7th sg 「行くわよ颯太!」

「筧先生、挫折から這い上がるにはどうすればいいでしょうか」


「あら、星衛君がそんなこと言うなんて珍しいわね。まあ大体は私も分かるけど……なんで私に?」


「なんとなく、先生はそういう経験が多そうとういうか……」


「失礼ね、確かに合コンに行っても私の友達の方がモテるし、気になる人とデートに行っても失敗はするし、何度も挫折したけど⁉ だからってちょっと失礼じゃないかしら?」


 そこまで深く言ってほしいなんて一言とも言わなかったのにな……

 その話を半ば呆れながら聞いていた。


 しばらく沈黙が続いて、先生は口を開いた。

「温泉川さんのことでしょう? あなた彼女のこと好きだものね」

「好きなんじゃなくて、推しですよ」


「あらそう?」と先生はニヤけて言った。


「懐かしいわね。私も学生の頃、好きだったアーティストが嫌いだった女優と結婚したんだもの、憤慨した記憶があるわ」

 先生は笑って言った。


「……彼女のマネージャーに、『極力合わないように』と忠告を受けました。彼女がこれからも不自由なく暮らすためなら僕は彼女の迷惑にはなれないし、受け入れるつもりです。けど、どうしても諦めたくない、せっかく仲良くなれたんだからもっと時間を共有したい。そう思ってしまいました。……本当に情けないです」


「本当にそう思うの?」


「……え?」


「本当にあなたは情けないと思うの? 星衛君は『love』じゃなくて『like』と言いたいのかしら、でもそれも一種の『好き』よね? 私は、推しと仲良くなれて一緒に過ごせる時間が増えて、これからも会いたいと思うのは普通のことだと思うけど?」


 実際、あの日沙那と僕が一緒にいたせいで写真を撮られたわけだし、僕がいなければこんなことにはならなかった。

 考えれば考えるほど、どんな思考よりも先に後悔が胸の中から突き出してくる。


「担任の私が生徒のあなたの悩みをあまり解決できなくて申し訳ないけど、私から言えることは最近のあなたは輝いていて、楽しそうだったわ。きっとまだ何かできることはあるはずよ。とにかく焦りは禁物、これは覚えておくのよ」


「ごめんなさい先生、こんな話聞いてくれて。ありがとうございました」


 その日の夕方、家に帰ると封筒が一つポストに投函されていた。

 宛先不明、無地の封筒で透かすと中には紙がおそらく一枚。


 僕は恐る恐るそれを開く。

 内容はいたってシンプル

【これを見たら今すぐ空港に来ること。遅刻は許さない】

 というもの


 うーん…………怖い

 とにかく怖い


「行きたくねー…………けど行かなかったときどうなるのかも怖いんだよな……」


 こんな時、僕は必ずする行動が一つある。

 ①警察に通報する

 ②捨てて放置

 ③頼れる荘真や優希に相談する


 答えは③の荘真や優希に相談する、だ。

 何かあったときは荘真に電話することがほとんど。


「……なぁ荘真、宛先不明の手紙の中に早朝に空港に来いって書いてあったらどうする?」


「なんだそれ、怖すぎだろ。あ~、そうだな俺なら多分行くな。行って本人に宛先書けよってガツンと言っちゃう気がする」


「なんだそれ。けど荘真らしいかもな。てか多分僕もそうするわ」


 会話はそれだけで終わった。


 ますます怖くなってきた。空港に行ったらそれはもう飛行機に乗る以外ないだろうけど……とりあえず行くか。


 適当に支度をして、空港へ向かう電車に乗った。

 電車内は妙にそわそわして落ち着かない。

 おそらく沙那だろうが、空港で何があるのかが怖いし、さっきから視線を感じるのはきっと週刊誌のせいだろう。


「あのひと確か温泉川沙那ちゃんの……」

 なんて小声で言っているのも全部聞こえる。

 日本はマナーが良いからな。電車は静かだし小声でも全部筒抜け。


 俺は聞こえないふりをしながら黄金色に染まる空を眺めていた。


 空港へ着いたとき、まるで僕を見ていたかのようにスマホにメッセージが届いた。

『第二ターミナル2階、真ん中の時計台で待ってる』


 てか、宛先不明なんだからそれ突き通した方が良かったんじゃないか……?

 なんて、思ったけれど言ったら怒られそうだから内心にとどめておこう。


「空港はいつも人が多いな」


 指定された場所へ向かうと、探すまでもなかった。

 マスクに帽子にサングラス、変装としては定番だし案外誰も気づかないものだけどオーラがあまりにも出てしまっていて、僕に限らず周囲の人も気付いている様子で、ひそひそと話していた。


 ここで俺が話しかけると週刊誌が出てるのに、さらに燃えかねない………けど、仕方ないか。


「……こんなところに呼び出して、何の用ですか? まさか飛行機に乗るなんて言いませんよね」


「あら、30秒遅刻とか言ってあげようかと思ったのに。残念、時間ピッタリね」

「僕、そういうのはしっかりしてる方なので」

「そうみたいね」

「ていうか、沙那さん。冗談ジョークとか言うタイプでしたっけ?」

「いえ、なんとなくそういう気分なだけ。それより、はいこれ」


 そう言ってスマホに送られてきたのは飛行機の電子チケット

 恐れていたことがまさか本当に起きるとは思いもしなかった……


「行くわよ颯太! 沖縄へ!」




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