第24話

「まったく……君は馬鹿なのか?」


「なんであんな無茶したの」


「若気の至りですかね。ッ!!」


 現在、救護テントで絶賛治療中の僕と、僕を見下ろして呆れた表情をする早見先輩と小田先輩。流石にあんな乱暴な手段をとって無傷とはいかなかった僕は、腕を少々擦りむいてしまった。多少痛みこそするが、大事ではないとのことなので消毒と止血をしてもらっている。


「沁みるわよ~」


「言うの遅くないです?事後ですうッ───!」


「追加よ~」


「……」


 傷口に染み込む消毒液の痛みに軽く悶えながら恨みがましい目を保険教諭に向けるも、保険教諭は軽く鼻歌を歌いながら救急箱を漁っている。


「それで?本音は?」


 小田先輩がそう問いかけてきたので僕は視線を先輩に向けて応えた。


「……恩返しみたいなものですよ。小田先輩、優勝したかったんですよね?それもかなり」


 団体種目は特に配点が大きい。女子団体で負けてしまった以上、男子団体は総合優勝を狙うにあたって絶対に落とすわけにはいかなかった。だから多少陰湿というか、こざかしい手を使って編成をいじり、さらには念を入れて相手の強騎馬を抑え込んだのだ。……まあ、抑え込んだと言っても引き分けだだが。


 騎馬戦のルールでは騎手の落下は負けの判定だ。僕が相手の騎馬に乗り移るまでは良かったものの、思いのほか勢いがついて僕自身もバランスを崩し、結局相手の騎手と同時に地面に体が触れてしまったので白の勝ちとまでは行かなかったのだ。それでも良くやったとは思うけども。


「……分かるの?」


「ええ、まあ。先輩にはお世話になりましたし。ちなみに理由もわかりますよ?言いましょうか?先輩はこの体育祭で優勝したら団長さんに───」


「それ以上言ったら傷口に塩練りこむわよ」


「すんません」


 怖っ。確かに今のは僕が悪いかもだけど。傷口に塩を塗る(物理)とか勘弁してください。


「……何の話だ?」


「……小田先輩、早見先輩って昔からこうですか?」


「まあ、なんかそういうのは鈍いわね」


「なんで今、私は馬鹿にされたんだ!?」


 ……早見先輩。人の恋心とかには随分疎いらしい。ははは、愛いやつめ。いや、僕よりも小田先輩との付き合いが長いのにそれでいいのか。この分じゃあ、先輩に向けられた数多の好意にも気づかないまま、星の数ほどの女の子を泣かせてきたに違いない。罪な人だ。


「ともかく、僕なりの応援ですよ。上手くいくよう願ってます」


「……ありがと」


 小田先輩にそう言うと、少し照れ交じりの柔和な笑みで返される。特に根拠はないが、多分丸く収まることだろう。……いやそもそも白軍が勝たないとこの話おじゃんなんだけどね?


 騎馬戦の後はそんなに種目も残っていないため、結果発表もすぐだ。僕の出場する種目はもうないためここでゆっくりさせてもらおう。


「はい、治療終わり。この後出場予定の種目はある?」


「ありません」


「そう。大事ではないけどできるだけ安静にしておくようにね。あ、最後のフォークダンスくらいならいいわよ?あなたも手をつなぎたい子の1人や2人いるんじゃない?」


 にやにやしながらそんなことを言う保険教諭。その教諭の言葉に「しめた」という顔で小田先輩も詰め寄ってきた。


「へえ、あんたも隅に置けないわね。どこの誰よ?」


「いませんよそんな奴」


「そうなの?寂しいわね」


「寂しいとか言わないでくれます?」


 この保険教諭、思ったより遠慮がない。足を捻挫したときはもっと優しく見えたのに。


「……世良町」


「なんですか早見先輩?」


 早見先輩が両手の人差し指同士を胸の前あたりでつんつんと合わせ、少し視線を外してはちらちらこっちを見ながら言う。


「あの、そのだな……恋するなとは言わないが、風紀を乱すようなことは、その……」


「あー!もうっ!出てってください!!」


 僕は先輩2人を救護テントから追い出し、大きくため息をついた。なんだもう。女子高生ってのはみんな頭に花湧いてるのか?水やったら花が咲くのか?引っこ抜かれたらあなただけについて行くのか?今日も運ぶ~戦う~増える~そして~食べ~られる♪


「それじゃあ、世良町君も早めにグラウンドに戻ってね」


「え?僕もですか?」


 やっと落ち着いたと思った矢先、背中に保険教諭から言葉が投げかけられる。


「ごめんね、このテントは重症者優先だから」


「いやでも、他に人いませんし」


「でも決まりなの~。誰でもウェルカムだと、生徒のたまり場になっちゃうかもでしょ?」


「そんなことは……」


「さっきの見ても同じこと言える~?」


 なんでいきなりそんな正論パンチするんですか。


「分かりましたよ……せっかく休めると思ったのに」


 僕はしぶしぶ、ギシッと音を立ててパイプ椅子から立ち上がる。そのままテントを後にしようとすると───


「世良町君」


「はい」


「傷は男の勲章。頑張ったこと、誇っていいと思うよ」


「……ありがとうございます」


 ひらひらと手を振りながら僕を送り出す保険教諭。なんで最後だけそんな教師っぽいことするんだか。

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