Chapter 5 「群鳥」

「では、まずは1番目のアイコンのスキル。光る鳥のような能力!」


 箒を魔法使いが使う杖に見立てて、箒の先端から攻撃魔法? が発動されるイメージで精神を集中させる。


 攻撃魔法について全くイメージは出来ていないが、クッキーの時と同じで適当に念じれば何とかなるだろう。


 それくらいの軽い気持ちで意識の集中を再開する。


 超音波のようなキーンと甲高い音が鳴ったと思うと、箒の先にサッカーボールほどの大きさの青白く光る球体が5つ現れた。


 その球体はまるで人魂のように箒の先をゆらゆらと漂っている。


「おおーっ」


 思わず声が出た。


 同時に脳内に五分割されたウインドウのようなものが立ち上がり、まるで防犯カメラのようにそれぞれに映像が映し出されている。


 俺の視界と同じ山の風景、モリ君の顔、エリちゃんの顔、そしてドヤ顔を決めている魔女の服を着た中学生くらいの痩せ気味の少女……


 いや、これが俺なのか?


 カードのイラストだと、もっと儚げというか暗い雰囲気の少女が猫背気味に立っていたのだが、映像に流れてくるのは無駄に自信に溢れていそうな、やたら姿勢が良い少女だ。


 中の人が変わると、これだけ雰囲気が変わる物なのかと感心する。


 脳内に先程から投影されている映像は、この人魂のような青白い光が「視た」情報なのだろう。


 このスキルは、送られてきた視覚情報を元にこの五つの光の動きを自在にコントロールしろというちょっとしたドローンか誘導ミサイルと言ったところか。


 箒をくるくると回すと、それが合図になったのか、青白い球体もくるくると頭上で旋回する。

 同時に脳内に流れてくる映像の方もクルクルと回る。


 繰り返していると頭痛と共に吐き気が込み上げてきた。


 どうやら脳に流れ込んでくる情報の量が多すぎて酔ってしまったらしい。

 慣れていない3Dゲームをやった時の3D酔いのようなものだろう。これは使いこなせるようになるまでかなり熟練が必要かもしれない。


 スキルの扱いに慣れて使いこなすことが出来れば、攻撃から偵察まで色々と応用出来そうな能力ではあるが、慣れるまでは急な軌道変更などの複雑な動きは避けた方が賢明だろう。


 まずは射程距離の確認も兼ねて、5つの球体を彼方にいる黒い点へとまっすぐ飛行させることにする。


 箒で黒い点を指すと、光の玉はピュウとホイッスルのような風切り音を立てながら黒い点に向かって飛んでいく。自動車くらいの速度は出ているだろうか。


 青白い球体から転送されてくる映像によって、ようやく肉眼では黒い点にしか見えなかった対象の正体を視認することが出来た。


 骨格に薄い皮が被さり、その上に分厚い鱗が付いたような顔。

 筋肉がしっかり付いた強靭そうな体、背中に生えた棘、長くて太い尾。

 身体的な特徴はイグアナに酷似していた。


 イグアナとの明確な違いは、前足の代わりに胴体から真横に生えているコウモリのような薄い皮膜が付いた大きな翼だ。


 ワイバーンはその翼を鳥のように羽ばたかせるわけでもなく、ただ広げて滑空しているだけにも拘らず、かなりの速度で飛行を行っている。

 航空力学やら常識やらを軽く越えているあたりが実にゲーム的だ。


 だが、この生物は言うほどワイバーンだろうか?

 形状はファンタジーゲームなどに登場するワイバーンよりも、太古の地球にいたという翼竜に近いのかもしれない。


 ただ、恐竜博士ではない俺には他の名称が分からないので『ワイバーン』と呼称することに異論はない。


 光の球体がもうすぐワイバーンと接触するという距離まで近づいた時に、奴は球体を避けるようにして急に軌道を変えた。


 球体は攻撃魔法であり、自分にとっては危険な存在だと気付いたのだろうか?


 慌てて球体にワイバーンを追跡するように命令を出すが、タイミングが遅れてしまい、ワイバーンは球体が滞空している真横を通り過ぎてしまった。


 球体よりもワイバーンの方が移動速度は速く、また既にかなり距離が離れてしまっているために追いつけるとは思えない。


 スキル1回分は無駄になってしまうが、一度能力を解除させることにする。


 スキルの解除リリースを念じると、脳内に浮かんでいた5つのウインドウが消える。


 それと同時に、まるで全力疾走したかの如く心臓までドクドクと早鐘を打ち、呼吸が荒くなり、胸を抑える。

 頭痛や吐き気も耐えられない程に酷くなってきた。


 わずか短時間に単純なコントロールをしただけにも拘らず、この疲労感と頭痛。

 これはまともに使える能力なのか? と疑問が浮かぶ。


 この誘導弾を敵に当てるのは、球体と敵の位置関係を3Dの座標を把握した上で、相手の動きを予想して最適な動きを考えながら操作する必要がある。


 ただ、俺はニュータイプでもスーパーコーディネイターでもアコードでもイノベーターでもXラウンダーでもない、ただの一般人だ。


 魔女でガンド使いなのでは? と聞かれると、まあ確かにそうなんだけど、いきなり何の訓練もなしに自由に動かせる誘導弾をポンと与えられても、うまく扱うことなど無理に決まっている。


「ラビちゃん大丈夫?」


 荒い息を立てて苦し気に屈んでいる俺に気付いたのか、エリちゃんが慌てて駆け寄ってきてくれた。

 だが、手のひらを向けてそれを拒絶する。


「こちらは大丈夫。それよりもワイバーンを」

「わかった」


 いつの間にかワイバーンは俺の肉眼でも目視できる距離まで近付いてきていた。


 胴体のサイズは人間と同じくらいの大きさに収まっているが、巨大な羽を広げた状態だと軽自動車くらいのサイズはあるようだ。


 太い足から生えた爪は刃のように鋭く、丸太のように太い尾も振り回せば相当な威力がありそうだ。

 ヒグマかそれ以上の巨体から繰り出される攻撃を受ければ、人間などひとたまりもないだろう。


 早くなんとか……スキルを使いこなして戦いに参加しないと二人が危ない……


 一度大きく深呼吸して呼吸を落ち着ける。


 冷静になれ。スキルは使えるように付与されているはずだ。


 もし超越者が俺達を使って何かしらのゲームを行おうとしているのならば、使えないスキルを付与して、こんな物に頼ってられるか!と不毛な殴り合いをさせるという、ゲームがつまらなくなる行為などはしないはずだ……多分。


 身体への負担が大きいのは使い方を誤っていたために、無駄に燃費が悪かっただけだ。


 無茶苦茶な理屈で自分を無理矢理納得させる。


 この理屈が合ってるかどうかなんて分からない。


 ただ、明らかに敵対意思を持って、こちらを襲ってくるワイバーンがいるのに

「スキルが使いこなせないので諦めます。逃げます」

――などという理屈が通るわけはない。


 スキルの説明なんて皆無なので、ある程度推測を立ててトライアンドエラーで色々と試してみるしか方法はないのだ。


 少し気持ちを落ち着けて能力について整理してみよう。


 スキルのアイコンは鳥だった。


 ただ、今回スキルを使って出てきたのは丸い光の球体であり、鳥ではなかった。


 そこにスキルをうまく使えなかったヒントがあるはずだ。

 目を閉じて更に思考を進める。


 アイコンが示す通り、鳥の形をした「何か」を出すのがスキルとして正しい形だろう。

 魔法使い……いや魔女が操る使い魔としての鳥だ。


 魔女が操るイメージの鳥とは何だろう。カラス? コウモリ? フクロウ?

 自分の持っている知識を最大限に投入して思考を進める。


 モリ君とエリちゃんの声やワイバーンの甲高い、まるで鳥の叫び声のような音が聞こえてくる。


 どうやらワイバーンとの戦闘が始まったようだ。

 だが今、重要なのはスキルを中途半端にしか使えない、足手纏いの状態で戦闘に参加することではない。完全な形でスキルを発動させるようにして、頼りになる仲間として参戦することだ。


 カラス……フクロウ……

 ワイバーン……トカゲのような鳥


 いや違う変なイメージが入り込んだ。やり直し

 カラス……フクロウ……トカゲ

 トカゲ?


 その時、脳内に1つのイメージが浮かび上がった。


 枯れ木ばかりの山の上に作られた環状列石が立ち並ぶ祭壇。

 魔法陣の中心で儀式を行う魔女。

 その周辺を飛び交う不気味な鳴き声の鳥の群。

 大きな目とくちばしを持つ死を告げるという伝説を持つ不吉の象徴であるウィップァーウィル


 トカゲのような顔付きで眼は大きい。嘴は小さく見えるがトカゲのように大きく開く不気味な鳥。


 何かの映画で見たのか?

 いや、この光景は以前から『知っている』

 誰が?


 《ラヴィが》


 不揃いだった歯車がカチンと噛み合う感触を得た。


 目を開くと箒の先に「五羽」の青白く光で構成された「鳥」が現れていた。


 こちらから特に何も命令を出してはいないにも拘らず、まるで本物の鳥のように箒から飛び立ったり、僕の帽子や肩の上に飛び乗ったりと自由に動き回っている。


 先ほど出現した光の玉とは全く違う、光で形成された「鳥」そのものだった。


 目は大きく嘴は小さい。そのくせ開いた口だけは大きい。

 カラスでもフクロウでもない、ハヤブサや鷹とも違う。


 なんなのだろうこの鳥は。


 先程と違い、脳内にウインドウのようなものは表示されなくなったが、その代わりに頭痛も吐き気もない。

 機能は若干落ちるが、その分だけ体への負荷は小さいということだろう。


 ラジコンのように手動で全て操作するのではなく、ある程度は自分の意志で動いてくれる鳥に必要最低限の命令を出すことでコントロールを行う。

 このセミオート状態で発動させるのが正しいスキルの使用方法なのか?


 否、セミオートではなく、まるで僕と鳥との間に誰かが入り込んで、負担を肩代わりしつつ精密なコントロールも行ってくれている――そんな感触がする。


 ――いや今はそんな考察なんてどうでもいい。早く戦闘に参加しないと。


 ワイバーンと二人の方に目を向ける。


 モリ君とエリちゃんの二人はうまく戦ってはいたが、宙に浮くワイバーンを相手に攻撃が届かないために決定打を与えられず、逆にヒットアンドアウェイで攻めてくる相手に傷を増やしていた。


《ごめんね、僕が不甲斐ないばかりに……》


「飛べ」

 五羽の鳥が頭上に舞い上がり、旋回を始める。


 《行くよ、みんな》


 練習代わりに五羽をそれぞれ違う方向に散開させる。

 指揮棒のように腕と箒を動かして鳥に指示を出すと、鳥は僕の思い通りに動いてくれた。


 牽制とコントロールの練習を兼ねて、鳥を敢えてワイバーンを掠めるくらいの至近距離で飛行させてみる。


 ワイバーンは鳥の動きを目で追い、尻尾を振り回して鳥を叩き落そうとしてきたので、鳥を加速させたり、細かく旋回させるなどしてそれらの攻撃を避けさせる。


 牽制数回それを繰り返した後に、二羽をワイバーンの後方下部、二羽を前方上部に回り込ませる。


 残る一羽をワイバーンの手前で待機。


 練習飛行デモンストレーションはこれで十分だろう。鳥の動きは僕の思うままだ!


「まずは飛行能力を奪う!」


 指示通り、ワイバーンの後方下部に回り込ませた二羽の鳥は左の翼の皮膜へと突撃した。


 直撃を受けたワイバーンの巨体が一瞬右側に大きく傾く。


 だが、この二羽の突撃だけではワイバーンの翼の皮膜を突き破るような攻撃力はないようだった。

 ギチギチと皮膜を押す音は聞こえてくるが、それだけでは被膜が破れてくれる気配はない。


 ……思ったより弱いな、このスキル。


 当初の見込みでは、二羽ずつ分けて攻撃させることで、ワイバーンの両翼を奪って無力化させるつもりだったのだが、出来ないのならば仕方がない。

 《作戦変更》だ。


 前方上部に回り込ませた二羽に指示を出し直して、今度は上方向から左翼の皮膜へと突撃させる。


 上下両側からの同時攻撃でようやくワイバーンの左翼の皮膜を破ることが出来た。


 翼を失ったことで、滞空状態を維持できなくなったのか、ワイバーンが金切り音のような叫び声をあげながら高度を落としていく。


「今がチャンスだ!行けるなエリス!」

「誰に向かって!」


 ワイバーンの体勢が崩れた隙をついてモリ君とエリちゃんが動いた。


「言ってんのっ!」

「プロテクション!」


 モリ君が青白く光る壁を頭の上に掲げた手の平の先に作り出した。

 エリちゃまずモリ君の肩に足をかけ、そこから壁――いや足場に飛び乗った。


 靴の先から青白い光を放って壁を蹴り、更に高く――ワイバーンよりも高い場所へを舞い上がった。


 ……いやプロテクションってそういうものだっけ?

 僕がプロテクションの意味を考えている間にも戦いは進んでいた。


 エリちゃんが青白い光を足にまとわせたまま、空中で身体を丸めて前方向に宙返りを行うと、靴底から更に強い光が溢れ出した。


 宙返りの勢いを残したまま身体を伸ばし、足を開脚。

 そこから脚を槌のように振り下ろし、靴の踵をワイバーンの脳天に蹴り込む。

 宙返りの回転による遠心力、それに全体重を乗せて、スキルの青い光を加えた強烈な踵落としだ。


 ワイバーンの頭蓋骨が破壊される乾いた音が、ワイバーンの絶叫と共に辺りに響き渡った。


「こいつはオマケだ!とっときな!」


 いざという時の予備として旋回させていた光る鳥の残りの一羽をワイバーンのアゴの下に突撃させる。

 上部からのエリちゃんの踵落としと、僕の放った光る鳥とのサンドウィッチだ。これで効かない訳がない。


 ワイバーンは頭から石畳の上に轟音を立てて叩き付けられた。


 エリちゃんは踵落としの反動を利用して体操選手のように後方宙返りを決め、ワイバーンよりワンテンポ遅れて華麗に着地する。これが体操競技なら十点満点をあげたいところだ。


 ワイバーンは地面に叩きつけられてからもしばらくは痙攣を続けていたので、起きあがって暴れだすのではと警戒をしていたが、時間が経つにつれて痙攣は収まっていき、やがて動かなくなった。


「終わったのか?」

「多分ね」


 モリ君とエリちゃん、二人ともあちこちに、ワイバーンから受けたであろう傷が多数付いている。

 あまり大きな傷がないのは幸いだが、僕だけが完全に無傷なのは申し訳が立たない。


「本当にごめんね。僕が最初からうまくスキルを使えていれば」

「うん……まあ次から、うまくやってくれたら良いかな」

「そうですね。それにラビさんの魔法も最後の決め手になってくれたので」


 なんて良い子達なんだろう。

 エリちゃんの言うとおり、次はもっとうまく立ち回って二人を助けないと。


「それよりもエリス、ラビさん」


 モリ君が右手を肩くらいの位置で構える。


「ハイターッチ!」


 エリちゃんがそこに掌をたたき付ける。

 僕も続いてハイタッチ。

 最後に僕とエリちゃんでハイタッチ。

 色々あったが、僕達チームの初勝利だ。


 その時ワイバーンの体が強く光り輝き始めた。

「こいつ、まだ動くのか?」とモリ君とエリちゃんが身構える。


 だがワイバーンが再び動き始めることはなく、光はそのまますぐに収束していき、消えた。


 ワイバーンの死体の前には五百円玉ほどの大きさの銅色のメダルが現れていた。


 箒の先でそのメダルを突いてみるとチャリンという音を立てて石畳の上を転がる。

 触れたら爆発とかそういう類のものではなさそうなので、おそるおそる指で摘まんでみた。


 メダルの裏表両面には「R」の刻印が刻まれていた。

 ゲームだと何かのアナウンスが流れたりするところだろうが、そういったものは一切なかった。


「R? レアってことなのかな?」


 二人にもメダルを見せる。


「この世界のモンスターが全てこういうアイテムを落とすのか、それともこのワイバーンが特別なのか」

「この世界で初めて倒したモンスターだから分からないですね」

「集めると何かと交換できるとか、お金の代わりに使えるとかでしょうか?」

「今は何も分からない。他のチームが何か情報を持っているかもしれないから、まずはその他のチームとの合流を優先しよう」


おれ》達三人は遺跡を更に進む。

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