第7話 モブ子の秘密

 五時間目は体育の授業。


 体育館を半面に分け、男女に別れて自由に球技をやる事になっていた。


 男子が選んだのはバスケットボールだ。


 王子と李亜夢は互いに別のチームになり、コートの上で睨み合っている。


「悪いが李亜夢。お前には踏み台になって貰うぞ。花子さんにカッコいい所を見せたいからな」

「抜かせよ! モブ子の前でてめぇをぎったぎったにやっつけて恥かかせてやるぜ! ついでにモブ子のハートも頂きだ!」


 二人のイケメンがバチバチと火花を散らす。


 普段なら女子達の黄色い悲鳴が上がる所なのだが。


 生憎隣はそれどころではない空気だった。



 †



「……腹減った」


 げっそりと、花子は背を丸めてひもじいお腹をさすっていた。


 あの後面倒な事が色々あって昼食を食べそびれたのだ。


「ひぇぇぇぇ……。クラスの女子完全に敵に回しちゃったし!? モブちゃん、どうじよおおおおお!?」


 少し前までクラスの女子を仕切っていた元ボス猿が半泣きになって花子に縋りつく。


 対面では、ゴリラみたいな体育会系の女子が腕まくりをして殺気を飛ばしていた。


「……はぁ。読み違えたな。牧野さんはお神輿で、後ろの取り巻きが本体だったとは……」


 あの後取り巻き達が待ったをかけて沙羅とひと悶着あった。


 後ろで聞いていた感じ、そもそも花子に沙羅をけしかけたのは取り巻きーズの入れ知恵だったらしい。


「いやでも、モブちゃん話してみたらイイ奴っぽいじゃん? そんな意地悪言わないで仲間にいれてあげようよ!」


 沙羅は全く気付いていないようで、空気を読まずに花子の味方をした。


 その場はそれで納まったのだが……。


 やはり女絡みのいざこざは面倒くさい。


 五時間目の体育が始まる頃には革命が起きていた。


 沙羅は一人抜け駆けし、王子とくっつく為に仲間クラスメイトを見捨てた裏切り者という事になり、花子と同じ女子の敵認定されていた。


 そして今、二人は学校の王子様につく悪い虫として、ドッジボールで粛清と言う名の公開処刑にされようとしていた。


 味方は見るからにやる気がなく、早々に適当なボールを受けて抜ける気満々といった感じである。


 対して相手チームの主力であるゴリラ女子はやる気満々。


「オデ、オマエラ、コロス……ッ!」


 と鼻息を荒げている。


 大方取り巻きーズに花子達を処した後はあなたが新しいボスゴリラよとか唆されたのだろう。


 沙羅に負けず劣らず、頭の悪そうな女子である。


「さっさとボールに当たって一抜けでいいんじゃないですか?」


 お腹も減ったし、こんな茶番に付き合う義理はない。


 花子は適当に言うのだが。


「ダメだよ!? このままじゃあ~しら、二人仲良く最底辺のいじめられっ子になっちゃうじゃん!? みんなにハブられて無視されていない奴扱いされちゃうんだよ!?」

「最高じゃないですか」

「えぇぇぇ……」


 うっとりする花子にドン引きの沙羅。


「元々あたしはそういう立ち位置でしたし。元に戻るだけですね。むしろ好都合です」

「そんなの変だし!? ていうかあ~しはイヤだし!? てかてか、モブちゃん王子様に好かれてるんだからそれだけで済むわけないじゃんか!?」

「そ~なんですよね~」


 ハブられるだけで済むのなら話は早いのだが。


 女子のイジメは陰湿だ。


 無視に効果がないと分かれば、物を隠したり落書きしたり、より直接的な行為に及ぶだろう。


 そしたら適当に網を張って証拠を押さえてやればいいだけなのだが。


 それはそれで面倒くさい。


 今後の事を考えると、問題はここで解決しておいた方がいい気もする。


「でもなぁ……。目立ちたくないんだよなぁ……」

「モブちゃん前見て!? もう始まってるから!?」

「大丈夫ですよ。当たりませんから」


 顔面すれすれを剛速球が通過する。


 取り巻きーズの目的は、彼女達の意向に逆らうとどうなるかをクラスの女子に知らしめる事だろう。


 つまり見せしめだ。


 その為には、たっぷりと恐怖を与えながらじわじわ嬲る方がいい。


 そう簡単には当てて来ないだろう


「モブちゃん大丈夫!? もう!? たまたま外れたからよかったけど!? ちゃんと前見て!? あんなん当たったら死んじゃうから!?」

「いやだから平気だって……」


 人の話を聞かないタイプなのか、沙羅は自分の事みたいに花子を心配している。


(まぁ、こいつも見た目で担がれただけで悪い子ではないんだろうね)


 ただ、取り巻きーズに利用されるくらいバカだっただけだ。


 別の言い方をすると、お人好しとも言えるだろうか。


「あぅ!? もう味方誰もいないし!? ていうか味方も敵みたいなもんだし!? ねぇ、ちょっと!? あんまりじゃない!? こんなのイジメと一緒じゃん!? イジメはダメだってあ~しいつも言ってたよね!?」


 半泣きになって沙羅が訴える。


 クラスメイトの反応はマチマチだ。


 無視する者もいるし、バツが悪そうに顔を背ける者もいる。


 取り巻きーズは小馬鹿にするように笑っている。


(そういえば、こいつがボス猿やってる間は面倒な目にあった事なかったな)


 自由気ままな地味子の道も楽ではない。


 ちょっとバランスを間違えると面倒な連中に目を付けられてちょっかいを出される。


 そうならないよう、花子なりに色々気を付けていたのだが。


 このクラスでは結構楽だった気がしないでもない。


「……はぁ。面倒だけど、そっちの方がまだマシか」

「ギャー!? たじげでー!? 死ぬ!? 死んじゃうよぉ!?」


 縦横無尽に襲い掛かる顔面狙いの剛速球に、沙羅が頭を抱えて逃げ惑う。


 が、トロい。


 めっちゃトロい。


 いやこの手のギャルって運動神経良いんじゃないの?


 と思うくらいにはトロい。


 多分デカすぎる胸のせいだろう。


 男子の一部も体育館を半分に仕切る網にかぶりついて観戦している。


「ウ、ホォォォォッ!」


 そしてついにゴリラの放った殺人ボールが沙羅の顔面を――


「いやあああああああああああ!?」

「よっと」


 捉える前に花子がキャッチした。


「「「え!?」」」


 腰を抜かした沙羅以外の女子が一斉に呻いた。


「モブちゃん? ありがどおおおおおお!?」


 鼻水を垂らしながら沙羅が花子の足に抱きつく。


「汚いのでくっつかないで下さい」

「がーん!?」

「鼻水が出てるので。それより、取引をしましょう。あたしがこいつらをぶっ飛ばすので、牧野さんは引き続きクラスのボス猿を演じてください。それで一応解決するはずです」

「い、いいけど……。そんな事、出来るの?」

「そこはまぁ、やってみないと分かりませんけど」


 そう言って、花子はズボラに伸ばした頭髪をゴムで括った。


 その下から現れたのは、モブ顔地味子のイメージには不似合いな、かなりエグ目の刈り上げだ。


「こう見えてあたし、運動神経は良い方なんです」

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