞令なのかもしれませんが、そうやって逃げ道を用意していると失敗しますよ。二度とこの国の地を踏むことはない覚悟で挑みなさい」


 実に手厳しい。ああいえばこう返してくるのはやりにくくて仕方ない。 


「まあ、もしも、この国に戻ってくるようならば仕事の手配くらいはしましょう」

「ありがとうございます」


 ところで見送りの中にリプリィさんの姿がない。

 どこに行ったのだろうか?


 そう考えていると、リプリィさんとランボー、コマンドーの三人が大きな荷物を抱えて俺達の近くに駆け寄ってきた。


「皆さん、あと二週間くらいはお世話になります」

「どうしたんですか、その荷物。それに二週間くらいって?」

「北の遺跡で怪しい人物が目撃されたという情報を入手しましたので、チョカンまでは私達も同行します」


 チョカンとはどこだと地図で調べてみると、ホンジュラスとグアテマラの間くらい、ちょうどパナマの次に寄港地として立ち寄る予定の港だった。

 ここで言う怪しい人物というのは、おそらくゲームマスターのことだろう。


 遺跡ということは、また何か古代の何かを復活させて、この国に対して攻撃を仕掛けようとしているのだろう。  


「でも、こんな離れた場所の情報ってすぐに入手出来るんですね」

「無線がありますので情報だけはすぐに伝わってきます」


 そうか、無線ね。

 この国は情報伝達の速度が異様に速いと思ったら、そういうことだったのか。

 本当に五十年前に呼ばれた日本人は何をやってくれたんだよ。


「ただ、今回の調査は私達で行います。ですので、協力は不要です」

「まあ、そうは言ってもなし崩し的に手伝うことになるとは思いますけどね」


 この世界のためならば、現地人だけで決着を付けたいということは分かる。


 ただ、俺もモリ君もエリちゃんも、知り合いが困っているのに無視して先に行くという選択は出来ない性格だ。

 おそらくはそのホンジュラス……ではない、チョカンの港に付いたら、ひと段落するまではしばらくは調査に同行することになるだろう。


 カーターの態度は不明だが、一応ゲームマスターとは敵対の関係であると表明はしているので、まあ手伝ってはくれるだろう。


 全員がラダーを登って乗船すると錨が上げられて船が大きく揺れた。

 船員達はそのラダーを持ち上げて船の中に入れてロープで縛り付ける。どうやら俺達が最後の乗船者だったのだろう。


 これが最後だと改めて知事に手を振ると、知事は無言で握り拳を空に突き上げた。

 激励と受け取ったので俺とモリ君、エリちゃんの三人で同じ様に拳を突き上げた。


 船は爆音を唸らせて、煙突から黒煙をもうもうと上げて港の中で旋回を始める。

 ポンポンと別の煙突からはまるでミストでも散布されたように周辺を水滴で濡らすほどの凄まじい量の水蒸気を噴き出したので、港の方は何も見えなくなった。


 汽笛が鳴ったのを合図に船が港からゆっくりと離れていく。


 知事がの姿が、港が、町がどんどんと小さくなって消えていく。

 わずか一週間ほどの滞在だが、本当に色々なことがあった。

 目を閉じてこの国で出会った人々、出来事を思い返していく。


 巨人との空中戦、何度も送り込まれる病院、買い物……。


「さようなら、そしてありがとう」


 色々あったが、終わってしまえば良い想い出だ。

 どれほどの時間が流れても、この国での旅の思い出は永遠に残り続けるだろう。


「ところで、あえて突っ込まなかったが、これだけは聞いておかないとダメだろう」


 リプリィが知っているかどうかは不明ではあるが。


「この船の動力って何ですか?」

「蒸気タービンですが。皆さんの異界にはないと思いますが石炭という真っ黒な燃える石が有ってですね……」


 リプリィさんが石炭の説明から話してくれた。

 ありがたい話なのでこれはもう知ってると流さずに聞いておこう。

 実際にエリちゃんはそんな船が有るんだと真剣に聞き入っている。


 本当に50年前の日本人はハッスルし過ぎだろう。

 ここは中世のペルーだぞ。20世紀じゃないんだぞと頭を抱える。

 

「……それで、来週には着くパナマですが、ここでは我が国の一大事業が行われていてですね」


 俺が思いに耽っている中でリプリィさんの話はまだ続いていた。

 

「せっかくなので見学していきますか、運河の建設」

「運河って?」

「太平洋と大西洋を繋げる運河の建設ですよ。現在は陸路で荷物を運んでいますが、ここに運河を作ることが出来れば大陸の東西との交流は一気に拡大できます。ああ、運河というのはですね、海峡と……」


 つまり、世界的に有名なパナマ運河をこの世界でも現在建設中ということなのか。


 ここで大きな不安が湧いてきた。

 それはまるで黒いインクのように、少しずつ確実に心を覆い尽くしていく


 本来ならばパナマ運河の完成は20世紀初頭だ。

 まだスペインの征服者コンキスタドールすら来ていない中世の時点でそのパナマ運河が完成すれば、世界情勢に対して大きな変化が発生するのは間違いない。

 それをゲームマスターが黙って傍観するだろうか?


 北の遺跡でゲームマスターが目撃されたらしいが、パナマでも何かの事件が発生する兆しなのではないだろうか?


 俺は運営の思惑などに乗るつもりはないぞ。

 悪の運営との対決なんて他所でやってくれ……と言いたいが、困っている人がいたら見過ごすことが出来ない性格なのは自覚している。


 新しい未知の世界への旅の期待と、何かが事件が起こるであろう不安を抱えながらも船は太平洋の海原を進んでいった。


 最初の寄港地、パナマ地峡への到着まであと一週間

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