宮廷陰陽殿

 豊臣の時代で完全にありとあらゆる官職を一度は断たれた陰陽師たちであるが、自分たちの宮廷を失ったわけではない。

 今も当時のままではないが残っている東寺。

 その地下に密かな形で存在しているたった一つの地下室。

 そこを入り口として作られた異界空間。

 安倍晴明の手によって裏世界を模して作られた小さな異界空間。

 そここそが長年、陰陽師たちが拠点としていた場所であり、そこには平安の時代からそのままの姿で残っている陰陽師たちの宮廷。

 宮廷陰陽殿が存在している。


「……はぁー。何で僕がこんなところに」


 そこへと早紀と共に足を踏み入れた僕は深々とため息を吐きながら宮廷陰陽殿を進んでいく。


「狩衣って動きにくいから嫌いなんだよなぁ」


「貴方であればそんな布切れ、デバフにもならないでしょう?」


「わかってないなぁー。別にそういうことじゃないんだよ。例えデバフになってもならなくとも邪魔なものは邪魔なの」


 宮廷陰陽殿へとやってきた僕は自身の格好にさえ文句を告げながら、早紀と共に進んでいく。


「……何で、呪無しがこんなところに来ているのかしら」


「……あぁ、汚らわしい汚らわしい」


「……誰が呼んだの?あの汚物を」


「……いやいや、同じ空気を吸っているってだけで嫌だわ。今だけ陰陽術を使っても許されるかしら?」


「……あぁ、いやいや、何であの坊主がまた」


 その間も、堂々と宮廷陰陽殿を歩いている僕と早紀を遠巻きに見ている陰陽師たちが小さな声でこちらへの侮蔑の言葉を口々に告げている。


「……」


 それを僕は聞き流しながら宮廷陰陽殿の内部を歩いていく。


「それでね?」

 

 そんな僕と同じように、早紀もガン無視を決め込んでいた。

 いや、そもそもとして早紀には純粋にこの囀りは聞こえてもいないのだろう。

 無意識下で鳥のさえずりなんて意識することなどないように。


「それでさぁ、改めて聞くけど何で僕がこんなところに再度呼ばれたわけ?僕は数年前に追放されているんだけど」


「有馬の力が必要になったからでしょう」


「虫が良いにも程がない?自分たちで追い出しておきながら、必要になったからって再度呼びつけるとか」


「良いじゃない。ここで成果を出せば貴方がこちらに戻ってくることだって……」


「嫌だよ、誰が好き好んで陰陽界に戻るっていうんだよ。せっかく追い出されたんだから、もう戻るつもりなんてないよ」


「私に勝つんでしょう?なら、ここでまた学ぶべき」


「ここで学べるものがあると?この僕が?」


「……」


 現実的に考えて、陰陽術の使えない僕がここで学べることなど何もない。


「僕は勝手にお前の領域に行くさ」


 自分にあるのは四肢だけなのだ。

 僕に出来るのはただ戦いの中で自分の勝負勘を高め、日々の修練を重ねて自分の殻を破ることだけだ。


「……私はただ」


「っとと。ついたな。ここでいいんだろう?」


 そんな風に早紀と雑談していた僕は大きなふすまの前で足を止める。


「あっ、そうだね」


 それに数歩ほど遅れて早紀の方も足を止める。


「んっ」


 そんな早紀を横目で眺めながら、僕はふすまの開閉のために立っている女官の二人へと目配せで開けるように指示する。


「「……」」


 だが、そんな僕の目配せは当たり前のように無視された。


「んっ?」


 未だ開かぬふすまに対して疑問を抱いた早紀が女官たちの方に視線を向けた時になってからようやくふすまが開けられる。

 いや、ここまで露骨に僕を排斥するなら呼ぶなよ。

 せめて、ここの女官たちくらいは何とかせぇや。


「はぁー」


 そんなことを考えながらも僕は歩きだした早紀に続いて歩き始める。


「……」


 そして、ふさまを乗り越えた先に広がる御帳台が置かれた大広間へと足を踏み入れた僕。

 それを待ち受けているのはここで待機していた陰陽師が誇る名家たちの当主たちであった。

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