Episode 3. Tomb of the Red Queen

Chapter 1 「空の散歩」

前回までのあらすじ


 23歳会社員だった俺はひょんなことから白髪の魔女の少女ラヴィ(ハロウィン)になってしまい、異世界を旅することになった。


 なんでもゲームマスターというやつがこの世界で対戦ゲーム的な物をやっており、そのゲームの駒として俺達は喚ばれたらしい。


 だが、そんなゲームに付き合ってられないので日本に帰る旅に出発した。


 頼りになる仲間は


 元高校生のイケメン戦士であるモーリスことモリ君。


 やはり元高校生でモリ君のことが好きな武闘家エリスことエリちゃん。


 ゲームマスターと敵対しているという、この世界の裏事情を知っている謎のサラリーマン風の男、カーター。


 50年前にこの世界に呼ばれたやたら強い婆さんの孫娘、リプリィさん。


 そのリプリィさんの部下のムキムキマッチョマンの軍人二人。

 とりあえず二人のことは俺は勝手にランボーとコマンドーと呼んでいる。

 どちらかランボーでどちらかコマンドーなのかは忘れた。

 

 以上だ。


 俺達は南米のペルー、この世界ではタウンティンと呼ばれている国でお使いクエストをこなし、日本に帰るためのヒントをアメリカのカリフォルニア州サンディエゴに住んでいる魔女が持っているらしいという情報を入手した。


 そのために俺達はカリフォルニアを目指して長い旅に出ることになった。

 まずは交易船に乗せてもらい、最初の寄港地であるパナマを目指している。


 果たしてどんな冒険が待っているのか。

 

――


「飽きた」


 タウンティンを出港して三日目。

 俺は既に狭い交易船での船内生活に飽きていた。


 交易船はあくまでも交易品を運ぶための船であって客船ではない。

 一応船内には商会の人間が乗る船室は用意されているが、便乗で交易船に乗り込んだ俺達にはそのような環境の良い部屋は用意されていない。

 

 一応男女別で二部屋は用意していただいたが、狭い船室に俺とエリちゃんとリプリィさんの三人、そしてその荷物が寿司詰めにされている。


 そう女子部屋だ。女子部屋なのだ。


 初日こそは

「ラビちゃんは絶対見ないでね」「配慮していただけるとありがたいです」

 と着替えや、汗を拭いたりする際に、お互いの裸身を観ない、観られないように配慮などをしていた。


 だが、二日目で面倒になったのか、お互いに下着が見えた、素肌が見えた程度では何も言わなくなった。

 そして本日の三日目では換気の悪さによる蒸し暑さも相まって、三人とも下着姿でただベッドに腰をかけて、何をするでもなく宙を見ていた。もう誰も何も言わない。


 船内に娯楽施設などはなく、甲板に出て外の景色を見るくらいしかやることはないが、それも何もない太平洋の海のど真ん中では景色に代わり映えがなさすぎ一時間が限界だった。


 食事は保存食が中心で、カピカピに乾燥したジャガイモで出来たピザのようなものを三日間三食食べ続けている。

 味はまあ保存食ということでお察しだ。

 そのため食事を楽しみにすることも出来ない。


「隣は何をやってんの?」

「さっきトイレに行くついでにちょっと覗いたら、モリ君とランボーとコマンドーがひたすら腹筋をする中でカーターが頭を抱えてベッドで丸まっていた」

「地獄かな?」


 ドアの前を通っただけで、咽るような漢の臭いが漏れ出してきて、ただ辛かった。

 もしパナマに着いた時にモリ君があっちの方向に行っていたら、俺達はどうしたら良いのだろう。


 ああ、カーターはどうでもいいです。


「他に何か娯楽とかないの?」

「男連中は下の船室で何か娯楽をやっているらしいですが、この船に乗船している女性は私達三人だけですので、飢えた獣の中に肉を投げ入れるようなもので危険だと」

「それは流石に貞操の危機だよな」


 おかしい。

 環境の問題があるといえ、完全に女子に馴染みつつある。

 そもそも下着姿の女子の前で無反応で座っている今の状況がもうアウト中のアウトだ。

 マッチョメンに染まりつつあるモリ君以上に俺の精神が危険だ。

 何かしらのストレス解消策が必要だ。

 

 服を着るのは面倒だったので、俺は下着の上に直接ローブだけ羽織り、丸めた帽子と箒を掴んで船室のドアを開ける。


「ラビちゃんどこに行くの?」

「ちょっと散歩」


――


 夜の太平洋は現代の日本ではまず見られないような満天の星空が広がっていた。

 星の光は真っ黒な海に反射して、どちらか海面でどちらが宙なのか分からない、そんな不思議な光景が広がっている。


「みんなには悪いけど、俺だけでもちょっとストレス解消をさせてもらうよ……浮遊フロート


 ふわりと箒が浮き上がった。

 それにタウンティンで購入した騎竜用のあぶみを箒に括り付けてバランスを確認する。

 知事が騎竜に騎乗している際に使用していたものと同じもので、良いなと思い事前に購入していたものだ。


 これならば体重がかかるのは鐙にかけている足だけで、股間に箒が食い込む痛みに耐えることなく空を自由に飛ぶことが出来る。


 また、革紐と足を乗せるための金具の構成なので、これならば箒を杖として使う際にも邪魔にならない。


 鐙に足をかけて交易船の甲板から浮上する。


 思えばランクアップ後の箒での飛行は初めてだ。

 船の上空を旋回しながら移動速度と操作性などを確認する。


 鐙の右足を強く踏めば箒は右方向に傾き、そのまま右に旋回。左だと逆。完全にバイク感覚で操縦できる。


「この船はだいたい15ノット、だいたい時速30kmってところだから、それ以上の速度で飛べば、少し離れても戻ってこれるな」


 鳥を五羽召喚して、それから発せられる青白い光を頼りに俺は漆黒の太平洋の大海原に飛び出した。


 箒の速度は念じればどんどんと加速していく。


 箒の穂先からはエンジンの排気ガスのように虹色の光が吹き出しており、それが漆黒の空に光の軌跡を残している。


 巨人戦で使用した飛行機のエンジン付きの特製箒に比べれば劣るものの、それでも体感で時速80kmは出ているだろうか。


 遺跡で出現したワイバーンがもしここに出現したとしても、この速度と機動性さえあれば、空中戦で圧倒出来るだろう。


 ローブの裾と帽子が千切れそうなくらい風圧でバタバタと暴れている。

 これ以上の速度で飛び回るにはさすがにゴーグルのような風防が必要だろう。帽子の縁だけで風を防ぐのは無理そうだ。

 時速40km程度、スクーターくらいにまで速度を落とす。


 宙返り、キリモミ飛行、天地逆転など様々な曲芸飛行を試していると、眼下の海には回遊しているイルカの姿が月明かりに照らされていた。

 イルカもこちらの姿に気付いたのか、キュキューという鳴き声で答えてくれたのでしばらく併走する。


「そろそろ一時間くらいか。せっかくだし土産を持って帰るか」


 海面スレスレを飛び回り、適当なところで海中に五羽の鳥を突撃させた。

 しばらく潜行させた後に、適当なタイミングでシールドを形成させて、これまた適当なタイミングで海上に金魚掬いの要領でそのまま持ち上げると、目当ての物……十匹ほどの魚が盾の上でバタバタと飛び跳ねていた。


 サイズはそこまで大きくはないが、脂がのっていて丸々と太っている。何をどう調理しても旨そうだ。


「シマアジかその仲間かな? 焼いても干物にしても旨そうだが、新鮮だから寄生虫にさえ気を付ければ刺身でもいけそうだ」


 腰の儀式用短剣を抜いて空中で頭を落として内臓を取り除く。

 スキルこそ使えないが、刀を使いこなす能力自体は身に付いたようで、こうして空中で魚を三枚に卸すという器用なことも出来るようになったのは大きい。

 

 内臓や血合いなど海水で洗浄していると、その匂いに惹かれたのか、先程並走して遊んでいたイルカが寄ってきていた。


「必要な魚は七匹だけだから、残りはやるぞ」


 盾を解除して余った魚を海面に落とすと、イルカがそれらの魚を目掛けて群がっていった。


 箒とスキルの練習をしつつ。ストレスの解消にもなった。

 目的としては十分だろう。

 そろそろ交易船に戻るか。


――  


「というわけで魚を獲ってきました。明日はこれを食べよう」

「えっと……何から突っ込んだらいいのか」

「そうですよ。船の場所が分からなくなったらどうするつもりだったんですか!」

「いや、鳥を真上に高く飛ばせば船の位置くらいわかるから……」

「それでも一人で飛んでいくのは危険すぎるでしょ!」


 エリちゃんとリプリィさんに怒られてしまった。


 ただ、エリちゃんやリプリィさんが俺を心配する気持ちも分かる。空の散歩はしばらくは自重することにしよう。


「それに、船室で干物なんて焼いたら船中に臭いが広がって顰蹙物だと思うんだけど」

「あっ」


 臭いのことは全く考えていなかった。

 つまり、これは臭いを出さない調理方法で食べる必要があるのか。


――


「カーターいるか! お前酒を持ってただろう!」

「うわぁ、いきなり入って来るな! お前はおかんかよ!」


 男部屋を開けるとカーターがベッドの上で飛び上がって驚いていた。

 換気されずに濃縮された強烈な汗と漢臭い臭いが鼻に流れてきて頭がクラクラしてくるが、それは今は良い。


「そうですね、ラビさんはお母さんって感じですよね」

「はいはい、ママンがカーター君の持ってる酒を貰いに来ましたよ」

「いや、これはオレが飲む酒だから、いくらママンが相手でも渡す気はないぞ」

「新鮮な魚料理が食べられると言っても? それに使うと言っても隠し味に使う小さじ一杯だけだ」


 俺が三枚に下した数匹のアジを見せると、カーターの目の色が変わった。


「あのパッサパサのイモピザ以外の物を食えるのか? それなら出すぞ」

「よし、今から準備するから待ってろ」


 俺はカーターから酒瓶を受け取ると船の調理場に走った。


「まずトウモロコシで作られた酒を少々。これはアルコール度数は低いが、それでも味の癖はかなり強いので適当に熱してアルコール分を飛ばす。そこに香辛料……唐辛子とパクチーっぽい謎の香草と乾燥豆を混ぜ込む。ここに粘りが出るまで細かく刻んで叩いた魚の身を混ぜて団子状にして、沸騰させた海水に入れて炊けば完成」

「これは、つみれ汁か?」

「昔に食べたことがある漁師料理を再現してみた。汁は煮詰めた海水そのままだから塩分過多で辛いので飲むなよ」

「見た目だけなら出汁も美味そうなのにな」


 せっかくなのでランボーとコマンドーも含めた七人全員が食べられるようにしてみた。


「なかなか行けるな。日本でも南米でもなく、ベトナムかフィリピン料理かって感じの味だが」

「臭い消しに使った葉っぱがパクチーっぽいし、下味の酒の酸味が強めだったからまあそうなるな。ここから日本料理に持っていくにはやっぱり味噌が要る」


 調味料に関しては課題があるだろう。

 ただ、この先のルートは南米、中米、北米。


 トウガラシだけは原作国である南米だけあって赤青黄と日本ではあまり見ることがない多彩な種類の物が手に入るが、日本料理っぽくするための味噌や醤油などの調味料が手に入る見込みはない。

 カーターが抱えていた地元の「チチャ」という酒は、酸味が強いので酢やみりん代わりには使えそうではあるが。


「でも、なんでこんな調理が出来るんだ? 元は料理人か何か?」

「友人が金がないと俺の部屋に転がり込んできては飯を作れと暴れるのでよく作っていたんだよ」

「嫌な友人だなそれ。でも、そいつの言うことを聞いて料理と作るとかホモかよ」

「いやホモではないぞ。そいつ女だし」

「なんだそれなら別におかしくないな」


 しばしの沈黙。


「いやちょっと待ってラビちゃん、それ全然聞いてない!」

「そりゃ言ってないからな」


 何やら慌てふためいて詰め寄ってきたエリちゃんに俺は冷静に答えた。


「一緒の部屋で寝てたとか、飯を毎日食べさせてたとか言ってましたけど、おかしいですよその距離感」

「おかしくないぞ。別にあいつはそういう奴だし、俺も気にしないから」


 いや何がおかしいのだろう。

 あいつは三次元に興味がないオタク。

 俺もリアル女性に手を出す気はしないヘタレ。

 それで関係など進行するわけがないだろう。


「ラビちゃん、部屋に戻ってコイバナしましょう。主にその話について」

「私も聞きたいです、その話」


 エリちゃんとリプリィさんが何やら物凄い勢いで寄ってきた。本当に女子は恋バナが好きだな。でもそんなに面白い話じゃないぞ。


 まあ要望があるというならそれくらい暇潰しに良いだろう。


 俺と友人君の馴れ初めから召喚されるまでの、よくある何の面白味もない、つまらない話だ。

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