第3話

 目は口ほどにものを言う、ということわざがあるがよく言ったものである。口から出てくる言葉より、目の動きの方が感情をよく表しているというのは実際に体感してみるとなるほどと感心させられるのだ。


「私の授業を無断欠席とは、心配したじゃないか、世良町」


 やや縮こまっている僕にそう語りかけてくるのは国語担当教員の長谷川先生。言葉だけ見ると生徒思いのようだが、その目は「あん?なめてんのかオラ」と言いたげな、たまたまぶつかってしまった不良やヤクザのそれである。ちなみに高校、大学とラグビーをやっていたそうでその体格もなかなかに恵まれたものである。あなた担当科目間違ってませんかと思わず突っ込みたくなるような人だ。当然、そんな人に怒られようものなら中々にトラウマもので、正直、授業をさぼったあの時の自分を多少呪っている。


「そうですよ、世良町君。真面目なあなたが何の理由もなく授業をさぼるなんて……何かあったんですか?」


 長谷川先生とは別に尋ねてくる担任の三国先生。マイペースな感じで心配になることもある教員だが、優しい性格をしているという印象だ。こちらは長谷川先生の皮肉とは違い、怒りではなく本心から心配してくれている様子が表情などからも伝わってくる。


 そんな対照的な二人の教員からの視線を一人受けている放課後の生徒指導室。いや、誤解なんですとでも言えたらよかったものの、完全に自分に非があるこの状況をどうしたものかと考えあぐねていた。しかし、ただ黙っていては何も状況は好転しないし、そもそもさぼったのは疑いようのない事実なわけで……僕は意を決して重たい口を開いた。


「すいません、外でお弁当を食べてたら日当たりのせいかずいぶん気分がよくなってそのまま寝てしまいまして……」


「ほう、私の授業をすっぽかして呑気に日向ぼっこか、いい身分だなあ」


 この強面から日向ぼっこという単語が出てきたことに思わず吹き出しそうになるが、問い詰められたせいで表情筋が固まっていたのが幸いした。


 そこからは、居心地が悪いながらもいつものように嘘と真実を適度に織り交ぜながらなんとか説明をし、そして誠心誠意謝罪を繰り返しながら生徒指導室の時間は流れていった。そうして説教されること小一時間、ようやく解放の兆しが見えたというところで最後の問いが投げかけられた。


「それにしても、真面目な柳君が寝過ごすなんて……最近よく眠れていますか?何か悩みがあるとかだったら先生でよければ聞きますよ?」


 うーむ、眠ってしまったというのは理由としてまずかったか。おそらく僕に関して、教員間では目立たないが授業態度も真面目で手のかからない良い生徒ということで通っていると思うので、そもそも寝過ごしたという部分が不可解に映ったのだろう。


「お前、クラスにちゃんとなじめているのか?」


 長谷川先生の方からもそんな質問が飛んでくる。最初こそ怒りが前面に出ていたが、僕が一人で外に弁当を食べに行ったという件から表情に変化が見えていた。二人とも雰囲気こそ違えど、生徒思いなところは同じらしい。そんな二人に僕は微笑みながら告げる。


「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫です。それなりに楽しく過ごせています」


 申し訳ないが、この手の問題は教員に相談しても解決しないことが少なくない。教員が働きかけても解決しないだけならまだしも、悪化することだってある。いじめが絡んでくると教員という存在は頼りづらいところがあるのだ。それに、弁当を持って外に出ていったあの瞬間より、大丈夫と感じているのも嘘ではない。だから、今の自分の状況を、感情をこれ以上誰かに漏らす必要性を僕は感じていなかった。


「それでは、失礼します。さようなら」


「はい、さようなら。気を付けて帰ってくださいね」


 席から立ち上がり、入り口付近で挨拶をするとまず三国先生が応える。続いて長谷川先生。


「次やらかしたら反省文10枚な」


「多くないです?」


「あん?」


「はいぃ……」


 だから怖いって。長谷川なんて苗字してるんだから「小学生は最高だぜ!」とか言ってろよ。……全国の長谷川さんごめんなさい。


 そんなやり取りを終えて僕は生徒指導室を後にする。もういい時間なので、あとは教室まで荷物を取りに戻ってそのまま帰宅するだけだ。


 教室に到着しガラガラと扉を開けると……そこには僕の席(正確には机)に座って4~5人の生徒たちが談笑しているのが見えた。こういうの、嫌なんだけどなあ。


 つかつかと席まで歩み寄るも、彼らは話に夢中でその場から退く気配がない。というよりも、あえて僕の邪魔をするべく、嫌がらせもかねて無視しているのだろう。なんならさっき教室の扉を開けるときに1人とは目が合った。


「荷物取るからど───」


 どいて、僕がそう言いながら机の中に手を伸ばそうとするとドンッと軽く手で突き飛ばされる。そのまま後ずさった僕は隣の机にお尻をぶつけ、ガガガと机が押される音がした。


 そして彼らはその音を聞いてようやく僕の方を見たのだ。そしてその集団のリーダー格の1人が僕に言う。


「なんだよ」


「……別に。荷物取りたいからちょっと退いてくれればいい」


「あ?荷物取るくらい人がいようがいまいが関係ねえだろ」


 今しがた思いっきり妨害されたんですがそれは。


「はあ……じゃあ良いよ。勝手に取るから」


 そう言って今度は机横のカバンに手を伸ばせば、集団の中の1人がわざとらしく鞄を蹴り飛ばした。その蹴る力の入れようが絶妙で、ちょうど掛け具から鞄が外れる程度に抑えている。……器用ですね。


 だけど妙だな。確かに僕の机の横を通るときにワザとらしく体を机にぶつけたり、僕の筆箱を落としたりとかはあったけど、あれは「偶然だよ、わざとじゃないって」で通せないこともない(バレてるけど。無理やりだけど)。だけど今のは明確に物を狙った行為だ。別に鞄に跡がついてるわけでもないし、他に目撃者がいるわけでもない。そもそも大事じゃないから僕が取り立てて騒ぐ理由もないけど……なんでここにきてこんな分かりやすいことを?


 ……ああ、なるほど。


 僕は鞄が落ちた衝撃で中からこぼれたファイルやら本やらを鞄にしまい込み、そのままゆっくりと立ち上がる。そしてそのまま僕の席の椅子に座っている人の膝の上に座った。


「は?」


「あ、お気になさらず」


「いやするわ!滅茶苦茶するわ!」


 あまりにも流れるような、さながら体育の教科書のコマ送りのイラストのような動作で着席したため彼も反応が遅れたらしい。そしてその作り出した数秒の隙で僕は机の中から教科書や参考書を引っ張り出して確保。再び立ち上がった。


「じゃあ、失礼します」


 ぴゅー、と鞄と教科書類をもってそのまま教室から退散。彼らは僕の奇怪な行動に面食らったのか追撃はなかった。


 しかし、どうやら僕が午後の授業を欠席していたことで何か行動を起こしたんじゃないかと疑っていると見える。もし先生になにかチクるような真似したらもっとひどいことするぞという旨の脅しの一種だろう。


 証拠が残るようなことはしないと思うけど、これからは多少持ち物などの管理は警戒度を上げた方が良いかもしれない。



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