Chapter 6 「私にできること」

 高校時代の友人の夢を見た。


 いつも愉快な脳内ツッコミを入れてくれる愉快な友人だが、今日はいつものように面白いオタトークはなかった。

 姿も最近のだらしない恰好ではなく、高校時代の制服を来た姿――優等生だのクラス委員長だのと呼ばれていた時の姿だ。


 中身が「あんな」のなんて知る由もなかった。

 俺を含めたクラス全員が、常の生真面目で勉強以外のことに関心はないと思っていた。


 なので、最初に本性を出した時は大笑いしたものだ。

 結局あいつは、高校時代はずっとその本性を隠し通しきった。

 俺以外……親も含めた全ての人間に対して優等生を演じきったのだ。


 いつもおかしくて楽しい奴だった。


 そんないつも陽気で楽しい奴が今回は何故か無言で立っている。


「おい、なんとか言えよ」


 返事はない。

 顔を見ると目には涙が浮かんでいた。


「おい、泣くなよ。お前はそんなキャラじゃないだろ。笑えよ」


 やはり返事はない。


「やめてくれよ泣くのは。別にお前は俺が死んでも悲しむようなキャラじゃないだろ」


 本当にやめてくれ。俺のために泣いたりするのは。


 別に俺なんかに構わなくても、他に仲の良い友人くらいいくらでもいるだろうに、なんで俺ばっかりに付きまとうんだよ。


 ――そんなこと分かり切っている。

 俺が五年以上も曖昧な関係を維持したままで、はっきりと言葉に出さないからだ。


 分かってる。今度こそちゃんと返事をしてやる。


 そのためにも俺は死なない。死ねない。絶対に日本に帰る。


 だから、いつもみたいに巫山戯た話をしてくれよ。


   ◆ ◆ ◆


 目が覚めるとベッドの上だった。

 

 身体を起こそうとするが、ダメージが予想以上に大きいのか、思ったように動いてくれない。

 手の甲を見ると、まだ光る紋様が浮き出たままの状態だった。


 手を杖代わりに立てて、なんとか身を起こすと、ベッドの脇でモリ君とエリちゃんの二人が眠っていることに気が付いた。


「お目覚めですか?」


 リプリィさんが声をかけてきた。

 そのリプリィさんも目の下には隈が出来ており、疲れ切ったように見受けられる。


「お二人はずっとあなたの看病をされていて」


 リプリィさんが眠っている二人を見ながら説明する。


「それで、ここは?」


 壁や天井を見る限りは、簡易的な建物ではなく、しっかりした建造物のように思えた。

 俺にかけられている毛布やベッドに敷かれているシーツも現代のものとほぼ同じで、かなり質が良い。少なくとも前線基地に作られた野戦病院の簡易ベッドではないと感じた。


「ここは首都の病院です。治療には前線基地よりもこちらが良いと判断して、移送してきました」

「……あれから何日経ちました?」

「二日です」


 自覚はないが、そんなに眠っていたのか。


 そして、二日経ったというのにまだ身体に浮き上がった紋様が消えていないことに驚きを隠せない。遺跡から出た後はしばらくは光っていたが、それでも半日も過ぎれば消えていたはずだ。


 十羽使用の魔女の呪いというのはそれだけ身体に反動があるということか。


「それで例の巨人イソグサはどうなりました?」


 俺が尋ねると、リプリィさんは言葉を濁した。


「貴方の攻撃で全体の九割が損傷したことを確認しました」


 リプリィが眉を顰めたまま答えた。


 全く朗報には聞こえない。


 そもそも、最初に討伐報告ではなく、損傷状況の話をわざわざ出したということは、俺の攻撃でも倒しきることは出来なかったということだろう。


 あの十羽使用の魔女の呪いでも倒しきれないとなると、こちらとしては打つ手なしだ。


 十羽使用でこれだけ俺に反動が返ってきているということは、十五羽や二十羽での発動は事実上は使用不可能ということだろう。 どう考えても発動より先に俺が死んでしまう。


 つまり、奴を完全に滅ぼす手立てはない。


「頭を含む、胴体の大半は吹き飛ばしたはずですが」

「それが……足首だけが残った状態から再生しました。それも、左右の足首それぞれから二体になって」

「はぁっ?」


 つい間抜けな声が出た。

 あまりの荒唐無稽な話に二の句が継げない。


「ただ、そのうち一体は再生途中に軍が集中攻撃を加えて昨日にようやく討伐出来ました」

「ということは、まだ再生した一体が残っているんだな」

「残った一体は軍の誘導を無視してまっすぐこの町に向かってきています。何とか軌道変更させようとしていますが、成果は上がっていません」

「この町に?」


 何故……と問いかけようとしたが止めた。


 なんとなく理由は分かる。


 自分に致命傷を与えうる可能性のある、天敵と呼べる存在の「俺」がいるからだ。


 野生動物でもよくあることだ。

 手傷を負わされたら、それで懲りて二度と近付かないタイプと、逆に生命の危機を感じることで全力で反撃してくるタイプ。


 巨人の行動パターンは明らかに後者。

 手負いの熊が一番恐ろしいというやつだ。


「ただ、朗報もあります。今の奴は以前のような耐久性が失われており、軍が使用している通常のライフル銃でもある程度傷つけられるようになりました。今は砲や銃器を周辺の町や他の州からかき集めて、迎撃のための準備を行っているところです」


 それは間違いなく朗報だ。

 通常兵器で巨人を倒せるなら問題はない。


 俺が出来ることは全てやった。流石にあの州知事も文句は言わないだろう。


 こちらはあくまで協力関係にある一般人というポジションだし、軍人でもこの国の人間でもないただの通りすがりなのだから、報酬分の義理は果たしあ。

 後は戦闘のプロである軍が片付けてくれるというなら、そちら任せで良い。


 ――いや、本当にそれで良いのか?


 知事に見せられた例の写真のことが頭をよぎる。

 本当にあんなもの見るんじゃなかった……。


「それで、あの巨人はどれくらいでこの街に到着するんですか?」

「あと四時間ほど。陸軍の状況によっては、まだ数時間は延ばせるかと」

「それで他の州からの援軍が来るまでの時間は?」

「最低でもあと三日」

「それはダメだろう」


 立ち上がるとまだ目眩がするが、そうも言っていられない。


 頭と体を回すカロリーが足りないとばかりにクッキーを一枚出して欠片がこぼれるのも気にせずガツガツと食べた。ベッド脇の小さなテーブルに置いてあった水差しから直接水を飲んで流し込む。


 とりあえず動くだけの元気は出た。

 頭を振りながら気合で立ち上がる。

 

「俺がやるしかないだろう」


 病院で着せられたガウンを脱ぎ捨てて、軍服を着ながら俺は病院の通路を歩く。


「やめてくださいラビさん! 今は寝ていてください。あとは俺達が戦うので!」

「そうよ。ラビちゃんは今は寝ていて」

「でも、あいつに致命傷を与えられるのは俺だけだ。それに、あいつが俺を狙っているというなら、俺が町から出ないと被害がどんどん増える」


 後ろからモリ君とエリちゃんが追い付いてきた。

 だが、少なくとも、俺はこの街から出ていく必要が有る。

 ここに留まっていては住民が危険に晒される。


 例の写真――子供を亡くして泣いている親の顔がまた脳内でフィードバックする。


 本当に貧乏くじだよ、代われるものなら誰か代わってくれ。


 俺はモリ君とエリちゃんを振り切って

 ……振り切って


 ……いや無理です。ラヴィの足の速さでも力でも、戦士系の二人を振り切るなんて無理です。無理でした。


 後ろからモリ君に腹のあたりに手を回されてヒョイと持ち上げられる。

 だだっ子のように手足をバタバタして暴れるが、無駄な抵抗だった。


「やめろー! セクハラ魔神ー! 変態-! スケベ大王-! えっちなことするんでしょ。エロ同人誌みたいに」

「はいはいわがまま言うなら、本当にえっちなことしちゃいますから、今はおとなしくしていましょうね」

「はいはいオッサンはセクハラなんてされないから、大人しく寝ていましょうね」


 今回ばかりはエリちゃんも助けてくれそうにない。


「それはそれとして、ラビちゃんの変なところを触ったら一生軽蔑するから」

「だから、そんなことしないって!」


 おいやめろ。人が重大な決意をして戦いに赴こうとしているのを力任せで無理矢理止めるだけでは飽き足らず、人の背後でイチャイチャするのやめろ。


「待ってくださいラヴィさん」


 リプリィさんも俺に追いついてきた。


「結論から言いますと、ラヴィさんはもう戦力外です」

「どういうことだ?」

「ラヴィさんが狙撃を行えたのは、軍の誘導と支援が有ったからです。ラヴィさん一人では、あの巨人を逃げつつ攻撃を当てるということは出来ません。厳しい言い方をしますが、あなたの足では奴と距離を取った状態で攻撃を当てるのは無理です」

「それなら箒で飛ぶ。空からなら誰の邪魔にもならないだろう」

「箒なら壊れましたよ」

「えっ?」


 リプリィさんから衝撃の事実を告げられた。


「貴方が倒れていた場所の横で粉々に砕けた箒が見つかったと報告を受けています。おそらくあの熱線の反動に耐えられなかったのでしょう。修復不能と見なされたので、あの崖の上に放置されたままです。回収はされていません」


 箒が?

 短い間だったが相棒として活躍したあの箒が?


 俺は手足をバタバタさせるのをやめてモリ君に吊されるままになる。


 俺が観念したのを見たモリ君が手を緩めたので、俺の身体はそのままズルリと垂れ下がり――モリ君の手は俺の腹から胸の辺りに移動した。


「あっ」

「あっ」


 モリ君はエリちゃんに殴られてどこかに吹き飛んでいった。

 哀れな――モリ君の手は完全に宙を切って、俺のどこにも触れていないというのに。


 ……何やら俺の後方で、触っただの、触れられるほど厚みがないからセーフだの、二人の愉快な夫婦喧嘩が始まったようだが、まあそれは自分にはあまり関係ない話なので別に良い。


「分かりましたか? 今のあなたが出撃したところで足手まといです」

「いや、それでも替わりの箒があれば……空を飛ぶための何か箒の代わりになるものがあれば巨人を誘導くらいは出来るはずなので」

「だから諦めてください。空を飛ぶための物なんて常識的に考えてあるわけないでしょう」


 確かにその通りだ。

 そんな都合の良い物など有るわけがない。


「空を飛ぶための『何か』が有れば良いのですか?」

「お婆様!」


 突然に声をかけてきたのは度会州知事だった。

 手には何かの果実が入った籠を持っている。


 もしかして誰かの見舞いだったのだろうか?

 もしかして俺の見舞い?

 いやまさか、この鉄面皮の冷酷な婆さんがそんなことをするとは思えない……


「外でお婆様は止めなさい。私のことは知事と呼びなさい」

「はい……承知しました州知事」


 リプリィさんが叱責されて大人しくなる。


「あなたは魔女でしたよね」

「まあ、一応は魔女です。まあ、ハロウィンのコスプレ魔女ですが」

「ならば、おそらく大丈夫でしょう。着いてきなさい。見せたいものがあります」

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