Chapter 4「会話の途中すまないワイバーンだ」
扉を抜けた先は薄暗い坑道のような場所だった。
通路はすぐに左右に分かれている。
ここも最初の部屋と同じように天井に明かり取りの窓が設置されていてほんのりは明るいのだが、通路の先は5mほどしか見通すことが出来ない。
右か、左か。
そして、予想はしていたことだが、モリ君とエリちゃんが閉じ込められてから三日経っていたこともあり、当然のように待っている者など誰もいない。
「ラビさんどうします? どちらの方向に行くべきか?」
「行動学によれば、こういう時に人間は無意識に左を選ぶ傾向が有るらしい。だから逆に右を選びたいところだが……」
ただ、どの道、どちらかの道は選ばないといけないのだ。
一度しゃがみ込んで左右の道を見ると、左の道は微妙に下っており、逆に右の道は微妙に登り坂になっているように感じた。
試しにポケットの中に入っていた短い鉛筆を地面に置くと、ゆっくりではあるが左側に転がっていく。
次に指を舌で舐めて空気の流れを感じると、若干ではあるが、右から左に風が抜けているようように思えてくる。
「右だな。左は微妙だけど下っているのに対して右は逆に登っている。風も感じるし、出口に近いのはこっちだと思う。何か意見は?」
「ありません」
エリちゃんは何も考えていなさそうだが、モリ君は顎に手を当てて何やら考えているようだった。
最後は俺と同じように指を舐め、風がどちらの方向から吹いているのか探すような動きをした後に、結論を出したようだ。
「俺も右で良いと思います。地下に潜るよりは、一度高い場所から状況を確認したいので」
「なら決まりだな。右に行こう」
どの道、他に考察材料などないのだ。最後は勘で進むしかないだろう。
それから小一時間ほど歩いたが、景色はほぼ変わらない。
一直線のゆっくりとした登りがずっと続いていて、本当に進んでいるのか不安になってくる。
不安事項はそれだけではない。
普通に歩いているにも拘らず、ちょっとずつ二人との距離が開いていって、その度に小走りになるので俺だけが汗をかいて息も上がっている。
普段から頻繁に歩いていて体力には自信があったのだが、
男女では骨格や内臓が違うので、慣れていない女子の身体ではうまく歩けないのか?
それとも俺が歩きにくい踵の高いミュールを履いているからなのだろうか?
逆にモリ君もエリちゃんも足取りも軽く、最初から全くペースが落ちていない。
むしろ、若干遅れ気味の俺に合わせて歩くペースを落としてくれているようにも感じる。
何にせよ、現状だと二人の足手まといになっている現実が辛い。
本来なら年長者の俺が高校生の二人を引っ張らないといけないというのに。
「それにしても誰もいませんね」
「誰かいた痕跡は有るんだけどな」
俺は壁に付いた何かが当たったような傷跡を指差す。
「床もそうだけど、あちこちに何かがぶつかって傷が付いた痕跡は残ってる。傷跡の色が違うから、これは割と最近付いたものだと思う」
「でも今は何もないですよね」
「誰かが片付けたとしたら?」
「そんなの誰が?」
予想の段階なので口には出来ない。
俺達がデスゲーム的なものに巻き込まれていると仮定しよう。
その場合、もしこの通路で何かしらの戦闘が繰り広げられて「何か」が破壊されて残骸のようなものが残ったとする。
その場合、運営側としては次のゲームに備えてある程度の清掃は行うのではないだろうか?
更に小一時間ほど歩くと、視界の先に階段が姿を現した。
階段の向こう側には青空が広がっている。どうやら出口のようだ。
まるで地下鉄の出入り口のように、通路の奥からひんやりと冷たい風が強く吹きつけてきたのでローブの胸元を閉じる。
「なんか寒くない?」
「エリちゃんもそう思う?」
温度計があるわけではないので体感でしかないが、まるで冷房の効きすぎた部屋に入ったような肌感覚がある。
俺とエリちゃんは寒さに耐え切れずにガタガタと震え始める。
そんな中でモリ君だけは平然としていた。
「俺は平気ですけど」
「モリ君はそのポンチョみたいなのを着てるからだろ」
「そうですね。これのおかげで助かっています」
そういえば、俺がこの世界に呼ばれたのはハロウィンなので10月31日である。
最近は冬まで猛暑が続くことが多いとはいえ、そろそろ冬物を用意する時期だ。
何か防寒対策を考えた方が良いだろう。
「それでは、まず俺が先に出ます。エリスは僕の後ろに。ラビさんは何かあれば後ろから援護お願いします」
モリ君が曲がった槍を掴んで階段から飛び出した。
続いてエリちゃん、俺の順に階段を出る。
そこは壮大な景色が広がる山の頂上だった。
眼前には、鋭くそびえる山々が無言の威厳を放ち、遥か彼方まで続いていた。どれだけ歩けばこの山岳地帯を抜けられるのか見通すことが出来ない。
山頂部はわずかに冠雪して、それが陽の光を受けてキラキラと輝いている。
ここも相当標高が高いのだろう。
あまり高い木は生えておらず、周囲に生えている草や木も高山植物のような背の低い植物ばかりだ。
ローブの隙間から冷気が流れ込んできて、ぞくりと震える。
ローブの下はブラウスとハーフパンツを着ているので、直接冷気が当たることはないはずなのだが、下腹のあたりが今まで感じたことがないくらいに冷たくなっているのを感じる。
「腹でも壊したかな。なんか痛みまで出てきた気がする」
ヘソのあたりに手を当てていると、手の熱で少し温まったのか、楽になってきた。
胸の先のデリケートな突起部分が寒さのせいで屹立されているのは、多分気にし出すととんでもないことになりそうなので、あえて無視する。
二人には気付かれないようポーカーフェイスを貫いてはいるが……いかん死にたくなってきた。
だが、こんな状況でも俺はまだマシなようだ。
薄手のスポーツウェアのような服に薄手のパーカーという完全に夏の様相であるエリちゃんは顔を青くして先程から震えっぱなしである。
服が薄着すぎて、寒さに耐えられないだろう。
身体を動かせば少しは暖まるだろうが、何もせずにじっと立っているのは辛そうだ。
そんな中、モリ君が急に自分が着ていたポンチョを脱ぎ始めた。
綺麗に畳んでエリちゃんに歩み近付こうとしている。
もしや、これは寒がっているエリちゃんを見てポンチョをかけようとしているのだろうか?
もしそうならば偉いぞ男の子。とてもぼくにはできない。
だが、数歩近付いた後で、手に持ったままのポンチョとエリちゃんを交互に何回か見た後に、一度畳んだポンチョを広げて再び着なおした。エリちゃんは相変わらず寒さに震えている。
そこでヘタレるなよ少年君よ。
まずは状況を観察する。
山の頂上に電波塔や送電鉄塔がないか探してみたが、目視出来る範囲内には確認できなかった。
もしここが日本のどこかならば、どんなド田舎でも山の頂上付近にはそれらの人工物が建っているはずである。
それないということは、ここは少なくとも日本ではないことだけは分かる。
「私の親戚の家が四国にあるんだけど、ちょうどこんな感じの景色だよ」
俺が日本ではないと心の中で結論付けたのを謎の方法で聞いたのか、エリちゃんが突然この絶景を四国の山奥に喩え始めた。
いや、いくら四国の山の中でも電柱くらいは建っているだろう。
「四国じゃなくマチュピチュだろ」
モリ君の意見に俺も賛成だ。
目の前の景色は本などで読んだマチュピチュに酷似していると感じた。
「あんた四国も知らないの?」
「四国くらい知ってるよ!小学校の頃に香川でうどんを食べたことだってある」
「うどんは日常の一部なのに、わざわざ強調するあたり素人感すごいよね」
「いや、俺だってうどんはよく食べるよ。替え玉だって注文する」
エリちゃんがモリ君に四国の話題で突っかかったせいで、どんどんと話題がマチュピチュからうどんの方向に流れていく。
しかし、モリ君は結構冷静なキャラだと思っていたが、このようにエリちゃんと夫婦漫才をやっている時は素の高校生らしさが出てくるので、そういうところは年相応で安心する。
いや、今はうどんの話は別にいい。
「二人とも落ち着け。今は四国とかマチュピチュとか、うどんとかどうでもいいだろ」
「うどんはどうでもいい話じゃない!」
「そうよ、うどんは大事でしょ」
二人にもの凄い剣幕で叱責された。
何なの?そのうどんへのこだわりは何なの?
二人ともうどん県民なの?
「うどんは飲み物」「うどんは人生」「今日は三杯しか食べなかった」とか言っちゃうタイプなの?
いや、うどんの話は本当に置いておこう。
俺がそう考えている間に、二人のうどん論議は付け合わせには、かき揚げか? 天ぷらか?というどうでもいい話に移行していた。
いや、どうでもいいなどと言えば、また怒られてしまう。
確かに気温が低くて身体も冷え切っているので、暖かいうどんを食べて温まりたいという気持ちもわかるが、今やるべきことはうどんの話ではない。
「うどんは兎も角として、この石畳の先を見てくれないかな」
俺は小屋から延びた石畳を指さすと、二人の視線は石畳が敷かれた道の先を追っていく。
土砂崩れを防ぐためか、石を積み上げて作られた石垣の上に畑か棚田の跡であろう平らに整地された土地があちこちに広がっている。
視界にあるのはその平地だけではない。
天然の岩を削ったり煉瓦を積み上げて作られたであろう、壁と建物が数え切れないほど建ち並ぶ巨大な都市の廃墟が広がっていた。
「確かに見た目は確かにマチュピチュみたいな南米の遺跡に近いけど、マチュピチュは山の上の方にちょっと残っているだけだから、規模が全然違う。麓のクスコという遺跡の町も合体させたくらいの規模がある」
「ラビさん詳しいんですね」
「旅行が好きでガイドブックだけは色々読んでいたからね。まあ大学生のバイトの貯金だけじゃ全然海外旅行の資金を貯められなくて、国内の貧乏旅行しかしたことないんだけど」
巨大な遺跡は麓の方まで続いていた。
遺跡は曲がりくねっており、角度の関係で麓には何があるのかまでは分からないが、裾野にはかなり大きな森が広がっているようではある。
モリ君とエリちゃんが運営から聞いた「ゴール」とはこの空中都市を抜けた先に有るのではないだろうか。
「山の下まではかなりの距離がありますね」
「愚痴っても仕方ない。先に進もう。隊列は俺が先頭でエリスが中衛。ラビさんが後衛のままで良いですよね」
特に異論はないので頷く。
石畳に沿って遺跡を進もうと歩みを進めたところで、エリちゃんが急に立ち止まり遠くの山を指差した。
「あの山から、鳥みたいなのが物凄い勢いでこっちに向かって飛んでくるんですけど」
モリ君と俺はエリちゃんが指さす方向を見るが、「鳥みたいなもの」とやらは何も見えない。
「ごめん、あれ鳥じゃない! トカゲに羽が生えたみたいに見える。恐竜?」
エリちゃんが身構えるが、俺達にはまだ何も視認できない。
「二人とも何やってんの?」
「そうは言っても……」
目を凝らすが何も見えない。
俺は帽子のつばを盛り上げて眉のあたりに手を当てて睨みつけるように山の果てを見ると、はるか彼方に黒い点らしきものが見えた。だが、その黒い点が何なのかは視認できない。
「俺にも見えた。あれはワイバーンだ!」
モリ君が突然叫んだ。
「ワイバーンって何?」
「羽付きトカゲ!」
「それってドラゴンと何が違うの?」
「手が生えていて火を吐くのがドラゴン。そうじゃないのがワイバーン。いやゲームによってはワイバーンも口から火を吐くのか」
モリ君、解説ありがとう。
だが俺には、近付いてくる「何か」は未だに単なる黒い点としか認識出来ていない。
これは魔法使い職と戦士職の違いなのだろうか。
ラヴィの身体に変えられるまでは、視力はそれほど悪くはなかったはずだが。
「ラビさんの魔法で撃墜出来ないですか? 完全にこっちを襲ってくる感じですよ」
「そうは言われても俺にはまだ黒い点にしか見えないんだけど」
そもそも、俺の使用できるスキルはどのような効果があるのか? どれくらいの射程距離があるのかすら分かっていなのだ。
現状把握できているスキルは一分半の感覚でクッキー一枚を出せるということだけだ。
1番目と3番目のスキルについては全く何もわかっていない。
ただ、スキルの試し撃ちにはちょうど良い機会でもある。
クッキーを出すのと同じ要領で発動を念じれば、何らかのスキルが発動されるはずだ。
「まずやってみる。見ていてくれよ、俺の能力を」
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