Chapter 5 「狙撃」

 翌朝は五時起床、六時に竜車に乗って町を発った。


 汚れていた服は洗濯がまだ終わっていないということだったので、リプリィさんの予備の軍服を貸していただけることになった。


 幸いにもリプリィさんは俺と同じ身長や体形が概ね同じくらいだったので、割と違和感なく着ることが出来た。


 ただ、俺と同じ平たい一族だと信じていたリプリィさんの服ですら、一部箇所の布地が微妙に余っている気がする……

 いや、ここは深く考えたら負けだ。


 移動には六時間かかるとのことだったので、作戦内容と周辺の地形図を頭に叩き込んだ後は、竜車に揺られながら、うつらうつらとしていた。


 作戦内容は単純明快である。


 俺の攻撃は他の兵士への巻き込んで、味方に被害を出す可能性が非常に高いということなので、他の部隊とは独立して単独行動で狙撃を行うことになった。


 現在進行中の作戦は、巨人イソグサを町などの人が多く住んでいる地域から引き離して、建設中のダム建設予定地に誘い込むというものだ。


 途中には巨人に対して狙撃が可能なポイントが数カ所ある。


 当初の計画では、その位置に迫撃砲を設置して、遠距離から巨人に対して打撃を与える予定であったが、その迫撃砲の代わりに俺を配置するということになったのである。


 迫撃砲の実物を見せてもらったが、全長10mくらいの筒に巨大な丸い鉄の砲弾と大量の火薬を詰めて飛ばすという極めて原始的な仕組みだった。

 ただ、火薬の量と砲弾の大きさからして、直撃すればかなりの威力にはなるだろう。小さなビルくらいなら余裕で崩せそうな代物だ。


 そして、俺はその迫撃砲での射撃以上の成果を上げることを求められている。


 遠距離からの狙撃のみで倒せれば良し。


 もし狙撃だけで倒せなくても、想定以上のダメージが入れば、軍が追撃で倒せる可能性が増えるので良し。


 軍の追撃でも倒せない場合は、最終的にダム建設予定地まで巨人を誘導する作戦を継続するので失敗しても致命的なミスではないというものである。


 俺がもし失敗しても何段ものフォロー策が用意されているのは気が楽だ。

 さすがプロの軍人の立てる作戦は違う。


 前線基地から狙撃ポイントまでは二時間ほど歩く必要があるらしいので、それまで体力を温存しておかなければならない。

 だからと言って寝てしまうと、着いてからがダルくなり、すぐに動くのが辛くなる。

 難しいところである。


「私が案内するのは前線基地までとなります。後は現地の兵士からの指示を受けて行動をお願いします」

「ありがとうございます」


 前線基地でリプリィさんと一度別れた後は、前線基地の口ひげを生やした年配のウェイフさんという名の兵士に案内されて狙撃ポイントの崖に向かう。


 道中の山道は、かなりの斜度があるだけではなく、当然ながら道もろくに整備されていないので足元の土が崩れたり、大きめの落石がゴロゴロと転がっていて歩きにくかったりと、ただ歩くだけでもかなりの体力を消費する、なかなかに険しい道だった。


 同行して貰ったウェイフさんに、藪払いなどをしていただいたのだが、それでもラヴィの体力だと山道を歩き続けるのは辛かった。


 ぜいぜいと肩で息をしながら頑張って歩いてはみたものの、狙撃ポイントの崖まで何回か休憩を挟まないとどうにもならなかったので、予定より到着は一時間程度は遅れてしまった。


 ウェイフさんを始めとする兵士の方々にも手間と面倒をかけてしまってるのは申し訳が立たない。


 せめて案内していただいたお礼にと、ウェイフさんにクッキーを出して渡すと、

「甘い菓子は珍しい、子供にも持って帰りたい」と死亡フラグのようなことを宣って喜んでいたので、本人の分と子供の分を五枚ほど出して手渡した。

 流石に巨人の通り道からはかなりの距離があるので、何もないとは思うのだが、死亡フラグ全開すぎたセリフだけが気にかかる。


 崖から海岸線までの位置を確認する。


 直線距離は確かに500mで海岸から崖までの高さを雑に見積もって、三平方の定理で雑に計算する……600m程だろうか?


 どの道、海岸までの距離も崖の高さも目算で正しい数字ではないので、600mというのは何の参考にもならない数字ではあるが。


 海岸と崖との間には木がかなり茂っているので、巨人がこちらに気付くことはまずないだろうというのは有り難い。

 逆に狙撃の際には間にある木を焼き払いながら巨人に熱線を浴びせることになる。


 脳内で巨人を狙い撃つイメージを固める。


 これだけ距離が離れていると、手元では僅かなズレだとしても、目標地点は相当のズレになるはずだ。


 ある程度は熱線を出したまま軌道修正は可能ではあるが、巨人は60m近い巨体だ。

 十秒ほどの照射時間のうち、なるべくその全てを無駄がないように巨体を焼くのに使いたい。


 近くに小さいトカゲがいるので「巻き込まれるから逃げろ」と石を投げつけて追い払った。


 崖の周りを少し歩いてイメージトレーニングをした後は、割と最近に切り倒されたであろう木のうちの一本に腰を下ろして、水筒の水を飲んだ。

 昼食抜きだったことに気付いたので、クッキーを三枚ほど出して食べておく。


 クッキーを食べたことで、喉が渇いたのでまた水を飲む。


 クッキーを食べる。水を飲む。


 クッキーと水のローテーションを何回か繰り返したところで、自分がかなり緊張していることに気付いた。


 一度気持ちを落ち着けるためにまぶたを閉じる。



 それから二十分ほどだろうか。

 銃声と雷鳴のような轟音と共に小さい地響きが伝わってきたので目を開いた。


 遠くの海岸線に巨人が歩いている姿を目視で確認出来た。

 海岸線からこの崖までは距離にして500m程あるはずだが、60mの巨体だけあって、かなりのサイズに見える。


 巨人が足を上げて大地を踏み締める度に、500mほど離れているという俺の居る崖にまで軽い地震のような細かい振動が伝わってくる。


 ただ、巨人までとはかなり距離がある上に、木々が遮蔽物になっているので、向こうがこちらに気付いた様子は全くない。


 あんな巨体に反撃なんてされたら洒落にならない。

 相手が気付かないうちに先手必勝、最大火力の一撃で仕留める。


 この一発だけだ。


 一発撃てば、それで日本に帰るための情報が手に入るのだから、それほど分の悪い話ではない。


「――群鳥むらどり!」


 まずは鳥を五羽召喚して頭上で旋回させる。


 三十秒待機した後に更に五羽を追加召喚。


 五羽で魔女の呪いを使用した時の攻撃範囲を考えると、それで60mの巨人を一撃で葬るのは難しいだろう。

 ここは一度も試したことはないが、十羽での魔女の呪いに挑戦するしかない。


 十羽で魔女の呪いを発動させるのは初めての経験だ。

「収穫」でどれほどの範囲が「食われる」のかは分からない。

 もしかしたら俺にもそれなりの反動が来るかもしれない。


 だが、ここまで来たらやるしかない。


 十羽を解放リリース


 俺の周りを旋回していた十羽の鳥が霧になって消えると同時に、箒の先に黒い球体が出現した。


 球体から獣のうなり声のような音が響くと、俺を中心に背後や斜面の下にある木が次々に霧と化して箒の先の黒い球体に集まってくる。


 箒を持つ腕に光り輝く紋様が浮かび上がった。


 ここまでのプロセスは五羽での魔女の呪いと全く同じだ。


 ――だが、そこからが全く違っていた。

 発動から三十秒ほどが経過したはずだが、チャージがいつまで経っても完了しない。

 

 崖から見える海岸線はそれなりに長いものの、巨人の歩幅はかなり長い。

 あまり時間がかかりすぎると巨人がこちらの視界の外に消えてしまうかもしれないと焦燥感だけが募る。


 三羽や五羽を解放で使用した時と同じならば、とっく熱線が発射されているはずなのだが、今回は黒い球体の膨張すら始まらない。


 そのくせ「収穫」の範囲だけはどんどん広がっており、目算で半径50mくらいにある木や草は完全に消滅している。


 上空を飛んでいた不幸な野生の鳥が霧と化して散ったのも視認できた。


 その時、突然に視界が赤く染まり、涙が流れ出すのを感じた。

 ――急に何があった? 例の巨人の攻撃か?


 ――ポタリ


 目から流れた涙が箒の上に垂れた。


 ――否、それは涙ではなく――目から流れ出た血だった。


 その血も、熱した鉄板に水滴に垂らしたように、瞬く間に「収穫」によって霧状になって消えていく。


 今度は、突然にガクっと膝が落ちた。


 膝に全く力が入らず、気合いを入れて何とか維持しようと思うが、踏ん張りが全く効かない。

 仕方なく、片膝を立ててへたり込むように座ることで、転倒だけは防いだ。


浮遊フロート


 足だけではなく、腕の力も入らなくなってきたので、箒を飛行の要領で浮遊させて、少しでも腕への負担を減らす。

 これならば箒を取り落とすことはない。


 一本一本の指の感触を確かめるようにして箒を握り直す。


 喉の奥に違和感があり、激しく咳き込むと、咳と共に口から血が吹き出た。


 これは内臓というより、鼻血か何かが喉に回ったのか?

 口から吹き出した血も、目から出た血の涙と同じように、地面に落ちる前に霧状になって溶けて消えていく。


 予想以上に「収穫」の反動が大きい。

 俺の身体にこれほどのダメージがあるとは……このままだと長くは持たないぞ。


 収穫の範囲は更に広がり、百メートルを超えたあたりで、海岸線を我関せずとばかりに歩いていた巨人が初めてこちらを見た。


 収穫によって木々がなくなったことにより、崖が丸見えになったことか。

 それとも、こちらの能力が巨人を殺傷コロスことが可能だと気付いたのか。


 巨人はその歩みで轟音と地震のような振動を響かせながら俺のいる崖に近付いてきた。


 だが――


「ようやくかよ。待たせたな」


 血の涙で真っ赤に染まった視界の中で、こちらに顔を向けた巨人……そして、そいつと同じ方向にある箒の先に浮かぶ極彩色の球体を凝視した。


 さすがにあれだけ巨体なら外しようはないだろ。


 一発撃ったら、あとはちょっと寝るから、誰か起こしてくれよな――


 極彩色の球体は一度十メートル程のサイズに拡張した後に急速に収束し、サッカーボール大の虹色に煌めく球体へと姿を変えた。


 ――おかしい、いつもの黒い球体じゃない!?


 虹色の球体から、十数本の青く輝く放電プラズマが、まるで触手のようにうねりながら伸びて、巨人の巨体を絡め取った。

 放電に触れた部分の皮膚は焼き焦がされて黒く炭化していく。


 放電によって大気中の酸素が分解されてオゾンになる臭いと、巨人の皮膚の焼け落ちる臭いが入り交じり、周囲は強烈な悪臭に包まれた。


 巨人は放電の触手を振りほどこうと、頭の触腕や足をやたらに振り回すが、それでは実態を持たない放電の触手を振り払うことは出来ず、逆に放電の高熱によって焼かれる箇所が増えていく。


 ――おかしい。これは熱線を撃つスキルなのでは?


 最初に提示されたスキルのアイコンはビームを発射するような絵だった。

 実際に生け贄なしの極光や五羽消費までの魔女の呪いはただの熱線を出す技でしかない。


 だが、十羽での魔女の呪いで発動したこれは、熱線を出す能力には全く見えなかった。

 これではまるで、完全に別の世界から「何か」を喚び出す召喚魔法だ。


 ――否、極光も熱線も、元々は召喚魔法で「何か」の一部を呼び出した結果として、光線や熱線が発生するものだという可能性はないだろうか?


光り輝く鳥を喚び出す

クッキーを喚び出す

「何か」を喚び出す


 一見、何の関連性もないように見える俺の三つのスキルも、実は全て召喚魔法だったと仮定すると、全ての辻褄が合ってしまう。

 何故、鳥を光の帯を出すスキルと組み合わせるだけで、光の帯が熱線に変わるのかも説明がついてしまう。


 本来だと出力が足りない召喚能力を、スキル二回分のパワーで、よりスキルの精度を高めるからだ。

 つまり、理論上はクッキーも魔女の呪いに組み込める!?


 ――いや、この考察は後だ。今は巨人に集中しろ!


 雑念を振り払い、箒を構える手に力を込める。


「さあ、ハロウィンだし、もらってくれよ、俺のクッキーでも」


 虹色の球体は更に収束して一度消滅し、一条の熱線が生まれた。


 今までの魔女の呪いでは感じたことがない強い反動で体が後方に吹き飛ばされそうになる。


 ミシミシと悲鳴を上げる箒を脇で抱え込むように抑え込み、腰を曲げて反動に耐える。


 熱線は巨人の巨体の大半を飲み込んだ。

 直撃した個所は刹那の間に黒く炭化した塊と化し、そして塵と化して消えていく。


 熱線の照射時間はわずか十秒。

 その十秒の間に、可能な限り、巨人の身体をなるべく広範囲で焼き払わないといけない。

 箒の先端を回転させて熱線を放つ。


 たかが十秒――されど、俺の体感では何時間も照射され続けたように感じた。


 長い――長い十秒だった。


 熱線の照射が完了したのを確認して緊張の糸が切れたのか、俺の意識もそこで沈んだ。

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