第9話 うちのクラスにゴリラがいる件について

「おいモブ子! なんだよあの頭! 超かっこいいじゃねぇか!」

「まさか花子さんにあんな秘密があったなんて! 惚れ直しました!」


 なんとも言えない空気になった放課後。


 空気の読めないイケメンが二人花子の所にやってきた。


「別に秘密じゃないですし。楽だから刈ってるだけです」


 この方が涼しいし乾くのも早い。


 まぁ、内心かっこいいとは思っているが。


(……刈り上げの良さがわかるとは。少しは見る目あるじゃんか)


 と、ちょっと得意な気分になっていると。


「なぁモブ子! 触って良いか?」

「ギャー!?」


 髪をめくられて花子は悲鳴をあげた。


 反射的に李亜夢の腹にパンチする。


「ゲフッ!? な、なにしやがる!?」

「それはこっちの台詞です!? 乙女の刈り上げを勝手に覗くなんて!? 犯罪ですよ!? スカートめくりと一緒です!」

「犯罪って、大袈裟だろ……」

「いいや犯罪だ! 大罪だぞ! よくも僕の花子さんに! 幼馴染でもやって良い事と悪いことがある!? 万死に値するぞ!」

「いや、そこまでじゃないですけど」


 王子が絡むと話がややこしくなるので黙っていて欲しい。


「それよりあたしはやる事があるので」


 おバカ二人は放置して牧野の元に向かった。


「牧野さん」

「は、はひ!? なんでしょうか!?」


 鬼人の如き活躍に、沙羅はすっかりビビっているようだ。


 他の女子もみんな同じで、やべぇ奴に手を出してしまったとビクビクしながら俯いている。


(う~む。ちょっとやりすぎたかな……)


 とは言え、あの状況を打破するにはこれくらいインパクトのある事をやらないとダメそうだった。


 半端な事をやると余計な禍根を生む。


 小中のいざこざでイヤという程学んだ花子である。


「そんなに怖がらないで下さい。取って食べたりしませんから」

「そ、そうだよね……。あ、あははは。なんか凄すぎて、ビックリしちゃって……」

「がうっ」

「ぎゃー!? 殺されるうぅう!?」

「うそうそ。冗談です」

「笑えないって!?」

「それよりも、後処理をしましょう」

「後処理?」

「約束しましたよね? 上手く行ったら牧野さんがボス猿やってくれるって。その為に必要な事です」

「そりゃ約束は守るけど、あ~しはなにしたらいいわけ?」

「お膳立てはあたしがするので。適当に合わせてください」

「適当って言われても……」

「牧野さんの性格なら多分それで大丈夫ですよ」

「はぁ……」


 わけがわからないという顔で沙羅がついてくる。


「まずは彼女に謝りましょう」


 向かった先は例のゴリラである。


「どーも」

「ウホッ!? ゴ、ゴメン……。ユ、ユルシテ……」


 先程のドッジボールがトラウマになったのだろう。


 鼻にティッシュを詰めたゴリラがブルブルと震えながら頭を抱える。


「そんなに怖がらないで下さい。あたしは怒ってないですし。むしろ謝りに来たんです。えっと――」

「ゴリちゃんだよ」


 沙羅がそっと耳打ちする。


「牧野さん。こんな時にふざけないで下さい」

「ふざけてないから!? マジでこの子ゴリって言うの! 数字の五に千里眼の里で五里ちゃん!」

「あー……」


(気まずいって……)


 だってそんな、この顏で五里は反則じゃん!


 などと思いつつ、咳ばらいで誤魔化す。


「とにかく五里さん。怪我をさせてしまってごめんなさい」


 ペコリと花子が頭を下げる。


「ウホッ……。キ、キニシナイデ。ワタシモ、チョウシニノッテヒドイコト、シチャッタカラ……」

「ではおあいこと言う事で。牧野さんもそれでいいですか?」

「も、勿論!? あ~しは全然気にしてないし! むしろゴリちゃん巻き込んじゃってごめんね!」

「ウホッ……。マキノサン、イイヒト……。ワタシ、スキ……」

「ではこれで」


 まずは一つ目のタスクをクリアする。


「……あの人、本当に人間ですか? なんか片言だし、ウホウホ言ってたんですけど……」

「人間だよ!? 五里ちゃんは人見知りで照れ屋なだけ! まぁ、たま~に興奮すると野生が出ちゃう事あるけども」

「限りなくゴリラ寄りのヒューマンじゃないですか……」

「まぁでも基本的にはイイ子だから! バナナとかくれるし!」


 そんな事言われてもゴリラだなとしか思わないが。


 ともあれ次は取り巻きーズの元に向かう。


 姉妹でもないのにどうにも似たような印象の三人は教室の隅に集まってガタガタ震えていた。


「あの――」

「「「ごめんなさい!? 許してください!? 山田様には二度と逆らいませんから!? く、靴舐めましょうか!?」」」

「いいですね。丁度さっきトイレで誰かのハミ糞踏んじゃって」

「モブちゃん!? 流石にそれはライン超えだって!?」

「冗談ですよ冗談」


 言いながら。


(いかんいかん。悪い癖が出てるぞあたし)


 と自分を戒める。


 我ながらちょっとズレてる自覚のある花子である。


 調子に乗ると余計な事を言って要らない不興を買いかねない。


(……でも、牧野さんのツッコミは悪くないね)


 ツッコミ上手と言うべきか、心地よい物がある。


 ベッタリするのは面倒だが、たまにならこういうのもありかもしれない。


「それで、えーと……」

「佐藤さんと鈴木さんと高橋さん。ていうかモブちゃん、クラスメイトの名前知らなすぎじゃない?」

「関わる機会もないと思ってたので」

(覚える気もないしね)

「それでも覚えておいた方がいいって! 折角同じクラスになったんだしさ!」

「善処します」

(めんどくせー)


 これだから他人と関わるのは面倒なのだ。


 独りなら色んな事がシンプルで済む。


(まぁ、そうもいかないのが世の中なんだけどね)


 花子なりに頑張ってはみたものの、王子のせいで台無しだ。


 まさかこんな奴を好きになる変人がいるとは思わない。


 だからせめて、少しでも居心地が良くなるように足掻いている。


「それで高橋さん」

「……鈴木です」

「佐藤さん?」

「……高橋です」

「じゃあ田中さん!」

「……佐藤です」

「あれー?」

「モブちゃん……。もしかして、ワザとやってる?」

「いえ。今のは普通にガチでした」

「じゃあ余計に悪いね」

「辛辣ぅ~」


 その通りなので仕方ないが。


「ともあれ取り巻きーズの皆さん。もうご存じだと思いますが、こう見えてあたし見た目の割りに厄介です。敵対しても碌な事にはなりませんよ。あたしも面倒なのはイヤですし。和解しませんか?」

「「「そ、それはもう! 喜んで!?」」」


 ケロベロスみたいに取り巻きーズが首を振る。


「あと念のため。あたしは白馬乃さんも赤星さんもまったく興味がありません。むしろ付きまとわれて迷惑しているくらいです。なので、皆さんが心配しているような事にはなりませんしそれで嫉妬されても面倒です。あたしは面倒な事が大嫌いです。他の方にもそのように伝えて貰えると」

「「「ハ、ハイ! ヨロコンデーッ!」」」

「ではあたしとは和解という事で。牧野さんからはなにかありますか?」

「あ、あ~し?」

「一応この人達に裏切られて処されそうになったわけですし。靴を舐めさせる権利くらいはあるんじゃないかと」

「「「……ごめんなさい!? 靴でもパンツでも喜んで舐めます!?」」」

「いやそれはただの変態じゃん……。てか、そんな事しなくていいから! 佐藤さんさっしー鈴木さんすっしー高橋さんはっしーも、あ~しら友達じゃん? 先に抜け駆けしようとしたのはあ~しが悪いし。そりゃみんなが怒ってもしゃ~なしって感じじゃん? だからあ~しこそごめん! それでよかったら、仲直りしてくんないかなぁ……なんて……」

「「「牧野さんまっきー……。こっちこそごめん!? モブ女に牧野さんまっきー取られちゃうと思ったらどうしても許せなくて! 意地悪しちゃってごめんなさい! うわぁああああああん!」」」


 取り巻きーズが沙羅の胸に飛び込んで泣き出した。


「みんな……。そんな事で泣かないでよ……。あ~しまで泣けてきちゃうじゃん……。う、う、うぇええええええん!」


(ふ~ん、エッチじゃん)


 まさかの百合だった。


 はたから見ている分には嫌いではない。


 むしろ好きまである。


 いいぞもっとやれ!


 心の底から反省したかは怪しいが、この様子ならそれ程面倒な事にはならないだろう。


「ふぅ……。これにて一件落着か。クソ面倒な一日だった……」


 今までの地味子生活に比べると1000倍は疲れた。


 まぁ、手は打ったので明日からはマシになるだろう。


 と思っていたら。


「おいモブ子! 用事は終わったのかよ!」

「まぁ、一応」

「なら俺様が一緒に帰ってやるぜ! 特別に行きつけの駄菓子屋に連れてってやるよ!」

「いいや! 花子さんは僕と一緒に帰るんだ! 景色の綺麗な場所を知っているんです。夕日でも見ながら僕達の将来について語り合いませんか?」

「結構です。あたしにはやるべき事がありますので」


 そう言って花子は自分の席に戻った。


「なんだよやるべき事って!」

「用事なら僕も手伝います!」

「そう思うなら邪魔をしないで下さい」


 鬱陶しそうに二人を睨むと、花子は弁当を開いた。


「あたしは今、猛烈にお腹が空いているんです」

「え、モブちゃん、今からお弁当食べる気!?」

「マジかよ! やっぱお前、おもしれーわ!」

「あぁ、花子さん……。あなたという人はなんてユニークなんだ!」


 喧しい主役級の面々に囲まれて花子は思う。


(頼むからあたしの事は放っておいてくれ!)

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