8th sg 将来はトップ俳優かな
「行くわよ颯太! 沖縄へ」
聞き間違いだろうか。「沖縄」という単語が聞こえたような気がした。
まさか、日本の一番端っこまで行くわけがない。ましてや明日も学校がある。
「沙那さん? もう一度ゆっくり行ってもらえませんか、ちょっと聞き取れなかったです」
「え? 仕方ないわね。お・き・な・わへ行くって言ったの」
聞き間違いではなかった。流石に2度目は僕でも理解できてしまった。
うちの高校では僕は割と勉強はできる方だとばかり思っていたがこればっかりは思考が停止してしまう。
考えている間に沙那は僕の手首をつかんで保安検査場へと向かっていく。
「あの、沙那さ――」
「「あのっ!!」」
沙那に話しかけようとしたところで、二人組の女性が僕らの前に立ちはだかって僕の声に割って話しかけてきた。
「温泉川沙那ちゃん、ですよね?」
正直、想定していないわけではなかった。
空港に入った時点で沙那に視線が集まっているのは僕でも分かったし、本人も気づいていたのだろう。
誰も話しかけていなかった中で一言切り込んできた二人なわけだが、ここをどう切り抜けるのか。
一応当事者であるはずの俺も二人組の女性と同じ側で見てしまう。
「もしかして、隣のお兄さんってこの前の……」
「………えっと、多分人違いですよ。ねっ? おにいちゃん?」
そう言って沙那は俺と腕を絡ませて上目遣いで見てくる。サングラスをしているものの眼力は鋭く、「合わせろ」という強い意志がヒリヒリと僕の皮膚を通り抜けていった。
本当に驚いた。
まさかここまでの演技力の持ち主だったとは……
ドラマで見ていても沙那の演技は素晴らしいものであった。
だがこれを実際に目の前で肌で感じると恐ろしさまで感じる。
声色は完全に沙那とは別人だったし、沙那のことについては比較的他人よりは知っているはずの僕でも一瞬戸惑ってた。
「あっ……ああ、そうだ。こいつは俺の妹なんだ。身長も沙那ちゃんと一緒だし年も近いから尊敬して、真似たりしてるんだ、ごめんね」
「……そうだったんですね! 私たちの方こそごめんなさい! 妹さんめちゃかわなので大切にしてあげてくださいね!」
「あぁ、そうするよ」
それじゃあ、と言って僕たちは足早に向かい保安検査を抜け、一息ついた。
「それにしても、流石沙那さん。演技うますぎますって。僕演技なんてしたことないんですから、バレるかと思いましたよ」
今でも冷や汗が止まらない。
我ながらいい演技は出来たのではないかと思ってしまったがそれを言ったら沙那さんが少し引いていたので、これ以上言うのはやめた。
その後、沙那さんにはバレないように心のなかで将来はトップ俳優かななんてこっそり言っていたのは言うまでもない。
「まあ、私だもの。才能は昔から色々ある方なのよ」
そんなセリフ言ってみたいと思ったのも束の間、浮かない表情になった沙那に僕は何かを感じていた。
それは単なる疲れなんかじゃなくて、芸能に対する憂いとか、アイドルとして、センターとひての重圧とか色々なものを全て丸めたようなものだったかもしれない。
「沖縄に行くのには、何か理由があるんですよね。それなら、僕に手伝えるのならどこまでもついていきますよ。最推しですから」
「……! ありがとう、心強いわ」
目をハッと見開いて、僕を見つめる。
今日初めて沙那の笑顔を見た気がする。
緊張がほどけたような、沙那の気持ちの緩みを僕は感じた。
流石に無断欠席はよろしくないと思い、学校に連絡すると、筧先生が出た。
「かくかくしかじかということなので、明日は欠席させていただきますね」
気がつけば搭乗案内は終わり沙那と話している間に僕は飛行機の座席に座っていた。
ファーストクラスなんて初めて座った。
これがトップアイドル且つ国民的女優の力か……
「沙那さん、なんで沖縄なんですか? 話せるところまででいいから理由が知りたいです」
「そうね、私の故郷よ」
「えっ?!」
初めて知った。まさか沙那が沖縄出身だったとは……
俺もまだ知らないことだらk……
「まあ嘘だけどね」
嘘かい
本当かと思ったわ。
まあでも、こういう冗談を言えるくらいの信頼はあるんだと思うと少し嬉しく思う。
「沖縄に着いたら教えるわ。私寝るから。颯太も寝ておいたほうがいいわよ、それじゃ」
それだけ言うと、沙那はアイマスクをして、「おやすみ」とだけ言って仕切りを閉めて眠りについた。
半ば強制的に沖縄へと送られているわけだが、行くのは初めてだから正直少し楽しみ。
何を食べようかなど想像を膨らませる。
ただ、沖縄に行くとは聞いていなかったから、クルーネックニットに黒のスラックスはちょっと暑いかと思ってしまった。
フライト時間はおよそ3時間
窓から見える、遥か彼方まで続く雲が夕日に照らされて美しく輝いている。
寝ている沙那を横目に、本を読んで時が過ぎるのを待っていた。
海外には残念ながら行ったことがないので、ここまで長時間のフライトは初めてだ。
沙那はツアーなどで沖縄へも行ったことがあるから慣れているのかもしれない。
どのくらい時間が経っただろう。
気づけば本は綺麗に閉じられていて、毛布までかけられている。
寝落ちしてしまったのか。
起きていたときには閉まっていたはずの座席を隔てる仕切りは開いており、隣にはアイマスクをして寝ている沙那がいた。
気づかれないようにしたかったのだろうか。
甘いな沙那よ、仕切りを閉め忘れているぞ。
恥ずかしがり屋の一面もある沙那としては、バレるのは少々気恥ずかしいのだろう。
「こういう些細なところから優しいんだよな、沙那は」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ん。結構寝ちゃったわね」
正直私は単純だと思う。
ほんのちょっと慰めてもらっただけの彼を好きと言われれば好きだし、好きではないと言われればそうでもある。
恋愛的にどうと言われても否定することができない。
私のせいで週刊誌に載って、マネージャーにもキツく注意されて……彼は何も悪くない。
勢いで引退発表をしたところはある。
彼には悪いことをしたと思う、彼に会えなくなることは私も悲しい。
せっかく交友関係を持てたし、最近の私の心の支えにも多少なっていた気がした。
もう今は何も考えず、ただ沖縄に行きたい。
あの地をもう一度見れば何かあるかもしれない。
沖縄を選んだのにもそこに理由がある。
それは着いてから話すことにする。
芸能界への未練だって山ほどある。
きっと彼なら私を導いてくれるって、そう思うから、私は彼と沖縄へ行く。
「あら、寝てるじゃない」
そこにはおそらく寝落ちをしてのであろう彼が、眠っていた。
隣で眠る彼を起こさぬよう、私は静かにCAを呼ぶ。
「すみません、ブランケットをもらってもいいですか?」
「わかりました、少々お待ち下さい」
数分が経つと、ブランケットを持ったCAさんがやってきた。
1枚だけ持ってくるものだと思ったが、私が横にいる彼を気にしていたせいか、2枚持ってきてくれた。
横で寝ている彼の寝顔をかわいいだなんて思ってしまう私は本当に狡い。
楽になりたい……けど今のこの関係が1番楽なのかもしれないと思っている自分がブレーキをかけて私の一歩を邪魔している。
◇◆◇◆◇◆◇◆
二度寝をしてまた起きたとき、僕らは沖縄へと足を踏み出した。
着いたのか、本当に。
「沙那さん。沖縄ですよ、沖縄」
「そうね。思ったよりは涼しかったわ」
「とりあえず沙那さん、さっそくですけど沖縄へ連れてきた理由、教えてくれませんか?」
「……わかったわ。じゃあついてきてくれるかしら?」
少しの沈黙のあと、悩んだ末に決心した顔で沙那は言った。
この日から僕は、少しずつ志を持ち始めたのかもしれない。
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