第23話

 回想終了。僕は再び白線を挟んで少し距離のある対戦相手である騎馬を見つめる。


「なあ、世良町。大丈夫か?」


「何が?」


「いや、だって向こうの騎手……いじめの主犯格だろ」


 國代は気を遣ってくれたのか、クラスの違う2人に聞こえないように声を小さくして僕の耳元で尋ねてくる。國代もまさか、当の本人が意図的に対戦相手を彼らに変更するように誘導したとは知る由もないだろう。


 実際のところ、僕は別にあいつに勝とうとか弱い自分を打倒しようとか微塵も、これっぽっちも思っていない。例の資料によれば、あの騎馬は僕たちの学年の中でもトップクラスの勝率を誇っていた。だから逆に、練習で勝った記憶のない僕たちの騎馬をぶつけているだけにすぎない。いわば僕は、僕たち4人を捨て駒にしたのだ。


「気にしなくていい。別に気圧されちゃいない」


「そうか……強いな、お前」


「強がってるだけかもだぞ」


「それでも凄いさ」


「……」


 遠くを見るような表情でそんなことを言う國代。僕は國代を横目で見ながら、一言言った。


「國代。ちょっといいか?」


「ん?」


 僕は國代にある相談をする。すると國代は驚いて目を丸くした。


「正気か!?」


「狂気だな」


「上手くねえよ!つーか、そんな危ないことする必要ねえだろ!」


「危ないのは僕だけで、寧ろ馬は戦闘時間が短くなる分安全だ」


 國代は大きくため息をつき、頭を抱えながら言う。


「お前、そんなキャラだったか?」


「……なに。ちょっと応援したい人がいるのさ。あるいは体育祭の空気にあてられたとでも思っとけばいい」


 僕の言葉に國代は数秒思案してから後ろを振り向いた。騎馬の構成員の残りの2人に何やら話をした後、僕の方へ向き直る。


「……ほんと、怪我すんなよ」


「助かる。終わったら打ち上げでもしようぜ。國代の奢りな」


「いやそこはお前だろ!なんで俺の財布にターゲット向くんだよ!」


 國代の反応に軽く笑っていると、アナウンスに各自準備をするように言われる。話している間に、1年生の戦いはやや紅軍優勢で終了し、僕たち2年生の対戦が始まりそうになっていた。


「さて、行こうか」







「……」


 騎馬の上に跨りいつもよりも高い視線で対戦相手と向き合う。無言でいる僕を緊張しているとみなしたのか、相手が鼻で笑いながら言った。


「フッ、ちょうどお灸をすえてやりたいと思ってたところだ」


「……嫉妬するなよ。気に入らない奴が美人さんといるからって」


「あ?」


 ……おや。冗談半分のつもりだったが、近からずも遠からずだったみたいだ。借り物競争とか、体育祭で僕と彼女が親しくしている場面は何度かあった。体育祭に限らず、彼女が教室にやってきたこともある。こう言っては何だが、僕は特段容姿が整っているわけではない。対して彼女は超がつくほどの美少女だ。いじめていた相手が何か知らない間になんか滅茶苦茶美人な相手とよろしくやっているように見えれば、それはイライラもするか。


 相手の感情の揺れを察知した僕は、ここぞとばかりに仕掛ける。


「醜いねぇ。人を見下すことでしか安心を得られず、1人では何もできないから人を従える。典型的な精神的弱者だ」


 両手を軽く上げ、やれやれというポーズをとる。相手は眉間をぴくぴくさせながら声を震わせた。


「てめぇ、喧嘩売ってんのか」


「ほーら、すぐにそうやってケンカとか野蛮な方向に行く。思考が短絡的すぎない?脳みそちゃんと詰まってる?」


「……」


 目つきが鋭くなり、露骨なまでに怒りをにじませる相手。うーん、煽りは効果テキメン。彼女を参考にした甲斐あった。


「君たち、その辺にしなさい」


「……」


「……」


 監督者として控えていた教師から流石に注意が入る。しゃべってたら舌噛むからね。


「……ねじ伏せてやる」


「そりゃあ楽しみだ」


 グッと互いに騎馬が向き合い、ピリッと緊張が走る。ものすごい形相でにらみつける相手と、内心バクバクなことを出さないように柔和な笑みを携える僕。


『構えて───』


 パンッ


 ピストルの音と共に、両軍の騎馬が飛び出す。それは僕達も。


 周囲からの大きな応援の声。その中を突っ切るように真っすぐに向かってくる相手方の騎馬。これから激しいぶつかり合いと、取っ組み合いが各地で起こる。正々堂々、肉体同士の熱い戦いが騎馬戦だ。


 ……まあ、僕がそんな正攻法をとるわけないんだけどね。


「よっ」


 あらかじめ打ち合わせていたように、騎馬の鐙の位置を少し上げてもらい、僕は馬の前の人の肩に足を置き、前傾姿勢になる。そしてそのまま、騎馬を飛び移るように、僕は脚を踏み切って前方に跳躍した。


「は!?」


 驚愕の表情を浮かべる相手だが、それだけ勢いよくスタートしたなら今更方向転換も、スピードを緩めることもできない。


「───ッ」


 騎手に抱き着くように首に腕を回し、勢いそのままに全体重を相手方の騎馬に乗せる。相対速度でおおよそ騎馬のスピードの倍、いきなり追加された男子高校生1人分の体重を不安定な足場で支えきることはまず不可能。それが想定外の動きともなればなおさらだ。


 相手の騎手の足が鐙から外れ、急に上の重みが増えたことで騎馬もぐらりとバランスを崩す。一方、衝突の勢いと崩壊の余波に巻き込まれるように僕たちの騎馬も体勢を崩した。そして騎手である僕たちも、ガクンと視界が下がっていき……


 2年生騎馬戦。その一か所で、騎馬同士が盛大にぶつかり、爆ぜた。

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