6th sg ごめんねとか好きとか

 木曜日の朝、いつも通りの登校をしている僕だったが周囲の視線はいつもより僕に向けられていて何よりも鋭かった。


 教室に入っても数人の男子と女子が僕の方を見て(というよりは睨んで)何か話していた。


「なんだこれ?」とは思いつつも僕には何かした自覚はなかった。


 一番窓側の自分の席に座ると荘真が心配するような表情で僕の方へ近づいてきた。


「おはよう、荘真。どうしたそんな顔して」


 僕がそう声をかけると、荘真は一息ついて小さな声で言った。


「颯太……今朝のニュース見たか?」


「ニュース? いや、見てないけど」


 荘真はポケットからスマホを取り出し、あるネットニュースのページを開いて僕の顔の前に置いて見せた。

 そこには「元大人気アイドル・温泉川沙那、雨の日に親密デート!? 相手は同じ高校の男性か!?」という見出しとともに、沙那と颯太が一緒に歩き、同じような画角で手を繋いでいるような写真が大きく掲載されていた。


「これ……沙那さんと僕だよな」


 驚きと同時に、僕の心は凍り付いた。不安と焦りと「完璧な温泉川沙那」の名を汚してしまったことの自分への抑えきれない憤りに打ちのめされた。


 チャイムが鳴り、ホームルームが終わって放課後になると隣の教室から優希が来た。


「颯太! 大変なことになってるよ!? 大丈夫? ていうか沙那ちゃんと知り合いだったの!?」


「僕は大丈夫。まあ知り合いっていうか……」


「お前温泉川先輩と最近仲いい感じらしいけど、まさかここまでとはな」

 隣から荘真がそう言ってきた。


「いや、そんなんじゃないよ」


「そうだよ! 颯太が沙那ちゃんと付き合えるわけないじゃん!?」

 僕の否定に対して物凄く笑顔でそういう優希に僕は少し呆れた。


「けど、この写真を見る限りは皆、付き合ってるんだ、って思うよな」


「そう…………だよな」


「どうしよう」と僕は呟く。


 放課後になり、ほとんどの生徒が自由になって校内はこの話題で持ちきりになっていた。

 モザイク処理はされているが薄く、この学校の生徒なら見ればすぐにわかるほどだった。

 そのせいもあってか先程から、今朝のように廊下を歩く生徒とよく目が合う。


『2年B組、星衛颯太。2年B組、星衛颯太。至急3階会議室へ来るように』

 荘真たちと話して帰ろうとしたとき、放送が流れた。


「ごめん、呼ばれたわ。二人は先に帰ってて」

 そう言って俺は会議室へ向かった。

 どうせ、ニュースの件だろうと思いながら僕は歩みを進める。


 会議室につき、ドアをノックする。

「どうぞ」という声を確認して僕は部屋に入った。


 部屋に入ると、マネージャーらしき人と、あの日大雨の中で一人でベンチに座っていたときと同じ、俯いて暗い沙那がそこにはいた。


「沙那さん…………」


 僕が声をかけると、沙那はゆっくりと顔を上げた。


「ごめんね、颯太。私のせいで……巻き込んじゃって」


「そんな、沙那さんは何も悪くないですよ」


 少し間が開いて、マネージャーらしき人が口を開いた。


「初めまして、あなたが星衛颯太さんね? 私は沙那のマネージャーを担当していた鈴鹿すずかと言います」

初対面の印象はしごできの上司で仕事がこなせない人を蹴落とすパワハラ気質な人と言った感じ。だが、顔は整っていてプロポーションが良く、沙那にも引けを取らない。


「……はあ、よろしくお願いします」


 怒っているのか、少し高圧的な彼女に僕は快く思わなかった。


「星衛さん、いきなりで申し訳ないのですが、今後沙那と会うのは極力控えていただけますか?」


 ◇◆◇温泉川沙那◇◆◇

 今日、私は学校を休んでいる。

 なぜなら今朝、彼・星衛颯太と出会った日に記者に写真を撮られて、それがニュースとして出てしまったからだ。


 彼は今日、学校に行っているのだろうか。いや、休んでるか。ネットニュースが出ちゃったしこんなに甘いモザイク処理じゃすぐに特定できちゃうし、彼は囲まれて大変なことになってしまう。


 私は昼から所属していた事務所へ来ていた。

 きっとこの話をするためだろう。

 失礼します、と言って部屋に入ると私のソロ活動のマネージャーをしてくれていた鈴鹿さんが待っていた。


 部屋に入って第一声、「もう引退したのだから、放っておいてくれても良かったのに」と無意識のうちに漏らしていた。


 それを聞くや否や、彼女は私を強く抱きしめて言った。

「何年あなたのマネージャーをしたと思っているの? あなたは家族同然なの、私にはあなたを守る責任がある」


 その言葉に私は涙をこぼしてしまった。

 誰も理解してくれない絶望を彼女の温かみが少し拭ってくれた。


 ひと段落置いて、真面目な話になると先程とは打って変わって鈴鹿さんは少し怖くなった。鋭い目つきで強い口調で私に訴えかけた。


「いい、沙那? 星衛さんとはなるべく会わないこと、引退したけどあなたはまだ有名人なんだからスキャンダルには気をつけなきゃいけないのよ」


「…………はい」


「残念そうね、私も高校生の青春を奪いたくないわ、あなたには自由に恋愛をしてほしい、けど仕方ないのよ。分かって?」


「恋愛だなんて! 彼はただの後輩ですよ……多分」

 ◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇


「……分かりました、それで沙那さんに迷惑をかけないのなら僕はもう沙那さんには近づきません」


「そんなっ!?――」

「――ごめんね、沙那さん。でも推しに迷惑をかけるファンはファン失格だから……」


 沙那の悲しそうな目に僕は心が痛くなった。けど仕方がない、こうなってしまった以上僕は沙那の近くから身をくらまさなきゃいけない。


「話はこれで以上ですか? では僕はもう行きますね。ありがとう、沙那さん少しの間だったけど色々話出来て楽しかったです」


 そう言葉を残して僕は教室を出た。


 あの時

 ――「じゃあ颯太はどっちなの?」

  唐突にそんな質問をされた。

  「僕は…………」

  

 図書室前で最後に話した時違う答え方をしていたら未来は変わっていたのかな。

『好き』と『推し』の違いなんて言ったけど、それはただの定義であって人によって捉え方は変わる。


 ――僕には『好き』が分からない


 ◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇

 マネージャーと話し終わって、先ほどのことを思い出す。


――「残念そうね、私も高校生の青春を奪いたくないわ、あなたには自由に恋愛をしてほしい、けど仕方ないのよ。分かって?」


「恋愛だなんて! 彼はただの後輩ですよ……多分」


 少し前なら、多分だなんて言わなかった。

 彼と出会って、数日だけど彼を知って、何かが変わった。

 生意気だけど優しくて温かい。あの時の私には眩しくて、表では私は笑っていたけれど心の奥ではずっと私は泣いていた。


 そんな私を彼は助けてくれる。彼といると、心が休まる。「完璧な私」でいなくていい、そんなことを言ってくれている気がした。


 きっと彼への想いは「恋」じゃなくて「尊敬」

私はそう思っている。けど、もしかしたら…………でもまだ……


――私には「好き」が分からない

  


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