第28話 白雲こはるの秘密

 今晩、こはる殿はリリカ殿の家に泊まる。

 ピユシラ殿の暴露のあと、具合が悪くなって、看病のために家へ招いたのだ。


「はい、こはるちゃん。お茶」


 ソファに座るこはる殿が、リリカ殿から温かい緑茶をもらう。

 まるでこはる殿ではないかのような、暗く、沈んだ表情。

 見ているだけで苦しくなる。


「ありがとうございます」


 こはる殿の白く長い髪が、夕日に照らされる。

 心なしか、傷んでいるような気がする。


「今夜はゆっくりしてや。あと、私らはあのピユシラっちゅーのが言ったこと、気にはなっとるけど無理して聞かんから、安心してや。な、サユキ」


 はい、と頷く。

 ピユシラ殿の発言、さっきからずっと頭の中でぐるぐるしている。


 お前ほどの強力なモンスターが、か弱い人間に。


 いまのこはる殿の状態から察するに、おそらく事実。

 つまりこはる殿は、モンスター。


 でも、だけど。

 謎が次々と浮かんでくる。


「サユキ、悪いんやけどお風呂沸かしてきてくれへん?」


「わかったでござる」


 拙者が立ち上がったとき、こはる殿が口を開いた。


「話します」


「ええの? 無理せんでええよ」


「話させてください。おふたりは大事な人ですから」


 こはる殿が語りだす。


「私、実は知っていたんです。感じてました、サユキさんの体内に、ジェノサイドドラゴンがいることを」


 ダンジョンが現れた当時、ダンジョンの外に干渉できるモンスターが存在した。

 拙者の父と母が封印したジェノサイドドラゴンもその一体だ。


「私も、かつてはジェノサイドドラゴンほどではないにせよ、かなりの力を持っていました。けれど……」


 モンスターはダンジョンにいるもの。

 そのしがらみに嫌気が差したこはる殿は、自らの強大な力を代償に、人間の肉体を得たらしい。


 人間になって、こはる殿はこの世界を楽しんだ。

 ダンジョンにはない自然、小動物、騒がしい街、いろんな人々。


「とくに川が、好きなんです。遠い山から、遠い海に向かって流れる川が」


 もちろん家はない。

 だから夜になれば、故郷のダンジョンに戻る。

 モンスターたちの様子を見て、粗暴で乱暴な配信者が来るようなら懲らしめる。


「騙していてごめんなさい」


「騙してなんていないでござるよ。黙っていただけで。むしろ納得したでござる。この拙者より体力があった謎が解けたでござる」


「気味悪くないんですか?」


「ぜんぜん。こはる殿はこはる殿でござる。拙者の弟子。優しい天使。白雲こはるでござる」


 リリカ殿も、こはる殿をぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。

 これからも仲良くしよう。そんな思いを込めた抱擁だった。


「あっ、リリカ殿マズイでござる。あの配信で、ピユシラ殿の発言が拡散されたんではござらぬか?」


「平気や。その前にこはるちゃんが『言わないで』ゆーたやろ? なんかヤバい気配を察してミュートにしたから」


「みゅーと?」


「音声だけ消した」


「おぉ!! さすがはリリカ殿でござる!!」


 これにて安心。

 こはる殿とは、これまで通りにダンジョンを攻略していこう。


 そういえば、モンスターの言葉がわかるような発言していたのも、こはる殿がモンスターだったからなのか。


「こはるちゃんどうする? 家がないなら私の家で暮らしてええよ?」


「いえ、やっぱり生まれた場所が私の家ですから」


「そか。話してくれたついでに聞いちゃうんやが、ピユシラってなにもんや? お友達? あいつもモンスターなん?」


「彼女は人間です。ただ、この世界の人間ではありません」


「どういうことや?」


「ダンジョンが元々存在した世界の住人です。ダンジョンとはそもそも、彼女のような騎士や勇者を育てるための修練場なのです。ですから高レベルモンスター以外は基本優しいんですよ。人間を食べようとしないし、明確な殺意を持って襲いかかることもない。戦いを挑むの理由は、イタズラとか、目障りだからとかです。『本来の』モンスターよりだいぶおとなしい」


「別の世界……」


「なぜダンジョンだけがこの世界に来たのか、私にもわかりません。ダンジョンを作り、支配する女神様に聞かない限りは」


 女神。

 たしか凶悪モンスターを7体倒すと出てくるとかいう。

 じゃあ、女神が願いを叶えてくれるというのは都市伝説ではなかったのか。


「ふーん、なるほどねえ。喋り疲れたやろ? 晩ごはん用意しとくから、お風呂入ってきな」


「はい。あの……。もっと重大な秘密が、ひとつ」


「んー?」


 こはる殿の頬が、赤くなった。


「お風呂、入ったことないんです」


「んな気にせんでええよ。サユキもそうやったから」


「へ? そうなんですか?」


 お恥ずかしい。

 拙者、川で水浴びしかしてこなかったでござる。

 もちろん、米の研ぎ汁で髪と体は洗っていたけど。


「そうでござる!! 3人でお風呂に入るでござるよ!!」


「狭いやろがい」


 ふふふ、とこはる殿が笑う。

 やっぱり、こはる殿は笑顔が似合う。

 可愛い可愛い、拙者の自慢の弟子だ。


 これまでも、これからも!!


「そや。こはるちゃん、お風呂入ったことないなら私と入ろか。シャンプーしたるで」


「拙者も入りたいでござるって!!」


「だから狭いやろがい」


「うぅ、仲間はずれでござる〜!!」





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※あとがき


こはるちゃんは人間が落としたスマホを拾って、リリカの配信を見たりしていました。

ちなみに、お風呂に入ったことがないだけで、ダンジョン内の水場で体は洗っていました。

あと、こはるちゃんはお風呂に入らなくても桃の香りがしますッッ!!


サユキは汗臭いです。


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