幕間1

 この島に来てから三日目。


 本日も「敵」の襲撃も無事退けることに成功した。

 私達も住民の被害も0。順調と言えよう。


 日本の暦では今は十月……否、十一月だったはずだが、この島はうだるような暑さに包まれている。

 レオタードの上に軍服の上着を羽織っているだけという冗談のような服装でこの世界に喚ばれたときはこの世の終わりかと思ったが、これだけ猛暑続きだと、この薄着はむしろ快適でもある。


 私こと真島小百合ましまさゆりは二十……いや年齢のことはやめておこう。

 今の私は高校生か、せいぜい上を見ても大学生……二十代前半くらいの肉体年齢まで戻っている。しかも憧れても手に入らなかったファッションモデルのようなスタイルまで手に入った。


 このスタイルのお陰で露出の多いこの服でも肢体を見せることに抵抗がないというところもある。

 肌の状態も衰えてきてひたすらケアに追われていた日々はもはや過去の思い出でしかない。そして、もう1つ手に入りそうなものもある。

 それがそこの砂浜で寝ているこの男だ。


「何をやっているんだ、クロウ」

「レオナか」


 この暑さにも拘らず黒のレザーコートを着たままにも関わらず涼しい顔で寝ているこの男が私のターゲットである。

 今の見た目はいい年してロックバンドをやっている痛い人のように見えるが、日本にいた時はこんなのでも小学校の教師だったらしい。

 まあ色々と問題点はあるが顔は良い。


 現地の子供に空いた時間で算数を教える優しさとマメさや、地元の食材で料理を作るなどの器用さもなかなかポイントが高い。

 二十八歳独身で次男というのも申し分ない。

 日本に帰った暁には是非とも実家に連れて行き、両親に紹介しなければならないだろう。

 既成事実と追い込みは重要だ。


「こんなところで何をしているんだ?」

「子供の頃に好きだったヒーロー番組が有ってだな。戦いなんて望んでいなし嫌いな優しい男だが、人々を守るために正義のヒーローになって、ずっと涙を隠しながら必死で戦うんだよ。そして最終回に全ての戦いから解放されて、こんな感じの南の島の砂浜で寝転んでだな」


 クロウが手を空に向けた。思わず私も空を見る。

 そこには雲一つない青空が広がっていた。

 温度こそ高いが、日本のように湿度が高くなく、潮風もあるので爽やかさを感じる。


「青空になる」


「戦いは嫌いなのか?」

「いくら怪物と言えども生命を奪うことには抵抗しかない。それでもみんなの笑顔のためならオレはやる……そう考えていたら、子供の時に見たヒーローを思い出した」


 こういう処だ。出会いこそ無茶苦茶だったが、私はこの男を絶対に離すつもりはない。これで私の長い婚活を終わらせてみせる。


 ヒャッハー勝ち組だぜー。これでもう婚活パーティーや合コンで変な男に愛想振りまく生活から抜け出せるぜやったー!


「クロウさーん、レオナさーん!」


 万歳三唱していると、その壁になる最大の敵がやってきた。

 今の私の敵は怪物ではない。この水着女だ。


「地元の人がお魚くれましたよー」


 水着女ことマリアは見た目と中身、どちらも高校生だ。

 若い。だが若い。若いのはそれだけで強い。とにかく強い。

 見た目だけ若返った私とは違う。


 そのマリアは明らかにこのクロウに惹かれている。そしてクロウの方も満更ではない。

 現時点での私の最大の敵である。

 セパレートタイプの水着にパーカー、麦わら帽。

 あの暗い部屋に喚び出されたときは完全に冗談だと思っていたが、今のこの島の環境に最も馴染んでいるのはこいつだ。


「何の魚だ?」

「緑の魚でーす」

「ブダイの仲間っぽいな。醤油があれば煮付けにしたいところだが、そんなものはないのでアクアパッツアだな」

「アクアパッツァって食べたことないですけど美味しいんですか?」

「ようはトマト煮だ」

「この世界にもトマトって有ったんですね」

「中世ヨーロッパだと確かにトマトはないはずだが、この島は別だ。南の大陸から乾燥トマトが交易で入ってくるらしい。ジャガイモもあるらしいぞ」

「南だけじゃなく北にも大陸があるんですよね。そっちは?」

「北は未開の地らしい。東と西に魔女がいて支配しているとかいないとか。まあ南の大陸にある国も胡散臭い話しかないが。魔法のような力で東の海からやってきた船団を沈めて回ってるとかなんとか」

「なにそれ……怖いですね」


 くそ、あざとい。なんだこのあざとさは。

 私は無表情でクールを装って「フッ、そうだな」くらいしか言えないというのになんだこのお子様は。私は人生を賭けてるんだよ、この卑しい女め。高校生なら同年代の男を狙いなさい、年上狙いは諦めなさい。


「今日この島に来た人達も誘ってみます。侍とガンマンと魔法使いの女の子」

「ああ、どんどん誘え。仲間とコミュニケーションを取るのは大事だ」

「そうですね。声をかけてきます」


 良かった、こいつやっとどこかに行ってくれるのか。

 そう思った矢先のことである。


「大変だ、奴らが今度は島の裏側に出たと連絡があった」


 私達と同じく召喚された仲間の一人が走ってきた。


「なるほど。では手早く片付けるとするか。朝飯前ならぬ夕飯前だ」

「私も付き添うぞ」

「そうですね。みんなで頑張ればすぐに終わりますよ」


 だからお前は帰れよ。


『Ready』


 電子音声と共に行進曲のような音楽が流れ出す。


「こいつらなら……銃が良いか」


『Sword』『Axe』『Shooter』


 剣の柄に付いた青いボタンを押す度にエレキギターの和音のような音と共に音声が流れる。今回は銃形態を使用するのでボタンは3回。

 モードが確定すると待機用BGMが流れるので、それが流れ終わる前に赤いボタンを押す。

 剣の刀身が柄から飛び出して45度ほどの角度に折れ曲がる。


『Shooter Form』


 銃の発射音のような電子音と西部劇のテーマ曲のようなBGMが流れて柄の部分に取り付けられたライトが青く点滅すると準備完了だ。


 これでオレ……[スケアクロウ SSR]の武器は使用可能になる。

 まるで子供向けの特撮番組に登場するようなギミックと音声に最初は戸惑いしかなかったが、三日ほど使っているうちにこのギミックにも慣れてきた。


 子供の頃に好きだったヒーローはシンプルにベルトが光るだけで手や足を光らせて徒手空拳で戦うのみだったが、いつの間にかヒーローの武器も派手になったものだ。


 生徒が似たようなおもちゃを振り回していたのを思い出す。

 あの決め台詞はなにだったか。


 刀身部分から発射された青く光るエネルギーの塊が海から現れようとしていた不定形のアメーバのような怪物を吹き飛ばした。

 人型の怪物は流石に倒すことに罪悪感を感じるが、このような怪物なら抵抗はない。


 怪物は一日に三度ほど海中から出現し、近くの村に上陸しては住民を襲うなどしていた。

 目的や正体などについては何も分からない。


 怪物は先程のような不定形のアメーバ以外に魚と人間が混じり合ったような半魚人や、海生生物の特徴を取り込んだような人型をした「怪人」の三タイプを確認している。

 半魚人は戦闘員役、怪人はそのまま怪人枠。

 武器だけではなく、現れる敵までまるで子供向けのヒーロー番組だ。


「半魚人タイプが出たぞ!」


 海中から現れるアメーバタイプを倒しているうちに、半魚人タイプも現れたらしい。

 オレの仲間の[レオナ SSR]が半魚人の一体の胴体に蹴りを入れていた。

 彼女の戦闘スタイルは投げるとブーメランのように戻ってくる盾を投げるというもの。

 今のように盾を左腕に付けたまま徒手空拳で半魚人を殴り倒している。


 だが、半魚人は彼女が相手をしている他に数体が海中から上がってきている。

 彼女の援護に入った方が良さそうだ。

 オレは銃を撃ちながら半魚人に近付いていく。

 エネルギー弾を三発当てて怯んだところで剣の射程内に入った。


 半魚人が腕を振り回してきたのをスウェーで最低限の動きで回避し、逆にカウンター気味で銃身……いや剣で切りつけると半魚人は動かなくなった。


「レオナさんは盾をちゃんと投げてください。あとなんでクロウさんは銃を撃ちながら近付いて接近戦するんですか!」


 後ろで何やら言っているのは[マリア(水着) SSR]だ。

 ……(水着)とは何なのかは分からないが、とにかく(水着)だ。

 彼女の特技は強力なバリアと四肢の損壊すら復元できる凄まじい回復能力だが、今回出番はなさそうだ。


「盾を投げればスキルで90秒は手元に戻せない。それならば殴った方が早い」

「オレの銃も五発撃てばリロードに90秒かかる。その間に斬った方が早い」

「この人達は……」


 半魚人は残り二体か。

 オレはレオナと背中合わせに立つ。


「一体ずつ倒すぞ。行けるなクロウ」

「分かっている」


 オレとレオナは振り返り、逆方向の半魚人に向かっていく。


 剣の鍔部分に取り付けられたリングを回転させるとやはりエレキギターの和音のような音が鳴る。この手順を行うことで銃は更に五発が発射可能になる。

 銃を正眼に構えて五発を連射しながら残る半魚人に接近。

 怯んだところでリングを5回転。


『Finish Attack ShoShoShoShoter!』


 反動に備えて両手で銃……いや剣だったな。

 剣の柄を両腕で構える。

 剣の先に青く光る球体が出現した。

 球体は唸りを上げながら半魚人に向かって飛ぶ。


 球体の直撃を受けた半魚人は倒れ込み、赤い炎を高く上げて爆発した。

 爆発する要素などないのだが、フィニッシュアタックでトドメを刺すと敵は何故か爆発して散る。原理は意味不明だが、まあそういうものだと納得するしかない。


 背後を振り返るとレオナの方も半魚人にトドメを刺していた。

 盾を一度空中に投げて、その盾の裏側を踏むように跳び蹴りを入れて、そのまま相手にぶつけるという理屈が全く分からない技だが、何故か攻撃力は高いらしい。


 最初はここはゲーム的な世界だと思っていたが、何故かオレの近くはどう考えても日曜朝にやっている子供番組に近い世界になっているとしか思えない。


 今までのパターンだとこの後に怪人が出てきてそれを倒せば終了だが――

 だが、今日の襲撃は今までとは違うようだ。


 海面が盛り上がり、巨大なカニが姿を現した。

 体長はダンプトラックよりも大きく感じる。最低でも20mほどはあるだろうか。

 もはや怪人ではなく、怪獣だ。


『Ready』

 電子音声と共に行進曲のような音楽が流れ出す。


『Sword』『Axe』『Shooter』『Scissors』『Glaive』『Sword』

『Sword Form』


 剣のつばぜり合いのような電子音と荘厳なBGMが流れて鍔のライトが赤く光る。

 45度傾いていた刀身が垂直に戻り、それだけではなく刀身も若干長く分厚くなり、刀身自体が青い光に覆われる。


「強敵だな」


 ロングソード状に変形した刀を肩の上に載せる。


「だが私とお前がいれば大丈夫だ。そうだろう」

「ああ」

 夕食のアクアパッツアが待っている。

 あまり時間をかけずに速やかに倒してしまおう。


「蹴散らしてくれる!」

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