花
早紀が僕の前にいて、その他に誰もいない。
ただ、それだけの理由で迷いなく早紀へと襲い掛かった僕であるが、そんな僕は今。
早紀のすぐ足元で倒され、地べたを這っていた。
「久しぶりに会う幼馴染に対して、いきなり殴りかかりに来る?」
そんな僕を覗き込むかのようにしゃがみこんで視線を送ってくる早紀はこちらへと疑問の声を上げてくる。
「ハッ……気に入らない奴をぶん殴りに行って何が悪い……っ!」
そんな彼女の言葉に対して、僕は敵意マックスで口を開き、憎悪さえも漏らして見せる。
「……幼い頃にずっと一緒だった幼馴染を気に入らない人扱いはひどいよ」
「あぁん?だったらその上から目線辞めろやぁ」
「……うぅん」
現状、陰陽師界で最強の陰陽師は誰か。
それを聞かれればまず、筆頭にあげられるのが僕の幼馴染である観勒早紀となる。
百済より来たりて聖徳を初めとする34の官僚に陰陽道を伝えし開祖であり、日本最初の僧正であるである観勒より続く観勒家。
加茂忠行が台頭で隆盛を極めるも、武家の台頭によってその隆盛に陰りを落とすと共に、宮廷陰陽道が形骸化していく中で、対怪魔の役割を半ば押し付けられた陰陽師たちが日本の裏へと下がりて現代まで続きし激動の歴史。
その荒波の中で開祖とさえ言える観勒家は没落し、ほとんど力を持たぬまでとなったその家の中で。
先祖返りとでもいうべき没落せし家には似つかぬ才人として生を受けた観勒早紀が周りより最強と認められるのはあまりにも早かった。
何よりも伝統を重んじると共に、自身の権力に固執する家々の当主らが最強であると認めるほどに、観勒早紀は別格だったのだ。
「……でも」
観勒早紀は最強であると共に、慈悲深き人格者である。
だが、僕にとってはそれが何よりもムカつくことであった。
「君では、私に勝てないでしょ?」
観勒早紀の優しさ。
それは自身が最強であるという自負から来たものであり……それすなわち。
彼女の優しさとは己以下の存在への慈悲の心。
いわば花を愛でるかのような優しさであり、その優しさが向けられているうちは早紀から人間扱いされていないと同義である。
「俺は人だぞ?勝手にお前の尺度で俺を見下してんじゃねぇ」
それが、僕には決して認められなかった。
落ちこぼれであると勝手に囀り、見下しているのであれば別に構わない。ただ、滑稽なだけであるから。
あぁ、でも早紀。こいつはダメだ。こちらを明瞭に理解した上で格下と断じ、人扱いせずに見下してきているのだから。
「こっち見ろや、ボケェっ!」
僕は理解できない謎の圧力に逆らって手を伸ばして早紀の胸倉をつかんで自分の方へと手繰り寄せる。
気に食わない。
ずっと隣にいるのに、ずっと上から見てくるこいつが。
「私は、君のことを評価しているよ?」
「だが、お前はまだその目を辞めやがらねぇ」
「だって、君はまだ私のことを倒してないもの」
「ちっ」
ぐうの音も出ない早紀の言葉に僕は舌打ちを打ちながら、彼女の胸ぐらを掴んでいた手を離す。
その頃には自分を押し付けていた圧力が消えうせており、僕は体に着いた土を払いながらゆっくりと立ち上がる。
「今日のところはここまでにしてあげるよ。僕は寛大だからね」
「寛大な人はいきなり殴りかかったりしないと思うけど……んー、でも、私は本当に期待しているんだよ?私に勝とうとしている人なんて有馬くらいだから……君が、私の同格になることを」
「ん?いや、同格?何を言っているの?僕はお前を超えて鼻で笑ってやるから」
「……あの、君も結構他人のこと見下しているよね?だいぶ」
「ん?僕は良いんだよ、僕は」
「うわぁ……理不尽ー」
僕の言葉に早紀は呆れながら声を上げる。
「存在そのものが理不尽である君に言われたくはないけど。それで?何で君がダンジョンの中にいるの?陰陽師ってばダンジョン潜っていないよね?」
そんな早紀のことはスルーして彼女へと疑問の声を告げる。
「うん、そうだね……本当は、私たちも潜った方がいいだろうけど、やっぱりお上の連中の頭が固くてね。中々認めようとしてくれなくて。でも、ちょっとダンジョンの方で封印に綻びが出ていることに気づいてね。慌ててダンジョンの方に潜ってここにまでやってきたんだよ」
「……僕が一生懸命頑張って、せっせと下へ下へと潜っていたのが何だったの、ってなるんだけど」
「そんなガチで潜っていたわけじゃないでしょ?この辺りであれば全力でくれば問題なく踏破出来るでしょ」
「いや、それはそうだけど」
別に全力でいけば何とかなると思うが、それでも釈然とはしないのだ。
「……っとと。そうだった。有馬」
「ん?」
不満げにしていた僕は早紀の言葉に疑問符で返す。
「お上が君のことをお呼びだよ。ついさっきではあるけど、私の方に有馬を宮廷の方に呼んでくるよう言われたんだよね。ちなみに、強制だから。断ったとしても私が強引につれて行くことになっているからよろしくね」
「……はぁ?」
それに対する早紀の言葉に受けて、僕は心の底から嫌悪の声を漏らすのだった。
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