第21話 サユキの秘密・後編

 な、なななな、なんと、リリカ殿の家に、先生が来てしまった!!

 まさか、拙者を連れ戻すつもりなのだろうか。


「せ、先生、なぜ……」


「ワシの情報網を持ってすれば、お主がどこに住んでおるかすぐわかるわい。一日か二日で帰るかと思えば……」


「むむむ……」


 リリカ殿が顔を出した。


「ほわ〜、噂をすればなんとやらやな。まま、上がってくださいよ。お茶出します」


「かたじけない。お主が八神リリカ殿ですな。サユキがお世話になっております」


 先生が草履を脱いだ。

 スリッパを借り、ダイニングへ案内される。

 う、うぅ、本当に先生がリリカ殿の家に……。


 逃げるか。


「サユキ」


 テーブルについた先生が拙者を呼ぶ。


「は、はい!!」


「お主もはやく座りなさい」


「は、はい……」


 まるで手綱を引っ張られたように、拙者は先生の前に座った。

 その横に、リリカ殿が腰掛ける。


「で、なぜここに……」


「帰るぞ、サユキ」


「うぐ、やはり……」


「お主のネットでの活動は認知しておる。忍者のくせに顔をだして秘密や忍法を晒しおってまったく」


「でも!! おかげでひとり弟子を見つけたでござる!! 白雲こはる殿といって……」


「知っておる。じゃがな、前も忠告したはずじゃ、忍とはなりたくてなるものではないと」


「……」


「さあ、帰るぞサユキ」


「せんせ〜」


 このままでは本当に連れ返されてしまいそうだ。

 とはいえ、先生を説得する材料は……。

 な、ない!!


 拙者に代わって、リリカ殿が反論してくれた。


「そんなあかんのですか? 先生さん。忍界は衰退しとるんでしょ? 人が増えたほうがええんとちゃう?」


「それが時代の選択なら、従うまでじゃ。忍の時代は終わった。ワシとしては、無理に時代にしがみつくほうがみっともない」


「人を増やす気がないのなら、先生さんが最後の忍でもよかったやん」


「どういう意味じゃ」


「なんで、よりにもよってサユキを忍者として育てたん? 普通せえへんよ、任務で死んだ忍者の子供を、同じように忍者にするなんて。忍者が絶滅してほしくないから育てたんやないの?」


「……」


「面倒を見るだけなら、忍にする必要もあらへんし」


 たしかに。

 リリカ殿、確信を突いたでござる。

 拙者は、物心がつく前から忍者として育てられてきた。


 先生の手によって。

 それはすなわち、忍の歴史を先生で終わらせたくなかったということ。

 忍を増やしたかったはずなのだ。


 もはや若い忍は拙者しかいない。

 ならば、宣伝をして増やすしかない。

 先生だって理解してくれるはず。


「少し、嘘をついた」


「ん?」


「忍を宣伝するのも、それによって忍が増えるのも、本当は反対ではない。長い忍の歴史で、同じような危機に同じように対処した過去があるからの。まあ、ワシは乗り気ではないがな。……それに肝心な、決して漏れてはならぬ秘密は、サユキからでは絶対に漏れぬし」


「じゃあ……」


「ワシはただ……ダンジョンにだけは関わってほしくないのじゃ。サユキには」


 先生がお茶で喉を潤した。

 どうして拙者はダンジョンに関わってはいけないのか。

 先生は、なにを知っているのだろう。


「ダンジョンとは無縁の子でいてほしかったのじゃ。そのためには、忍として山奥でひっそりと暮らさせるしかなかった。ダンジョンに興味が沸かないくらい、忍の修行に集中させる必要があったのじゃ。……新時代の忍がほしい、というのも、ちょっぴりあったがの」


「話が見えてこないでござる」


「はぁ、しょうがない。話そう、サユキ、お主の秘密を」


「拙者の秘密?」


「事の始まりは15年前。突如世界中にダンジョンが現れた頃」


 先生が語りだす。

 拙者の秘密。拙者の親の秘密。

 ダンジョンに隠された、闇。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 15年前、ダンジョンにワープできる神殿が各地に出現したとき、当然世界中にパニックが起こった。

 情報規制に法整備、治安対策等々。

 その中で最も手を焼いたのが、モンスターだった。


 モンスターはダンジョンから出られない。

 モンスターは人を食べない。

 モンスターはよほどレベルが高くない限り、人を攻撃しても殺せるほどのパワーはない。


 が、それはあくまで『現在』の話し。

 当初のダンジョンは、ダンジョンの外にまで悪影響を与えるモンスターが存在した。


 数は少なくても、確かにいた。


 日本にも、一匹。


「ジェノサイドドラゴン……聞いたこともなかろう。かつて神奈川県に存在したダンジョン『スサノオ』に出没した巨大なドラゴンじゃ。やつの放つ特殊な魔力は、ダンジョンを超えて外にまで漏れていた。その魔力はあらゆる生命に悪影響を与え、やがて死に至らしめた。その散布範囲は、徐々に広まっていくばかりじゃった」


 国は策を練った。

 スサノオと繋がる神殿をぶっ壊すしかない。

 しかし、近づこうにもジェノサイドドラゴンの魔力のせいで近づけない。ならば先に倒さなくてはならない。


 軍隊は動かせない。

 この事態が公になれば、社会はパニックを起こすから。


 国が見据えている、ダンジョンを利用したコンテンツ産業が潰れてしまう。


「じゃから、影の者であるワシらに白羽の矢が立った。そして、ジェノサイドドラゴン討伐の任務に当たったのが、お主の父と母なのじゃ」


「お父さんと、お母さん? じゃあ、まさか!!」


「モンスターは倒しても、ダンジョンの瘴気で復活してしまう。じゃから2人はドラゴンの封印を選んだ。かつて日本に妖怪がいたころに使われた、古い忍術でな。お主の父ハンスケは封印の最中、亡くなった」


「だ、だからお父さんは……。ふ、封印は、成功したのでござるか?」


「した。お主の母、ミユキの体内に」


「なぬ!?」


「その後、ミユキは身ごもっていたサユキを産み、ドラゴンの魔力の影響によって亡くなった」


 そうやって、お母さんも死んでしまったんだ。

 ドラゴンは消えて、神殿も壊された。

 ジェノサイドドラゴンを産んだスサノオは、完全に闇へと葬られたのだ。


「そうでござったか……お父さんとお母さんは、この国を守るために……」


 自然と、涙が溢れてくる。

 なんと忍らしい生き様だろうか。

 誰にも知らせず、大勢の人間を守るとは。


 まさにヒーロー。


 ねえ、とリリカ殿が口を開いた。


「もしかして、サユキの魔法スキルレベル999は……」


「おそらく、いや確実に、ジェノサイドドラゴンのせいじゃろう。封印の器が、ミユキからサユキに移ったのじゃ」


「マジか……。なんか、納得。話を聞いとる限りやと、ジェノサイドドラゴンはどんなダンジョンボスより遥かに強かったんやろうし」


「じゃからダンジョンに関わってほしくないのじゃ。もしかしたら、サユキのなかにいるドラゴンが目覚めてしまうんじゃないかと、不安で不安で……」


 そうだったんだ。

 だから反対していたんだ。


 先生、やっぱり先生は素晴らしい忍者だ。

 拙者よりも正しい。


「大丈夫でござる!!」


「なにがじゃ」


「そんな予感まったくないから、大丈夫でござるよ!!」


「……いや、じゃから」


「安心するでござるよ。これからもバンバン忍者をアピールして、忍界を盛り上げるでござる!!」


「……」


「両親の話を聞いて、改めて忍者の素晴らしさを思い知ったでござる。この感動、みんなに広めたいでござる!!」


「まったく」


 拙者の意志は変わらない。

 ジェノサイドドラゴンのことはよくわからないけれど、リリカ殿もいるし、問題ないはず。

 たぶん!!


「ははは、先生さん。こうなったらサユキは聞く耳持たんよ」


「わかっておる。仮に無理やり連れ帰っても、また山から降りてしまうじゃろう。……はぁ、しょうがない。リリカ殿、悪いがこれからもサユキを頼みますぞ」


「え? あ〜、まあ」


「ワシもちょいちょい顔をだす」


 お、もしや許された流れ?

 許されたというか、呆れられたのかも?


「サユキ」


「はい!!」


「無茶はするんじゃないぞ。異変を感じたら必ず、絶対、何がなんでも、すぐにワシに知らせるんじゃぞ。お主の両親の死を、無駄にせんためにも」


「はいでござる!!」


 よーし、これからもダンジョン配信、頑張るぞーっ!!







 と、ひとりで意気込んでいると、リリカ殿が先生に訪ねた。


「国のお偉いさんと繋がっとるんなら、先生は知らんの? なんでダンジョンが現れたのか」


「知らぬ。おそらくどの国も調査は続けているじゃろうが、真相に辿り着いてはいないじゃろう」


「ふーん」


「謎ばかりじゃ。とにかく、ダンジョン内の物質は外には持ち運べん。つまり科学の発展や、戦争に利用できん。ならせめて、アトラクション施設として金儲けに使うしかない。しょせんはまだ、その程度の認識のはずじゃ」


「ダンジョン配信が流行って、いろんな企業な儲かってるらしいからねえ」


 拙者の謎は明かされた。

 しかしまだまだ、謎は多い。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


サユキはパンツ履いてません。

先生もパンツ履いてません。


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