Chapter 6 「空も飛べるはず」
「
極光と名付けた俺の3番目のスキル。
箒の先から出る虹色の光の帯によって、遺跡の通路を塞いでいた子牛くらいのサイズの巨大な蜘蛛が吹き飛ばされ――
吹き飛ばされ……
いやなんか、一瞬だけ動きは止まったけど、元気に向かってくるな。
鳥を何羽か出して追加攻撃でも入れるかと思ったところ、先にエリちゃんが飛び出して回し蹴りで蜘蛛を遺跡側面の壁に蹴り飛ばした。
蜘蛛は勢いよく壁に叩きつけられ、べしゃりと音を立てて変な色の汁を噴出したかと思うと、ずるりと床に落ちて、それっきり動かなくなった。
「エリちゃんは虫の類は平気なタイプなのか?」
「田舎出身なので、虫は昔から怖いとかなくて」
ふと後ろを見ると、直接攻撃を仕掛けているエリちゃんよりも、後方で援護に徹しているモリ君の方が巨大な虫に対して怯え竦んでいる。
もう蜘蛛は動かないというのに、完全に腰が引けているし、苦虫を噛み潰したような酷い表情から顔が元に戻っていない。
モリ君はエリちゃんとは対照的に都会っ子で虫が苦手なのだろうか?
俺の3番目のスキルは箒の先から攻撃力を持った
放たれるのはビームではなく文字通り光である。
何の音や風も立てることなく、それこそ光速としか思えない速度で到達して目標に裂傷と熱によるダメージを与える技である。
あまりの速さのために、これを目視で避けられる相手はいないだろう。
また十秒ほど出し続けることが出来るので、光を同じ対象に当て続けたり、出したまま光線を動かして複数の対象をなぎ払ったりすることも可能である。
欠点はやはり攻撃力の低さ。
通路を塞ぐ邪魔な蜘蛛の巣程度なら消滅させることが出来るのだが、先程のように巨大な蜘蛛相手だと当てた直後だけは一瞬だけ怯んでくれるものの、それで終わりである。
逃げてくれると良いのだが、だいたいの場合は先程のように、何事もなかったかのように反撃のために突進してくる。
そういえば鳥を出すスキル――
五羽を全部当てたとしてもエリちゃんのスキルで攻撃した方がはるかに強いだろう。
ただ、接近したくない相手を遠距離から一方的に叩けるのは大きい。
たとえば、蜘蛛の巣のようなものは、素手で掃おうとするならばかなりの手間がかかるだろうが、極光ならば一瞬で跡形も残さずに焼き払うことが出来る。
なお、蜘蛛は何匹倒しても一枚もメダルを落としませんでした。
基準がわからない。
そうやって、通路を塞いでいた蜘蛛の巣を極光で払いながら廃墟の町を麓に向けて下っていく。
◆ ◆ ◆
トコトコ
トコトコトコ
トコトコ
モリ君とエリちゃんのザッというブーツで砂の混じった石畳の床を踏みしめる音に混じって、俺のミュールのような靴のトコトコという足音が響く。
たまに小走りになるのは、俺の歩みが遅いためにモリ君とエリちゃんの二人から距離が離れてしまうためだ。
二人が特に早足ということはないだろう。
俺が遅いのだ。
体力の低下もあるだろうし、ラヴィが履いているミュールのような踵の高い靴が、石畳が敷かれた下り坂の道を歩くのには全く向いていないのもある。
たまに踵が石畳の隙間に引っかかって、何もない平地で転倒しそうになることまである。
筋力が落ちているために、ごく普通の箒もただ握っているだけだというのに、腕が怠くなってくる。
仕方なく負荷を減らすために胸の前に両手で抱えるように掴みなおす。
さすがにここまで運動能力が低下していると、自分でも情けなくなってくる。
「ラビちゃん」
エリちゃんが遅れ気味の俺の近くまで小走りで戻ってきた。
エリちゃんの方が、今の俺よりも身長は低いはずなのだが、さすが戦士系だけあって、歩くのも走るのも早くて羨ましい。
「中の人ってオッサンなんですよね」
「23歳ですけど」
23歳はさすがに若者と呼んでも良いだろう。まだオッサンと呼ばれる年齢ではない
……はずだ。多分。※要出典。
「わざと可愛い動きをしてます? なんか、色々とあざとい動きが多いんですけど」
「こっちは歩幅が小さいから必死なんだよ!」
体力がないなりに必死で動いているのが、たまたまあざとい動きに見えているだけである。
別に好きでアザトースしているわけではない。
「実は男って嘘だったりします?」
「そんなメリットのない嘘をつく理由なんてある?」
「うん、まあ確かにそうかな。でも、たまに元から女子かなって思う時があって……」
「たまに?」
「ラビちゃんはユイって人を知っています?」
名前だけ言われてもどのユイなのかが分からないので何ともコメントしようがない。
とりあえず首を横に振っておく。
「モリ君が言ってたんですよ。もしかしたら君はユイじゃないかって。しかも真っ暗な中で二人っきりという状況で急に肩を掴まれて真面目な顔で大事な話があるなんて言われて。それで出てきたのが知らない女の名前ってちょっと酷くない?」
それは確かに嫌だ。
下心があるにしろ、ないにしろ、暗闇で同年代の男性が鬼気迫る勢いで迫ってきたりすれば、思春期の少女ならば警戒心が沸いても仕方がないだろう。
エリちゃんの気持ちは分かるところがある。
「だから私はユイとかいう人とは別人だ。ユイとかいう知らない人じゃなく私を、
「まあ確かに目の前にいる相手を通して別人を見るのは酷いな」
「
「うん、まあ確かにそれは見ていて分かる。悪いやつではなさそうなんだけど……」
確かにモリ君は基本的には真面目で優しい善人なのだろうが、根っこの部分はちょっと思い込みが激しいアホの子だというのは、会ってからの言動でなんとなく理解できる。
その場の感情で暴走気味なところを見ると、23歳の俺からしても若さ故の危うさのようなものを感じてしまい、庇護欲にかられて、つい手助けをしたくなってしまう。
「昔に何か有ったのは分かりますけど、あんな必死な顔をするんだもん。勘違いしちゃったでしょ」
勘違いしちゃったか-。それは仕方ないな。
「ラビちゃんも勘違いしちゃダメですよ。あいつ、すごい天然の女たらしですよ。たらされちゃいますよ」
そうか、たらされちゃったのか。
うん?
……うん?
「それはともかくとして、ラビちゃんって箒に乗って飛んだり出来ないんですか?魔女なんですよね」
魔女が箒で空を飛ぶ?
エリちゃんの言葉に俺は膝を打った。
なるほどその発想はなかった。
俺のキャラクターの外見は古典的な魔女の姿である。
実は単なるハロウィンのコスプレで、ラヴィは魔女とは何の関係もないキャラであるという可能性もあるが、それでも、もしやということもある。
どうせ、「ハロウィンなのでクッキーを配る」以外の情報など何も分からないのだ。
試せることは何でも試してみる価値はある。
箒から手放すと、箒は当然のように地面に転がる。
「箒よ飛べー!」
箒に向かって声を出して呼びかけてみるが、何の反応もない。
「スカイ! フライ! 宙に浮け! フュージョンジャック! フュージョンジャック! フロート!」
デタラメにそれっぽい語句を並べて叫ぶと、そのうちのどれかが当たりだったのか、箒が手も触れていないのにふわりと宙に浮かんだ。
エリちゃんが信じられないと言わんばかりにこちらを見る。
実際、俺も箒が浮遊しているのを目の当たりにしても全く現実感がない。
「とりあえず解除で。英語だと
適当に言った言葉で箒はゆっくりと地面に降りていく。
「ということは、
箒が再度浮かび上がった。
なるほど、フロートが浮遊でリリースが解除か。
フロートとリリースを繰り返し言うと箒が上がったり下がったりする。
この動きを見ているだけでもなかなか楽しい。
面白くなってきて、フロップだのリリーマルレーンだの似たような感じの言葉を入れて色々と遊んでみるが、箒はフェイントなどの異なる言葉には引っかかるということはなかった。残念である。
「えっ嘘? これギャグ? ラビちゃんの魔女ってただのコスプレですよね」
「君が言ったんだよね、魔女なら空も飛べるはずって」
エリちゃんは誤魔化そうとしたのか、明後日の方向を向いた。
魔女ならば箒で空を飛べるはずというのは完全に冗談のつもりだったようだ。
「女子2人で何を遊んでるんだ」
俺とエリちゃんがいつまで立っても同じ場所に居ることに気付いたのか、モリ君も俺の近くに小走りでやってきた。
「聞いてよモリ君。ラビちゃんが魔女だったの」
「ラビさんがクッキーの魔女なのは知ってるけど」
「いや待ってほしい。俺はハロウィンの魔女であってクッキーの魔女ではない。そんなことより見てほしい、この箒を……
箒が宙にふわりと浮かぶ。
「すごいですね。ラビさんに四つ目のスキルがあったんですか?」
「いや、これはスキルじゃなくてキャラ設定の何かじゃないかな。多分、元々のゲームで魔女は箒で空を飛べるとかそんな設定があるんだと思う」
モリ君の話では、最初に喚ばれた50人の全員が俺達のキャラクターの元ネタであろうゲームの存在を知らなかったという。
ただ、ソシャゲなんて星の数ほどあるし、今この瞬間にも新しいソシャゲが産まれてはサービス停止している。
その全てを把握している人間なんていないだろうし、誰も知らないゲームがあってもおかしくはない。
「というわけで、箒で空を飛んでみようと思います」
「すごいすごい」
モリ君とエリちゃんに見守られる中、俺は箒にまたがって……またがって……
ヒザ下まである長いローブのおかげで足を開けられる角度が限られているので、宙に浮かんだ箒の高さまで足が上がらないことに気付いた。
ローブの裾を掴んで股のあたりまで豪快に持ち上げる。
「ちょ、何して――って下にハーフパンツ穿いてたんですね」
エリちゃんの言う通り、俺――ラヴィはローブの下にはブラウスとハーフパンツを着ているので、活発に動き回っても、見えてはいけないものがチラリすることはないのだ。
ローブを腰まで捲っても太ももすら見えない。これは圧倒的に健全。
謎の光に絶対領域を守ってもらう必要はないのだ。
もしも、ローブの下が全裸だったり下着だけだったりしたならば、おそらく俺の精神は羞恥心に耐えきれず既に死んでいたと思われる。なので、そういう意味でも助かっている。
片足を一生懸命上げて箒に跨がり、箒を更に高く飛ばす。
そしてそのまま前進――
――前進させたところ、バランスを崩して箒から落下しそうになる。
落下を阻止するために両腕で箒を強く握るが、残念なことのラヴィの握力では俺の体を支えられるだけの筋力はない。
落ちてたまるかと倒れる方向と逆に腰を捻って耐えようとするが、それがまずかったらしい。
何とか太腿で必死に箒を挟み込むが、それは無駄な抵抗でしかなかった。
健闘むなしく、俺の体は箒を軸に半回転して腕と足だけで箒に逆さまの体勢でしがみついている状態になる。
まるで動物園のナマケモノだ。
「たすけてー」
重力に逆らえず帽子が床に落ちた。
そして、ラヴィの弱弱しい握力と太腿の挟み込みだけでは箒にしがみつく体勢すら維持できなくなり、俺も落ちた。
「大丈夫ラビちゃん!」
「肩を地面にぶつけた。あと掌と太腿が痛い」
無理に箒にしがみついていたせいで、箒に接していた掌と太股に変な力がかかってしまったらしい。
掌を見ると真っ赤な筋が付いている。おそらくハーフパンツの下の太腿も赤く腫れているだろう。
ハーフパンツの裾をモリ君から見えないように少し捲ってみると、太腿にしっかりと箒で擦れた時に付いたであろう赤い筋が浮き上がっていた。
あと、パンツはピンク色だった。
「そんなに箒の上に乗るのって安定しないんですか?」
「だって何処にも掴めるがない上に座れるところもない単なる棒なんだぞ」
概ね理解した。
箒は乗り物ではないので、バランスを維持したままその上に跨がって乗れと言われても難しくて当然だ。
「バランス感覚が難しい。でも、これは自転車と同じで一度コツを掴めばあとは簡単に乗れるようになるかもしれない」
再チャレンジだ。
幼い子供が自転車に乗る時も、コツを掴めるようになるまでは安定しないが、一度コツさえ掴めば以降はずっと乗れるのだ。おそらく箒もそれと同じだ。
「なら俺が箒を後ろで持ってるから安定したら言ってください。適当なタイミングで手を離すので」
モリ君が箒の後ろ側を手で支えると、左右にブレることなく安定して自立することが出来た。
「私は前から支えるので、ゆっくり練習しましょう」
エリちゃんは前から支えてくれた。
「ありがとうモリ君、エリちゃん……いやモリパパ! そしてエリママ! わたしはやるよ! やってやるよ!」
箒に再度飛び乗り再飛行チャレンジだ。
気分は自転車に初チェレンジする幼女だ。幼女の気持ちになるですよ。
ゆっくりと箒を前に進める。左右に若干ふらつくが安定している。
バランスだ、バランス感覚を維持しろ。自転車に乗る感覚だ。
「ラビさん、俺はもう手を離してますよ」
「すごい、まっすぐ飛べています。すごいよラビちゃん」
2回目にして早くもコツが掴めてきた。
これならばあと何回か練習すれば完璧に箒で空を――
――十メートルほど進んだところで、俺は
「ごめん、箒が色々と食い込んでもう限界です」
◆ ◆ ◆
「魔女ってどうやって箒に乗ってるんだよ!」
鉄棒の上に跨ったことくらいは小学生の時にあるが、あれは動かない鉄棒の上でじっとして動かないから成立している芸当だ。
冷静に考えると、箒のような細い棒に全体重をかけて移動するのだから、痛くないわけがない。
正直、短時間飛んだだけでも股間が痛い。すごく痛い。
あまりの痛みに股に手を伸ばして擦ろうかと一瞬思うも、場所が場所だけあって間違いなくエリちゃんから「変態!セクハラ魔神!」と言葉が飛んでくるのは予想出来るので、なんとか気力で堪えて自重する。
「世界的に有名な魔法学校の映画だと、みんな箒に乗って空を飛んでましたけど、あれは所詮はお話ってことなんですかね」
「あの映画の原作では説明されてるんだけど、箒に乗るときにはクッション魔法が発動してるはず」
マジかよ、さすが世界レベルの魔法使いは違うな。
やはりちゃんと細かいところまで考えている。角度とか。
「ヒールをかけなくて大丈夫ですか? 痛むんですよね」
それだ。なるほど、この痛みが消えるならと膝を打つ。
早速回復魔法をかけてもらうために……
「いやダメ。絶対ダメ! カズ君の変態! セクハラ魔神!」
モリ君がヒールをかけてくれるという甘い言葉に一度は負けそうになったが、少し考えてそれは絶対にダメだということに気付いた。
胸の前で両手で×の文字を作って拒否をする。
「なんで俺が急に罵倒されるんですか!」
「だってモリ君のヒールは患部に触れるタイプだろ」
「そうですけど」
「太股や股間に手を当てて『痛むのはここですか?痛みなんてすぐに消えますよフフフ』とやるのか? 絵面が完全にアウトだよ! エッチなことするんでしょ、エロ同人誌みたいに!」
モリ君もその光景が脳内で再生されたらしいようで顔が赤くなっている。
それはそうだ。いくら中身がオッサンの俺とはいえ、身体は完全に少女だ。中学生だ。
誰がどう見てもセーフな要素が一切ない。これは完全にAUTO。
「そんな発想が出てくる方が変態ですよ!」
「ちょっと男子ーデリカシー足りないんじゃないのー。ねー」
「ねー」
「おいそこの女子……じゃない、エリスとオッサン!」
◆ ◆ ◆
「というわけで横乗りに挑戦します!」
箒を跨いで乗るのは不可能と判断されたので、尻だけで箒へ腰掛ける横乗りにチャレンジしてみようと思う。
漫画などの自転車二人乗りシーンで後ろに乗った女の子がやっているあれだ。
まず箒を浮かせてその上に尻だけを乗せる。
その後に振り落とされないように右手で箒の前の方を、左手で後ろを掴めば、はい完成。
このスタイルなら尻はそれほど痛くならず、安定もしそう――
箒からずり落ちて豪快に尻餅をついた。
「座り方が甘かった。もっと深く座る必要がある」
軽く腰掛けるだけでは、ちょっとしたことで滑り落ちてしまう。
もっと深く座ればきっと大丈夫と、今度は尻を空中に置いて、太腿の付け根のあたりで箒へ座るようにする。先程よりは安定はしている。
だが、その状態でもバランスを取らなくても良いというわけではないので、座った状態を維持しようとすると、背中の筋肉がぷるぷると痙攣を始める。
「この状態で身体を支えられるなんてどんな体幹なんだよ」
しばらくは頑張ってみたのだが、すぐに箒に乗った姿勢を維持できなくなり、今度は箒から後ろ向きに倒れ込んで頭から落ちた。
「ダメだこりゃ。次行ってみよう」
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