葬式

 日曜日の昼下がり、部活をしていない俺は特に何をする事もなく暇を持て余していた。

 昼ご飯を食べた後、自室のベッドに寝転びながら一度読み終わった漫画を読み始めた。

 ベッドへ仰向けで寝転ぶと視線は自然に天井を捉える。

 無意識の内、金髪に近い程の明るい髪色をした制服姿の春花を自室へ連れ込む想像をする。

 日光をさえぎるカーテンは母親の反対を押し切り真っ白だったものから真っ黒な物に付け替え、大層なブラックライトの間接照明を設置した。

 どれもこれも春花が好みそうなものだと一人で妄想した末の結果だ。

 春花は見た目がかなり派手なギャルだけど、案外淡いピンクや水色といったパステルカラーの方が好みかもしれない。もしそうだとしても、それはそれで良い。

 この大人っぽさを演出した自室は誰に対してでも自慢できると思っているからだ。

 うつらうつらと眠気を感じ、少しばかり休憩をしようと思い窓を開けたまま真っ黒なカーテンを閉め切った。

 ブラックライトを点灯させて薄瞼うすまぶたの状態で春花に思いをせる。

 微睡まどろみから目を開けると、ベッドのすぐ左脇にスラックスを履いた脚が見えた。

 またか……。

 母親と同様に幼い頃から他人が見えない何かが見えてしまうこの特異な体質。

 一ヶ月前はたしか幼稚園児くらいの小さな男の子だったかな、今度はどんなやつが現れたんだ。

 まじまじと顔を見てやろうと思い、脚から顔へと視線を移す。

 長身のハットを被った男の姿だった。

 おかしな事に顔の左半分が黒色の様に見える。

 ブラックライトの青紫色の照明が影響している為かは分からない。

 顔がぼんやりとしていて見えない、すぐ脇にいるのに俺の目では鮮明に映らないみたいだ。

 だけど、高齢のおじいさんだという事だけはハッキリと感じ取る事ができる。

 どこか見覚えがあるような……ないような……不思議な感覚……これは一体なんなのだろうか……。

 おじいさんは立ち姿のまま徐々に薄く透き通るように消えてしまった。

 これは……夢か……現実か……。

 どっちつかずのまま再び淡い微睡みへと落ちた。


 夕方頃、突然母親に慌ただしく叩き起こされた。


「起きなさい! 起きなさいって! おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなった!」

「は!?」


 寝耳に水だった。

 鈍い思考のまま母親に問い質すと、どうやら俺のおじいちゃんとおばあちゃんが亡くなったのではなく、おばあちゃんの兄弟夫婦が亡くなったとの事だった。

 祖父母にはあたらないが、幼少期に何度も家へ遊びに行った事があり、俺は二人の事をおじいちゃん、おばあちゃんと呼んでいた。

 信じられない事に、そのおじいちゃんとおばあちゃんが同じ日に亡くなってしまった。

 夫婦揃って同日に亡くなるなんて事がありえるのだろうか。

 おじいちゃんとおばあちゃんのひだまりの様な笑顔を思い出し愕然とした後、自室のベッドの上で放心状態に陥っていた。


 翌日、母親と二人で通夜に参列した。

 棺桶の中のおじいちゃんとおばあちゃんの顔を見て、その日は花を添えてお別れした。

 この時、ある違和感を感じたが悲しみに暮れる親戚一同の顔を見ると、その場で口にする事はできず帰宅してから母親に伝える事にした。

 通夜の帰り際、背後から聞き覚えのある声で呼び止められた。


「ねぇ、どうして此処ここにいるの?」


 振り返るとそこには、驚いた表情を浮かべる春花が立っていた。

 制服姿だったが普段の着方とは異なり、スカートの丈も長かった。

 金髪に近い色をしていたド派手な明るい髪は艶やかな黒髪となり、さらにはノーメイクだった。

 背後から声を掛けられるまで、春花の存在に全く気が付かなかった。


「春花……? なんで……?」


 戸惑いながら春花に歩み寄り、思考もおぼつかないまま事情を聞いてみる事にした。

 春花の口から信じられない事実を打ち明けられた。

 昨日亡くなった、おじいちゃんとおばあちゃんの孫娘が春花だった。

 腑に落ちないまま、徐々に点と線が繋がり始める。

 俺と春花は、はとこ同士で恋に落ちていたという事になる。

 気が付けば、俺と春花の周りに親類縁者がわらわらと集まり始め、取り囲まれる形になっていた。

 あんた達、親戚だったって事を知らなかったの?

 本当に何も知らずに遊んでいたの?

 さすがに知ってたよな?

 どこまでいったんだ?

 キスは済ませたの?

 将来結婚する気?

 矢継ぎ早に野暮な質問を次々と投げかけられた。


 額にねっとりとした汗がふつふつと浮かび、顔から火が吹き出そうなくらい恥ずかしい思いをした。

 何よりも大好きだった女の子が親戚という事に物凄くショックを受けた。


「もう連絡しないから」


 最後は春花に面と向かってではなく、その場の空間へとぶっきらぼうに言い放ち、平静を装い逃げるようにしてその場から去った。

 帰りの道中、母親からはとこ同士ではタブーじゃないから付き合っても大丈夫だよと言われたが、不貞腐れて聞こえないフリをして無視をした。

 帰宅後、通夜の最中に違和感を感じていた事を母親に話した。


「棺桶に入ってたおじいちゃんの顔……あれ何……? 包帯でぐるぐる巻きだったじゃん……」

「あぁ……あれね……。おばあちゃんが先に病院で亡くなってね、自宅で訃報ふほうを知らされたおじいちゃんは気が動転しちゃって、電話を手にしたまま転んじゃったんだよ。その時に顔面を思い切りテーブルの角にぶつけちゃったみたい。その……顔がね……死化粧しにげしょうでは隠しきれない程に陥没かんぼつしちゃって……。どういった経緯なのか正確には分からないみたいだけど、その時に気を失って電話のコードが首に巻き付いちゃったらしいの……。首が圧迫された状態だったみたい……不思議な事に不運は何故か続いちゃうものだから……泣きっ面に蜂とはこの事だね……」


 またしても衝撃の事実だった。

 昨日、自室で昼寝をしていた時に現れたおじいさんの事を思い出した。


「昨日の昼頃……自分の部屋で寝てる時にスラックスを履いた顔の左半分が黒色のおじいさんの姿が見えた……」

「あら……そうだったの……おじいちゃんだねきっと……いつもハットを被っててジャケットとスラックスしか着ない人だったからねぇ……。でも……どうしてわざわざあんたの所に現れたんだろうね……?」


 おじいちゃんの孫娘である春花が俺と付き合い、後ほど男女の関係になる事を阻む為になされた警告か。

 ただ単に俺と春花の付き合いを祝福したくて、後押しするつもりだったのかもしれない。

 おじいちゃんが亡くなった時刻に寝ていた親類縁者が、たまたま俺だけだったという事もありうる。

 おじいちゃんが何を思い、何を伝えたかったのかは未だに理由が分からないままだ。

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