Chapter 20 「異物混入」

「というわけで、メダルも揃ったので俺のランクアップを始めたいと思います」


 庁舎から宿に戻った俺は開口一番そう宣言した。


 知事からいただいたメダルによって、俺のランクアップのためのメダルの枚数が揃った。


 この国からサンディエゴまでの旅で、どんな危険が待っているかが分からない。

 順調に行けばそれで良いのだが、もし旅が過酷なものだった場合に、既にランクアップで戦力強化を果たしているエリちゃんとモリ君の足手纏いになることは避けなくてはならない。


 ランクアップ時にの回復効果には惹かれるものはあるが、それよりも戦闘力を増した方が、ピンチなったり負傷する可能性も減るだろう。


「ラビちゃんの服ってどんな感じになるのかな?」

「今は地味だから、さすがにもうちょっと綺麗な服になるんじゃないかな?」


 既にランクアップを済ませている二人は気楽なものだ。

 ただ、ランクアップ後の服装と身体の変化については俺も気になるところではある。


 出来れば露出度過多のおいろけ路線は止めて欲しいものだが、これだけはやってみないことには分からない。地味なものになることを希望する。

 あと、出来ればもう少しくらいバストアップを希望します、お願いします神様仏様虹色球体様。


 金のメダル一枚、銀のメダル五枚を持ち、残りのメダルはモリ君に預ける。


「よし、ではランクアップするぞ!」


 メダルを掲げてランクアップする意思を固めると、俺の全身から光が発せられた。


 魔女の呪いの使用後は全身に紋様が浮かび、そこから虹色の光が放出されているが、それとはまったく別物だ。光量が比べ物にならないほど眩しい。


 そして、やはりモリ君が言った通り、ランクアップの確認メッセージなどは表示されなかった。

 あの眼鏡め、やっぱり嘘情報じゃないかと憤慨する。


 光っていたのは10秒ほどだろうか?

 何事もなかったかのように発光は止まった。おそらくランクアップが完了したのだろう。

 まずは自己診断だ。


 右手にはいつの間にか箒が握られていた。

 よく戻ってきてくれた箒よ。今度は壊さないようにするぞ。


 頭の上に乗っている帽子を無造作に掴んで脱ぐ。

 黒い何の装飾もない三角帽子だ。ここも同じ。


 視界を下に降ろすと相変わらずの絶壁……いや、毛糸を編んだゴワゴワとした丈夫さだけが取り柄の装飾など皆無の黒いローブだ。

 ここも何も変わっていない。

 いや少しくらいバストアップしてくれても罰は当たらないだろうに。

 おのれゲームマスターめ。


 いや、一つだけ大きく変わったところがあった。

 ローブの腰の部分にベルトが付けられており、そこに革のケースに入った短剣のようなものが投げ込まれていた。


「なんだこりゃ?」


 ケースから剣を取り出すと、それは刃の部分は反りが激しく、まるで三日月のような形状の50cmほどの分厚い銅剣だった。

 刀身部分は燻ぶった10円玉のような色な地味な色だ。

 ただ、どういう表面加工がなされているのか、くすんだはずの刀身は光を受けると角度によって虹色にキラキラと煌めくようになっている。


 これだけならば、儀式用の短剣という設定の小道具が追加されたのだろう程度にしか思わなかっただろうが、問題はその短剣に取り付けられている柄と鍔だ。


 鍔には桜の花の形が彫り込まれた凝ったデザインになっており、柄はまるで日本刀のように鮮やかなピンクの柄糸が丁寧に巻かれた凝ったものだ。

 短剣には長すぎるのと、地味な偃月の刀身とのデザインの差異で余計に違和感が際立つことになっている。


 ただ、この変な短剣を手に取ってみると、初めて持ったはずなのに不思議と手に馴染む。

 何度か日本刀の演武のようにいくつか型を披露した後に納刀する。


「なんか魔女の進化とは方向性が違う気がするんだが」


 そもそも片手には杖代わりの箒を持っているので、別の片手武器が追加されたところで使いこなせる気がしない。


「儀式用の偃月刀だな」


 何故カーターは意味ありげなセリフをポツリと言う癖が抜けないのだろうか。

 言いたいことがあるならば、独り言じゃなくて、もっとはっきりと教えて欲しい。

 俺の意志が伝わったのか、カーターが続きを話してくれた。


「柄と鍔は意味不明だが、刀身は魔法陣なんかを地面や壁に刻むための儀式用だと思う。まあ武器じゃないな」

「儀式ねぇ」


 俺は見た目もスキルも何の説明もなく与えられたコスプレ魔女なので儀式用と言われても何も出来る気はしない。

 これならば調理用の包丁でも付けてくれる方が有り難かった。


「ちょっと待ってラビちゃん、襟はどこに行ったの?」


 エリ?

 エリちゃんは君だろうと突っ込もうとして、ローブの隙間から覗くフリルブラウスの襟のことを言っていることに気付いた。

 ローブの下に何か服を着ているのは間違いないのだが、確かに違和感がある。

 仕方がないのでローブを脱いて確認することにする。


 ローブの下に着ていたのはフリル付きのブラウスとハーフパンツだったはずのに、それが袖や裾に桜の花びらのような模様が入った白い剣道着と膝までの短い袴に変化していた。


 服が剣道着に変わったことで、今まではローブの隙間から見えていたブラウスの襟や袖が見えなくなったのが違和感の原因だったのだろう。


 足元も靴が歩き辛いミュールなのは相変わらず同じなのだが、今までは何故か靴下なしで素足に直接靴を履いていたところ、白い足袋が履かされていた。


「ちょっとモリ君とそこの変なオッサンは向こうを向いていてくれるか?」

「誰が変なオッサンだ」

「いいからあっち向け!」


 俺はモリ君とカーターに他所を向くように怒鳴る。

 二人が明後日の方向を向いたのを見届けた後に剣道着をはだけて下着を確認する。


 胸のサイズは同じ。安心して良いのか、悲しんで良いのかは分からないが、今はそれは良い。

 良かったのか悪かったのかは不明だが下着も同じだ。

 念のために下も確認したが、こちらも現状維持。

 つまり変わったのは服だけである。


「いやこれ、何か進化ミスしてないか?」

「単体で見ると別に変じゃないんだけど違和感があるかな。別人になったわけじゃないし、着替えたら済むんだろうけど」

「そうなんだよな。どこからこんな和服要素が入り込んだのやら」

「侍少女って感じですもんね」


 侍少女という言葉でようやく気付いた。

 この服装は山の遺跡で亡くなった侍少女のオウカちゃんのものと共通点がある。


 オウカちゃんのカードを確認するために脱ぎ捨てたローブをまさぐって、ポケットからカードを「一枚」取り出す。


 おかしい。

 俺は先程までローブのポケットにはカードを二枚入れていたはずである。


 元々持っていたラヴィのカード。

 そしてあの遺跡で命を落としたオウカちゃんの遺品として回収したカードだ。


 だが、その二枚のカードはどういう原理なのか、一枚のカードに融合していた。


[ラウカ(R繝繧繧繝 S葦]


「なんだこれ?」


 下のアイコン欄とメッセージ欄は更に酷い。

 アイコン欄は完全にモザイクと化しており何が表示されているのかさっぱりわからない。

 キャラのフレーバーテキスト部分に至っては意味不明な文字の羅列に変化している。

 

「……なんか混ざっちゃった」


 状況から推測するに、ランクアップの際に俺はオウカちゃんと混ぜられている。

 51番目という本来存在しないはずの俺を実は最初の五十人の一人です、不正はありませんと主張したい運営からの何かしらの干渉が合った可能性は高いだろう。


「何が混ざったって?」

「何か悪いことが有ったんですか?」


 エリちゃんとの会話で興味がわいたのか、壁を見ていたはずのモリ君とカーターがいつの間にか俺の目の前にやってきて、表示がおかしくなったカードを覗き込んでいた。


「うわっ、こりゃ酷いな。何が書かれているんだかさっぱりわからねぇ」

「カードはこんな状態ですけど、身体の方は大丈夫なんですか?」

「ああ、それはランクアップによる状態の回復のおかげなのか、見ての通りピンピンしている」


 俺は腕を曲げてガッツポーズを作り……服の胸元がはだけたままで下着が見える状態だということに気付いた。

 

「うわあああ、見るな見るな! このラッキースケベども!」


 胸元を戻そうとするが、着物の着付けなど分からないので元に戻せない。


「中身はオッサンなんだから別にいいだろ。そもそも減るものなんてないほど薄いんだし」

「減るの!」

「なんで中身オッサンなのに、ちょっとだけ女の子っぽくなってるんだよ!」


 俺はカーターの頭をポコポコと叩く。


「そうですよ、ラビさんは無じゃなくてちょっとは有るんですよ」

「なんでモリ君がそんなこと知ってるんだよ!」

「えっ、だってこの世界に来てからずっと一緒にいたから、エリスのもそうだけどちk…胸くらい見る機会なんていくらでも……」


 モリ君がそこまで言った時に頭をエリちゃんがガッチリと掴んだ。


「なんか気になる話があったんだけど、その件についてちょっと外で話をしようか」

「いや、今のはただ偶然に着替えのタイミングで見る機会があったって話で」


 モリ君はそのまま室外にと連行されていった。


 なんか、大変なことになってるな。


   ◆ ◆ ◆


 一度宿から出て街の外れまで移動して、スキルの試し撃ちをしてみる。


 群鳥は五羽から数の変化なし。ただし飛行速度は倍以上になっている。

 極光は照射時間が十秒から三十秒出し続けることが出来るようになった。

 クッキーは何も変わらない。


 ランクアップで追加された謎の短剣でオウカちゃんが使用していたであろう日本刀での攻撃スキルを発動出来るのでは?

 と期待して振り回してみたが、特に何が起こるということはなかった。


 服装が混じり合ったり、表示がおかしくなっただけで、スキルは一人三つという基本ルールを超えるような根本的な部分の変更までは発生しないのだろう。


 まあ既存スキルが特に使用不可能になるなどなかっただけでも良しとしよう。


 戦力の底上げのためのはずが、スキルが使用できなくなって実質戦力が低下したいすると、何のためにランクアップしたのかが分からなくなってくる。


「それでランクアップについては使えそうなのか?」

「まあな。基本能力は上がってるからこれで十分。短剣はまあオマケみたいなものだし、スキルが使えなくても別に良いかなと。というか、なんでカーターは俺に付いてきてんの?」


 カーターは肩をすくめた。


「二人があの状態の宿に残れって何の罰ゲームなんだよ」

「それは確かに」


 初めてカーターと意見が合った気がする。


「それでお前は本当に俺達の旅に付いてくるのか? この国に残っても良いんだぞ」

「もちろん付いて行くぞ。サポートだからな」

「それを聞いて俺達が歓迎すると思ってるのか? 俺達が運営に対したてどう思ってるかくらい知ってるだろう」

「もちろんそれだけじゃない。ガキどもだけで無謀な旅に行こうとしているんだから、そいつらを守る大人の保護者役は必要だろうってところだ」


 カーターの言葉に俺は目を丸くする。


「お前、たまにはまともなことを言えるんだな。これでゲーム主催者側の人間で秘密なんてなければ仲間としてちゃんと歓迎できるのに」

「だから普通に仲間扱いしてくれよ。オレはちょっと情報を知ってるだけで、そこまで主催者側じゃないんだっての」

「はいはい分かりました」


 本当にこいつは性根の部分では悪い奴ではないのだろう。


 だからと言っても信用できないという事実に変わりはない。


 もし、こいつ自身に俺達を騙す気はないとしても、ゲーム主催者側とそれなりの繋がりがある人間だ。

 偏った情報を与えることで俺達の行動を誘導させるという意図があるかもしれない。


 もし、こいつの言動でモリ君、エリちゃんに危害が及ぶようならば、たとえ人殺しと罵られようとも背後から撃たないといけないかもしれない。


「それでランクアップの次は何をするんだ?」

「決まってるだろ。旅に必要な荷物の買い出しだよ」

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