第4話 修羅場とか普通に迷惑なんですけど
「イヤです」
「即答かよ!?」
ズルっと机から落ちかける。
「おまえなぁ……。俺様が誰だかわかってんのか?」
「白馬乃君をライバル視してるチャラ王の
うんざりしながら花子が言うと、李亜夢はキョトンとした。
そして満足そうに口の端でニヤリと笑う。
「へっ! わかってんじゃねぇか! 男なんざ興味ないなんて顏しといて、お前も俺様のファンなんだろ?」
「いや全然。興味なくても周りが騒ぐんで勝手に耳に入って来るんです。っていうか汚いで机に座らないでくれますか」
「き、汚くねぇし!? ちゃんとウンコした後はウォシュレットしてるし!」
「知らんがな……」
真っ赤になって机から降りる李亜夢。
当然の如く二組の女子は悲鳴をあげた。
王子様だけじゃなくチャラ王まで!?
なんであんなモブ子なんかに!?
そんなのこっちが教えて欲しい。
しまいには王子まで血相を変えてやってきた。
「おい李亜夢! どういうつもりだ!」
「はっ! どうもこうもねぇだろ。見ての通り告白だよ。こ、く、は、く」
「なんでお前が花子さんに告白するんだ! お前には彼女がいるだろ! それも何人も!」
「王子と違って俺様ぁ来る者は拒まないタイプなんでね」
「そんな事は聞いてない! なんでお前が花子さんに告白してるのかを聞いてるんだ!」
クラスの女子が騒めいた。
普段は温厚で何事にも動じない王子である。
そんな彼がここまで感情を表に出すのは稀な事だ。
李亜夢もそれが面白いらしい。
ニヤニヤしながらわざとらしく言うのである。
「あぁ? 俺様がこの地味モブ女を好きになったらおかしいかよ?」
「……そういう訳じゃないが」
こちらを気にするようにチラチラと王子が視線を向ける。
「いや、あたしに遠慮しなくていいんで。どう考えてもおかしいですし」
「そんな事はない! 花子さんは魅力的だ! ……ただ、僕はともかく、こいつがそれに気付くはずがない!」
ギロリと王子が李亜夢を睨む。
普段温厚なだけに、怒った顔はかなり怖い。
李亜夢は気にした様子もないが、女子達はキャーキャーと黄色い悲鳴をあげた。
「わかったぞ李亜夢……。お前は、僕の邪魔をしたいだけなんだろう! お前はいつもそうだ! いったい僕がなにをした!? どうして僕を目の敵にするんだ!」
「別にぃ? 目の敵になんかしてねぇよ。ただ、気になるよなぁ? ガキの頃からの腐れ縁の、クソ堅物の幼馴染が。いままでどんな女の告白もバカ丁寧に断ってきたモテまくりの王子様がだ。なんでこんないるんだかいねぇんだか分からねぇ、急にひょっこり生えてきたキノコみたいなモブ顔の地味子を好きになるのか。この女のどこにそんな価値があるってんだ」
熱波のような殺気がむわりと煙る。
王子は別人の形相になっていた。
「……黙れよ李亜夢。僕の事なら大抵の事は笑って許してやる。けど、花子さんを侮辱するなら容赦はしないぞ」
李亜夢の顔からも笑みが消える。
「……はっ。上等だぜ。俺だって昔のままじゃねぇんだ。今なら喧嘩したってお前なんかに負けるかよ」
二人の顔が至近距離まで近づいてバチバチと火花を飛ばす。
「僕の後ろに隠れてばかりいた泣き虫李亜夢がよく言う」
「昔の事を掘り返すんじゃねぇよ!」
「お前が先に言い出したんだろ!」
二人は同時に胸倉を掴み合った。
一触即発のラインを超え、教室を女子達の悲鳴がつんざく。
男子もビビり、誰一人止められる者のいない中。
「キース、キース、キース、キース」
間の抜けた手拍子と共に、気の抜けた声で花子が囃し立てた。
「「………………」」
気まずい沈黙と共に、激情の炎が急速に萎えていく。
「しないんですか?」
「するわけねぇだろ!?」
「するわけないでしょう!?」
不満げに小首を傾げる花子に、二人のイケメンが同時に叫んだ。
「なら解散です。迷惑なので。喧嘩するならどこか遠く、あたしの見えない所でやってください。シッシッシ」
本当に心底迷惑そうな顔で手を払う。
「シッシって……。俺達は犬コロかよ!?」
「いやだなぁ。ワンチャンだったらもっと大事に扱いますよ」
「この俺様が犬以下……だ、と……ッ!?」
唖然とする李亜夢の横で、王子が腹を抱えて笑い出す。
「ははは、はははは! まったく、花子さんの言う通りだ! 人の迷惑を気にせずこんな所で熱くなって! 俺達は犬以下だ! さぁ、行くぞ李亜夢!」
王子に肩を掴まれて二人が退散する。
「行くって……喧嘩の続きでもする気かよ?」
「そんな空気じゃないだろ」
「まぁそうだけど……。なんなんだよあの女は」
李亜夢は妖怪でも見たような顔で花子を指さした。
王子は得意気な顔でニヤリと笑う。
「面白いだろ。花子さんは」
珍しい王子の顔に李亜夢はキョトンとした。
そして、毒気を抜かれたように溜息を吐く。
「……まぁ、確かにな。おもしれぇ女だって事は認めてやってもいいぜ」
「彼女の魅力はこんなものじゃないけどな!」
自慢気に言うと王子はハッとした。
「言っておくが、お前にはやらないからな!」
「誰がいるか!? あんなモブ女!?」
言ってから、李亜夢もあくどい笑みを浮かべる。
「……いや。やっぱ狙うぜ。お前をそこまで熱くさせる女だ。どんな手を使ってでも俺の女にしてみせる」
「お前って奴はどうしてそう……。好きにしろ! どうせ言っても無駄なんだ!」
「余裕じゃねぇか。どうせ俺には負けないだろってか? そういう余裕ぶった所がムカつくんだよ!」
「なんでそうなる……。そもそもこれは勝負じゃないし……。お遊びのお前が本気の俺に勝てないのは当然だろ?」
「うるせぇ王子! てめぇにだけはぜってぇ負けねぇからな!」
「いや全部聞こえてるんですけど……」
げっそりとして花子が呟く。
よく分からないが、くっそ面倒くさい事になっていることだけは確からしい。
(メッチャ女子の反感買ってる上に悪目立ちしちゃってるし!? あぁもう! なんでこんな事に!?)
でも、あそこで止めなければ殴り合いの喧嘩になっていたかもしれない。
それで二人が怪我でもしたら責任を押し付けられるのは花子に決まっている。
だから仕方なく仲裁に入ったのだ。
(あぁ……。あたしの地味で自由なモブキャラライフが……)
ここから挽回するルートは果たしてあるのか。
頭を抱える花子だった。
†
「……なにあいつ。チョ~ムカつくんだけど」
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