早紀

 私の人生を振り返って。


「お前は人間じゃないっ!」


 そんな言葉を吐かれたのは一体何回ほどあっただろうか?

 もはや振り返って数えることも難しくなってくるほどに言われたと思う。

 それじゃあ、私はその言葉を受けて何を思っただろうか?


「……」


 その答えは、特に何も思わなかった。

 これに尽きる。

 何故なら、私は己が周りと違うところがあるというのは生まれた時から何となく理解していたことだったから。

 だが、自分が普通の人とはちょっと違うのだと明確に意識しだしたのは一体いつ頃だっただろうか?

 それを振り返ってみて、転機となったのは私の母の死であったと思う。

 これまでみんなとはちょっとだけ変わったことがあること以外は普通の少女だと思っていた私は家族と共に自分の母の死を悲しんだ───そう、自分が育てていたお気に入りの花が枯れてしまったときのように、大いに悲しんだのだ。


「……」


 この時だ。

 周りとの齟齬に気づいたのは。

 母の死んだ次の日になって、私が心地の良い朝を迎えていた頃も周りの家族は深い悲しみを引きずり、それは一週間、一か月経っても彼らから悲しみが消えることはなかった。

 ここに、私と家族との決定的な齟齬が存在していた。


「お前は……他人を花としてしか見ていないんだよ。お前は僕たちを対等の者として扱ってきていない。お前は確かに周りの人間のことが好きな慈愛に満ちた女だろうよ……ただ、お前のその愛は僕たちがペットや花に向けるものと一緒だ」


 そして、その齟齬を私の前で言語化してくれたのは自分の幼馴染である有馬だった。


「……っ」


 花。

 確かに、そうだったかもしれない。

 よく考えて見ても、私は周りのことをこれまで一切信用したことがなかったように思う。

 でも、仕方ないじゃない。

 周りの人たちよりは圧倒的に私よりも何もかもが出来なくて、不自由なのだから。

 有馬の言葉を聞いた私は何処か、自分の中にあったこれまでのもやもやがすべて解消されると共に、自分という存在をストンと理解することが出来た。

 そして、思う。


「……そっか」


 ───私は一人だったのか。


「見ていろ?俺は何時までもお前の下にいないからな?」


 美しかった。

 一番私と一緒にいながらも何処までもこちらへと反発心を持っている有馬が。

 私を人間じゃないと断じて罵ってくる周りの人よりも、己を花だと断じて私と同じ人間になろうと懸命にもがいている彼の姿は他の何よりも美しかった。


「……好きだよ、有馬」

 

 理解した。これが愛である、と。

 有馬は周りの有象無象とは違う。


「俺は花じゃない……っ!俺は人間だっ!?こっちを見させてやるっ!」


 彼は私の愛の言葉を聞いても、そう言って反発するだけだ。

 お前の愛は、人間に向けるそれではないのだと。

 でも、それが私なりの愛なのだ。


「んっ。じゃあ、待つ」


 だけど、愛は自分が押し付けるようなものでもないと思う。

 だから、有馬がちゃんと私の隣に立てたと満足できる時が来るのを待とうと思った。

 その時に、何か私も変わるような気だってしたから。


「……勝手にしてろ」


 有馬はちょっとばかり私に不満げで、忌々しそうに扱っているが、それでもあれだけの執着を私に見せているのだ。彼は内心でしっかりと私のことを愛しているだろう。

 今はちょっと照れくさいだけだ。


「……待っているよ」


 私は大人な女。

 待つことだって出来る……だから、待った。

 有馬が陰陽界から追放されたときも会いにはいかずに待った。有馬が魔界に一切入らなくなっても会いにはいかずに待った。

 待ちに待った。

 

「……えっ?」


 そしたら、有馬に婚約者が出来たなんていう世迷言を聞いた。


「……えっ?」


 嘘だと思った。

 だから、確かめに行った。

 ちょうど、有馬が久しぶりに魔界の方へと入ったことも感知出来たから。


「あっはっはっはっは!」


 それで会ってみたら───有馬は、変わらず私をぶっ倒して己が人間であると認めさせようとする昔の姿ままだった。


「……ふひっ」


 良かった。

 有馬は私のもののままだ。

 それを見て笑い出しそうになるのを私は我慢しながら。


「……久しぶりなのに」


 それはそれとして、久しぶりに会う愛する私へと暴力を振るおうとする有馬のまだ弱い拳を軽く私はあしらうのだった。



 それからも、有馬は有馬だった。

 宮廷陰陽殿でも自分を貫き通し、魔界でも多くの者の前で大活躍し、私もちょっぴり驚くような拳を繰り出して怪魔の王とかいうのを消し飛ばして。

 有馬の成長は順調だった。

 あぁ……何時、実るだろうか。

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