第17話

 借り物競争でひとしきり盛り上がった後も、その熱気を引き継ぐように体育祭はつつがなく進行していった。視界のあちこちで、走り回る生徒、笑顔の生徒、歯を食いしばる生徒、それほもう本当にいろんな表情が見えて。この光景を額縁に収め、「青春」とタイトルをつければ少なくとも文句が出ることはないだろう、と思えるほどにはよくできた景色だった。

 

 こうしてのんびりと体育祭全体を俯瞰して眺めることができているのは、僕自身が体育祭にそれほど傾倒していないというのはもちろんあるのだが、先ほど自分の個人種目を終え、あとは午後の騎馬戦を残すだけとなったため精神的に余裕ができたこともある。


 ちなみに、個人種目である徒競走では自分の靴ひもを踏んで盛大に転倒した。結果はもちろん最下位。男子高校生ともなるのに自分の靴紐を踏んで大衆の面前で転ぶという悲惨さやたるや。


「世良町!」


「國代か。お疲れ」


 軽く手を挙げながら近づいてきた國代はそのまま僕の横に腰を下ろした。どうやら、僕と同じく個人種目を終え、あとは騎馬戦を残すのみになったらしい。


「盛大にこけてたな?大丈ぶふっ」


「もうちょい堪えろよお前」


 僕の転倒シーンを思い出したのか、大丈夫と声をかけるところで噴き出す始末。こいつ……


「悪い悪い。で?怪我はないのか?」


「たった今、心に傷を負ったところだ」


「悪かったって。怒るなよ、ジュース奢るからさ」


「1年分な」


「商店街のキャンペーンじゃねえんだぞ!?」


 國代の反応にクスッと笑う。


「まあ、怪我がないなら良かったぜ。騎馬戦にこれ以上影響が出るのは困るからな」


 さっきちょっとした接触事故があって、僕達白組の選手が足をくじいたという話、國代の耳にも入っているらしい。どうしようもない時もあるが、やはり注意しておくに越したことはない。……やっぱ体育祭とかやめるべきでは。


「お、棒引きか!見ものだなぁ」


 僕の肩をたたきながらやや興奮気味に発現する國代。その言葉に合わせて入場門の方に目をやれば、殺気立った全校女子生徒が座って待機していた。


 本校の棒引きはいわば綱引きの分割版みたいなものである。長さ2,3メートル程度の棒を複数、グラウンドの中央に配置し、合図とともに等間隔で離れた両軍がその棒に向かって駆け寄る。その棒をつかみ次第自陣に引き込むことで、それぞれの棒に与えられた得点を確保することができる、という競技だ。はたから見れば、グラウンドの複数の場所で綱引きしているように見えないこともない。


 棒の種類や長さによって加算される特典が違うため、ただの力勝負だけでなく、どの棒にどれだけの人数を割り当てるのかなどと言った戦略も大切になってくる……とプログラムには書いてある。勝負は同学年同士が1回ずつぶつかるので計3回。最終的に各軍団で得られた合計得点が多い方が勝利だ。小田先輩が言うには模擬練習の段階では結構接戦が続いていたそうだが本番はどうなるだろうか。


 放送席のアナウンスとともに女子生徒が入場し、整列する。最前列は1年生だ。


 女子が整列している間に、器具係がグラウンドの中央に棒を置いていく。放送席から聞こえるルール説明によれば、どうやら棒に巻かれたテープで得点が判断できるようだ。もっとも、目を凝らしてテープの色を確認するなどという労力のかかる行為をするつもりはなく、叶うなら放送席でリアルタイムに分かりやすい実況をしてほしいと願っていた。


 1回戦、紅白1年生同士の戦い。高らかに鳴り響くピストルの音とともに、横一列に並んだ女子が飛び出した。中央に向かって走り出す生徒たちの中に、一際目立って物凄い勢いで駆ける姿がある。


「ひゅー、あいつ速いねぇ」


 その速さには隣の國代も思わず言葉を漏らした。確かに男子目線からでも相当な速さだと思う。陸上部の子だろうか。


 その瞬足少女は敵軍が棒にたどり着くより数歩も早く棒に手をかけ、そのまま自陣へ一人で棒を引き込み始めた。某自体は長さこそあれどさほど重くないのか、少女は勢いよくそれを引きずっていく。


 ふむ。足の速い子には単独行動をさせ、引っ張り合いという力勝負になる前に速さで解決する戦法か。まさに速戦即決。本来1本確保するのに何人も必要になるところを1人で確保できるのだから人員を他に割くこともできる。特筆した個を最大限活用した見事な作戦だ。アナウンスによれば、あの棒は白のテープが巻かれてたから1点が紅軍に加点とのこと。開始数秒で紅白1-0か。


 そして、この作戦はおそらく紅軍全体で共有されていたのだろう。そもそも、あの引き込まれた棒に向かっていたのはあの俊足女子生徒だけだ。リハーサル段階ではあの棒にも人員を割いていたはずなのに、あの棒担当の紅軍女子生徒の多くは当日になって他の棒に加勢してるということになる。つまり……


「うーん……紅軍優勢だなぁ」


 國代の言うとおり、多くの棒が中心ラインより紅軍側にあるように見える。リハーサルで拮抗していたところに浮いた人材を当て、とれるものは確実に取る作戦なのだろう。一方、当初あの1点の棒に向かうはずだった白軍女子生徒はギリギリ間に合いそうなのもあったためか、紅軍の陣地のすぐそばまで棒を追いかけてしまっており、加勢するのが遅くなってしまっている。紅軍の作戦勝ちだな。


「ん?」


 よく見たら、紅組陣地にもう一本棒があるような……まさか。


「気づいたか?反対側でもう1人、同じことやってたぜ」


 手前の瞬足女子に目を取られていたが、どうやら奥の方でも似たような策をとっていたらしい。正しくは紅白2-0か。紅軍には随分大胆な策をとる参謀がいるようで。


 基本的におかれている棒はグラウンドの中心にいくほど得点が高く設定されており、棒そのものも太め、長めになっている。いくら足が速いとはいえ、中心付近の棒を一人で引きずって陣地まで引き込むのは無理があるため、端側の棒しかターゲットにできないこと、1回限りの作戦ってことが欠点ではあるか。流石に一度見せたら相手も対策できてしまう。例えば同じように足の速い生徒を向かわせるか、あるいは得点の高い棒に人員をはじめから大量に投入するかとかだ。だが、この1回線に限ればまさにクリティカルともいえる作戦。見事な采配と言えるだろう。


 その後、やはり紅軍優勢のまま試合は進み、1回戦、1年生の結果は紅白7-2という結果になった。紅軍の得点が多いとは言え、白軍があの状況で意地を見せて2点取り返したのは称賛に価するだろう。


 女子の棒引きは勝った軍に50点、負けた軍に30点が入ることになっているが、同時に特殊ルールが存在している。それは、確保した棒の得点が追加加算されるというものだ。例えば今の段階だと最終的に各軍に入る得点は1年生の結果、紅白7-2を反映して紅軍57点、白軍32点ということになる。


 つまり、たとえ全体として敗色が濃厚だとしても1本でも多くの棒を引き込むことが総合優勝につながるし、同時に敵軍にとられる棒は少しでも減らしたいのだ。1年生の7-2という結果は大差ではあるが、獲得した2点は決して無駄ではない。


「世良町。白軍は勝てると思うか?」


「無策っていうのは厳しいだろうな。誰か何かしら思いつけばいいが」


 紅軍とこれ以上点差が開かないように注意しつつ、何かしら逆転の目を見つけないといけない。正直、これ以上の差は1点でも馬鹿にならないレベルで負担になるだろう。ぱっと思いつくのは高得点の棒に人員を裂き、得点の低い棒には制限時間で踏ん張れるだけのギリギリの最少人数を当てることだが、この土壇場でそんな適切な人員配置ができるかと言われたら厳しい気がする。


 そして、そんな困惑は観客席だけでなく次の対戦を控える2年白組女子にも同じように訪れていた。いかにも活発そうな女子生徒がチームを鼓舞し、意気消沈という感じでこそないが、入場時の熱気は見えない。


 対する紅組の方は比較的穏やかな空気だ。それもそのはず、この後は相手に取らせないように立ち回れば逃げ切りで勝てるのだから。


 我らが白組2年女子には何か策があるのか。そして、紅軍は逃げ切りの策まで用意しているのか。そんなことを考えながら眺めていると、紅軍陣営で動きが。


 明らかにリーダーっぽい人に近づく影が1つ。飄々とした足取りの彼女はそのリーダーっぽい人に屈むようなジェスチャーをして、何やらそっと耳打ちをした。


 ……あいつ、何考えてるんだ?


 2回戦。両軍が再びスタートラインに並ぶ。紅軍が逃げ切るか、白軍が巻き返すか。見どころだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る