咲良を撒いて自分の生家を進んでいった僕は今、一つのふすまの前に立ち止まっていた。


「はぁー」


 そこで深々とため息を吐いた後、僕はふすまを開けてその奥へと進んでいく。

 ふすまの向こう側。

 そこに広がっているのは特に何もないわりにそこそこ大きな畳の部屋である。

 その部屋の中心にはきっかりとした和服でその身を包んだ一人の男が正座して座っていた。


「遅かったではないか」


 正座している男、一条鳳凰。

 僕の父にして、一条家の当主である彼はこちらの顔を見るなり、まずは皮肉をぶつけてくる。


「どうにも、自分のことを慕ってくれている妹に僕は恵まれているみたいでね」


 それを僕は軽く受け流しながら、父の前へと胡坐をかく。


「……ずいぶんと、軽々しい言葉を私に対して使ってくれるものだな」


「ふっ。別に今の僕はこの家の人間でもないのでね」


「まぁ、良い」


 ……ありゃ?良いんだ。

 僕は若干、肩透かしを食らう。


「本日、呼んだのはお前に言うことがあったからだ」


「珍しいことにね」


「だが、その前に改めて言っておくが、我が家は陰陽術を誇りとし、伝統とする一族だ。お前の実力はかつてより知っている。その上で、私は認めない。だが、阿野家の娘との婚姻は後にしておけ」


「……何故、貴方にそんなことを言われる必要が?」


 僕を認めない。

 そんないつもの発言の後についてきたちょっと想定外の言葉に僕は驚きを覚えながらも言葉を返す。


「陰陽界が揺れ動く。その最中にお前が動くことを私は推奨しない。それだけだ」


「そうかい。なら、その忠告を素直に受け取っておくよ。曲がりなりにも貴方は長年陰陽界でトップを張っている男だからね」


「あぁ、そうしていろ。ではな。しっかりと、母の墓前には手を合わせろよ」


「言われなくとも」


 僕は父の言葉に頷く。


「それで?用とは?」


 そして、僕はそのまま父へと本題に入るよう促すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る