第16話
「え?」
息をするように思わず口から無意識に、僕は反応した。……なんだその表情?さっきまでの余裕綽々な態度はどこにいった?というか、お前本物か?
僕の知る限り、彼女はこんな表情をしない。いつも余裕綽々で、どこか達観してて、大人びているかと思えば子どものように無邪気に笑う人物ではあるが、決して恥ずかしがったり、年相応の葛藤を見せたりすることはなかった。それがどうだ。耳まで赤くなって、つながれた手に加わる力が強くなる。微かな震えとともに伝わる体温が上昇している。それはまるで、一世一代の告白をする乙女の様で……意識したとたん僕も顔が熱くなる。まさか、そんなことがあるのか?混乱で取り乱していたところ、彼女は顔をあげてまっすぐに僕を見据える。
「彼は……私の……」
静寂。時が止まったかのように音が消えた。それは、彼女の雰囲気に会場全体が飲まれ実際に起こっている現実か、あるいは僕自身がそう錯覚しているだけなのか。それを確かめる術はない。ただ僕は、彼女を見つめ、その後に続く言葉を待つ。僕の五感が認識しているのは、彼女ただ一人だけだった。
「私の……」
「……」
「玩具です」
「……は?」
ぽっかりと口を開ける僕と同じく呆気にとられたマイクを渡した生徒。彼に対して彼女はお題の紙を見せる。
『おもちゃ』
確かにそう書かれている。腹の立つことに丸みを帯びたひらがなで。そして紙を見せてきた本人は「きゃー」とわざとらしい声をあげながらクネクネしている。それがさらに神経を逆なでする。こいつ、また揶揄いやがった。それも全校生徒の目の前で。それを理解した直後、僕は額に青筋を浮かべながら、不満たっぷりの言葉を返す。
「お前マジふざけんな」
「え、なになに?もしかして期待しちゃった?ねえねえ、何言われると思ったの?ねえねえー」
う、うぜえ……これは過去一でうざい。ツンツンとこちらをつつきながら屈託のない笑みを浮かべる彼女に対し、僕は一際大きなため息をついてから、額に手を当てて文字通り頭を抱えながら呟く。
「さっきまでの時間返せよ……」
「時間なんか返せるわけないでしょ。馬鹿なの?」
「法律なかったら殴ってる」
「で、お題クリアでいいんだよね審判さん」
「話聞けよ」
無視ですか、そうですか。これはだめだ。そもそも、彼女に誘われてついてきたのが失敗だったんだ。あの時にしっかりと固い意志とともに断るべきだった。過去の自分に悪態をつきながら審判役の生徒に目を向けると、ようやく状況を飲み込めたのか、言葉を発しだした。
「ええ……これは許可していいのか?」
「物に限定するとは書いてないしいいでしょ。彼は私の玩具なんだから」
玩具と言えば普通は物なんだよ。頭のねじ飛んでんのか。
「えー、じゃあ許可ということに……」
「異議あり!」
突然、逆転を売りにしている弁護士のような言葉が聞こえ、後ろを振り返ると、そこには見知った顔がいた。おもわず名前を呼ぼうとする。
「ふじ───」
「楓」
「……楓さん」
「ふふん、いいでしょう」
満足そうに頷く元委員長、藤野楓。さっきまで話題の中心が横のこいつだったから、楓さんが同じ出走順と気が付かなかった。どうやらこのひと悶着が起きている間に彼女もお題の品を持ってきて、その確認のため僕たちの後ろに並んでいたようだ。ところで、その手に持ってるもの何?無表情なぬいぐるみ?お題の品ってそれ?
「あ、これはメジェドっていう古代エジプトの神様だよ」
「勝手に心読まないで」
「顔に出てるよ」
どうやら初めて見る正体不明の生物?のぬいぐるみに懐疑的な視線を向けているのがバレバレだったらしい。いや、しょうがないでしょあれ。ハロウィンでシーツかぶってるお化けの仮装みたいなんだけど。古代エジプト人ってあんなの崇拝してたの?
「ああ、あの目からビーム出す奴」
「なんでお前も知ってるんだよ」
彼女は『ああ、あれね』みたいな感じで言葉を返す。え、そんな周知のものなの?こんなちょっとよく分からないゆるキャラみたいなみたいな見た目しといて?というかこれ誰が持ってたんだよ。……今ビームって言った?
「……異議ありとは?」
ここでようやく審判役の生徒が楓さんに話しかける。先ほどまでの会話に入ってこなかったあたり、あの実況者みたいなキャラは作っているのかもしれない。実際、若干の疲労が見える。彼としても早くこの場を終えたいのだろう。うん、なんかごめんね。災難な役回りということで少し親近感が湧きそうだな、なんて思いながら楓さんの返答を待つ。
「さっき聞いたんだけど、お題の中には『恋人』とか相手の了承がないと成立しないものもあるんでしょ?世良町君は今、一方的に玩具宣言されただけかもしれないし、彼がちゃんと自分が玩具って認識していないとお題未達成だと思います!」
玩具と認識するってなんだよ……でも、確かに。適当に生徒を引っ張ってきてその場限りの嘘をつくという可能性もゼロではないか。しかも、彼女は普段あまり人と関わっていないから、僕との関係性に関しては知っている人の方が少ない。もっとも、楓さんの場合は以前は話したことがあるからある程度のかかわりがあることは知っているはずなのだが。……もしかして、以前苦労してるって感じの話したから、僕に一矢報いる機会を作ってくれたのか?
「なるほど、一理ある。世良町君?だったか。君は彼女の玩具なのかい?」
審判の生徒が今度はこちらに向けて質問する。その声は先ほどと比べて多少元気が戻っているようだ。これはあれか?「俺も振り回されたしお前が一泡吹かせるのを期待する」っていう心情か?……ならばしょうがない。同じ苦労人としてここは乗るしかないだろう。このビッグウェーブに。
僕は一度彼女の方を向き、口角を上げて「ニンマリ」という効果音がぴったりな表情を作る。頭の回転が速い彼女は先ほどまでの会話の流れと、僕の表情からその先を察したようで、慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっ───」
「いえ、全然。勘違いも甚だしいですね」
「じゃあ、お題未達成ということで。はい、次の人ー」
「そ、そんなー!」
さながら一昔前のギャグマンガのような彼女の反応をオチとして、停滞していた借り物競争が再び動き出す。もっとも、その途中のやり取りは見世物としては及第点だったのか会場から文句が出ることもなく、何なら時折笑い声も聞こえてきたほどだ。「夫婦漫才」と言っていた奴は後で探して話をしよう。
その後、彼女の後ろに並んでいた人たちが次々とお題をクリアして結局彼女は「玩具」が認められなかったことに腹を立てて頬を膨らませながら最下位でゴールした。ちなみにその時はお題として「子ども」を引いて、良く怒る教員を一人連れて行っていた。あいつ、喧嘩売るのが趣味なのか?しかもそれでOK出たし。お題を書いた人もお題の許可を出した人もちょっとお狂いになってらっしゃるのでは?
まだまだ競技は残っているのにどっと疲労を感じながら、以前高く位置する太陽を見上げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます