第3話 二人目の告白

「学校、いきたくねぇ……」


 翌朝の事である。


 通学路をのそのそ歩きながら、花子はそんな事を思っていた。


 今日に限った話ではない。


 基本的に毎日思っている。


 学校なんか行かないで家でゲームをしていたい。


 あるいは漫画を読むとか、小説を読むとか、推しの配信を見るとか。


 なんにしたってやりたい事が沢山ある。


 それに加えて例の王子様だ。


 なにをトチ狂ったのかこんなモブ女に惚れた上、白昼堂々告白してきた。


 あの顔と中身なら、相手なんてより取り見取りのはずなのに。


 実際王子はモテまくりで、一年の頃から告白されまくっている。


 そんな相手に好かれたら嫉妬されるに決まっている。


 あぁ面倒くさいクソだるい。


 こうしている今だって登校中の生徒達があからさまにヒソヒソしている。


「ねぇ聞いた? あいつが噂のモブ子だって」

「あんな女のどこがいいの?」

「からかわれてんじゃね?」

「王子の奴、完璧超人のイケメンかと思ってたけど、女の趣味は悪いんだな」


 どいつもこいつも好き勝手言いやがって。


 そんなのあたしが一番思ってるっての!


 この様子では学校についても面倒な事になるのは目に見えている。


 だから本当、学校なんか行きたくない。


 それでも花子はイヤイヤ登校する。


 サボりたいけれど、そんな事をしたらお母さんに怒られる。

 


 †



「ぁ、モブ子来た」


 案の定、教室に入るとクラスメイトの視線が花子を襲った。


 本来は地味で目立たぬモブ子である。


 登校しても誰にも気づかれず、挨拶だってされない透明人間のような立ち位置だった。


 それが今は全校生徒の注目を集める時の人。


 それも動物園の珍獣扱いだ。


 面倒くさいと思いつつ、無視して自分の席に向かうのだが。


「おはよう! 花子さん!」


 例の王子がご主人様を見つけた大型犬みたいな勢いでやってきて、クソデカ大声でハイビームみたいに眩しい笑顔を向けて来る。


 仕方なく、花子は胸の辺りに挨拶をした。


「……おはようございます」

「昨日はごめん! 急にみんなの前で告白なんかしちゃって。驚かせたよね?」

「……まぁ」


 そんな事より退いて欲しい。


 というか話しかけないで欲しい。


 気付かないのか?


 女子達がすげぇ顔してこっち見てんぞ……。


「本当にごめん! 僕も反省してるんだ! ラブレターを出したのに無視されて、花子さんも何事もないような顏だったから、焦ってしまって! あれじゃあ花子さんに嫌われても仕方ない……」


 申し訳なさそうに胸を押さえる王子の姿に女子達の殺気が膨れ上がる。


 おいモブ子! てめぇなにモブ子の分際で王子様を悲しませてんだよ!


 そんな声なき声が聞こえてくる。


「……別に嫌ってはないですけど」


 花子としては空気を読んだつもりなのだが。


「本当に!? よかったぁ……」


 心底ホッとする王子の姿に、それはそれで殺気が増した。


 おいモブ子! てめぇなにモブ子の分際で王子様に色目使ってんだよ!


(どないせいっちゅうんじゃ!?)


 どっちを選んでも不正解のクソ選択肢である。


 これだから人生って奴はクソゲーだ。


 こうなったら、一刻も早く王子との会話を打ち切らなければ。


 嫉妬に狂った女子達になにをされるかわかったものではない。


 そう思った矢先である。


「それで花子さん。昨日も言ったけど、僕は君が好きなんだ!」


 ブハッ!? っと内心で噴き出す。


 女子達の殺気は小動物なら呪殺されそうなレベルまで膨れている。


「……あたしは別に好きじゃないです」


 身の安全の為にもハッキリさせるのだが。


 それはそれでやっぱりおいモブ子! 以下略。


 もう勝手にしてくれ! という気分である。


「うん。分かってる。でも、嫌いではない。つまり、チャンスはあるって事だろう?」

「いや、ないです」

「どうして?」

「どうして!?」


 まさか聞き返されるとは思わない。


 花子が答えに困っていると。


「自惚れるわけじゃないけど、僕はそれほど悪い男ではない……と思う。花子さんを幸せにする自信があるし、君に好かれる為に自分を変える覚悟もある。なにより君はチャンスがないと言える程僕の事を知っているわけじゃないだろう?」

「……それは、そうですけど……」


 確かに花子は王子の事をよくは知らない。


 というかそもそも興味がない。


 自分とは別世界に住む異世界人、天上人の類だと思っていた。


「なら、僕にもチャンスはあるはずだ。だから……まずは友達から! どうだろうか?」

「どうだろうかって言われても……」

「それもダメなのかい? 僕には、友達になる価値もない?」


 捨て犬のような目で見られても花子の心は揺らがない。


(そもそもあたし、友達とかいらないんですけど……)


 花子は自由気ままなボッチである。


 誰に干渉される事なく、目立たずひっそり生きてきた。


 周りの女子を見てても分かる。


 友達なんか面倒で窮屈なだけだ。


 大体、男女の間で友情なんか成立しないと言うではないか!


 まぁ、それを言うならそもそも相手は交際に持ち込むつもりで友達になろうとしているのだ。


 そんなもの、友達でもなんでもない。


 と、言いたい事は山ほどあるが、言う気もなければ言える雰囲気でもない。


 先程から女子達はバチバチに殺気を飛ばしているし、男子だって面白半分の見世物気分だ。


 完全にアウェーの空気で、余計な事言うだけ損をするのは目に見えている。


 それで花子は考えて、無難な答えを捻り出した。


「……好きにして下さい。あたしが決める事じゃないし。ダメだって言ってもどうせ諦めないんでしょ?」


 そう。


 この男、思ったよりもしつこいのだ!


 こっちは散々イヤだダメだムリだと言った!


 それでも食い下がって来る。


 なら、好きにしろと言う他ない!


 と、花子としては周りにアピールしたつもりである。


 女子の反応は相変わらずだったが。


 何を言った所で無駄らしい。


 王子は王子で。


「うん! 諦めない。諦めるものか! だって君は、初めて本気で好きになった人だから!」


 大真面目にそんな事を言うものだから、花子は呆れてしまった。


「……失礼ですけど。白馬乃君ってちょっと頭がおかしいんじゃないですか?」


 ジト目を向ける花子にキョトンとして、王子は笑い出した。


「はははは! そうそれ! そういう所が好きなんだ! それじゃあ!」


 言いたい事を言うと王子は満足そうに席に戻った。


 取り残された花子は針のムシロである。


(あたしは悪くないでしょ!?)


 と、軽く両手をあげて見せると、やっとこさ席に着いた。



 †



(……思ったよりは平和かも)


 休み時間。


 何をするでもなく、花子は一人ポツンと過ごしていた。


 あんな事があった後だから、てっきりクラスの女子達に詰め寄られると思っていたのだが。


 今の所は誰も話しかけてこない。


 それどころか、近づいてくる気配もない。


 どちらかと言えば、腫物のような扱いだ。


 まぁ、王子の見ている前で文句を言えるわけもないので、こんなものなのかもしれない。


 そういう意味では、彼と同じクラスだったのは不幸中の幸いだ。


 なんて思っていたら、いきなり派手な頭のチャラついた男子が花子の机に尻を乗せた。


「よぉモブ子。お前、俺様の女になれよ!」

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