わけ
天に向かって登り始めた太陽の暖かな日差しが部屋へと差し込んでくる心地の良い朝。
「ん……ぅ、ぅぅん」
朝食の準備をしていた僕の耳にとある少女のうめき声が聞こえてくる。
「ん?起きたか?」
それを受け、僕は目玉焼きを作るためにフライパンを温めていた火を止めて視線を向ける。
「……ぁ」
僕の視線の先にいるのはソファの上で眠っていた自分の元に婚約者という名目でやってきたスパイである阿野神楽だ。
「……あ、有馬」
昨日の夜に気絶してからぐっすりと朝まで眠っていた彼女。
そんな彼女は起きて早々、僕の顔を見るなりその表情を引きつらせる。
何とも失礼な話だと思うが、自分がスパイとしてやってきていることが実は諜報対象に知られていた……なんて驚愕の話を聞けば、誰でもそんな反応になるか。
「まぁ、とりあえずこれを飲んで落ち着きなよ」
僕は恐怖で表情を引きつらせる神楽へと小さな乳酸菌飲料を手渡し、自分は先ほど淹れていたコーヒーの入ったカップを手に椅子へと腰掛ける。
「まさか気絶するとは思わなかったよ」
僕はコーヒーをすすり、朝ごはんにチーズを食べながら神楽へと声をかける。
「ご、ごめんなさい……?」
「別に謝ることじゃないよ。ということで、昨日の話をしていこうか」
「ひっ!?」
「……何で怯えだすんだが」
僕は自分の一言を受けて悲鳴を上げだした神楽に首をかしげながらも言葉を続ける。
「ほら、君ってば無能だろう?多分、家の方でも落ちこぼれ扱いでしょ」
「うぐっ」
「僕も落ちこぼれの烙印を押されて家から追い出された身であるが……そんな細かなことはどうでもいい。僕は自分の生家に対してこれっぽちも興味はないからね。ただ、僕へと首輪をつけてこようとする連中がいるのは癪に障る。ましてや、相手が伝統しか誇ることがない一条の家ならなおさら」
「一条家には色々あると思いますが……」
そうかな?
僕がいた頃の一条家からは大した強さを感じなかったが。
「まぁ、君がそう思っているなら、それでもいいさ。どちらにせよ、自分に首輪をつけようとしている連中がいるのは癪だからね」
何で、僕が他人の支配下に入ってやらねばならないのだ。
理解に苦しむ。
「と、いうわけで僕は自分に首輪をつけてこようとする一条の連中をどうにかしたいというわけだ。そこで、白羽の矢が立てのは君なわけだ。無能な君であれば僕が操り人形にできると思って」
「む、無能な君……ちょ、ちょっとだけ不服な言い草もあるけど。、そうなんだね……良かった、私を残虐に処刑して自分のフラストレーションを晴らそうとしていたわけじゃないんだね」
「……は?」
どうしてそんな思考に思い至ったんだ?
たかが一人の人間を壊したところでフラストレーションは晴れないでしょ。
「……え、えっと……それで、つまりは私を抱きこめば上の方に、自分の思い通りのままに上を操れると。こういうことであっている?」
「そう言うことだね」
まぁ、お上の方もこの女を信頼していないだろうけど。
こいつには少々特殊な術を、女が見て感じたものをそのまま別のところに映せるような術がかけられていた。
端から女の能力には頼らず、ただ無能として警戒から外した状態で傍に置かせてこちらの様子を見るためだけの定点カメラだろう。
今も、僕たちの会話は上の方に筒抜けだろう。
まぁ、それが僕の思惑であるわけだが。
既に僕は女につけられた術には干渉済み。一部、送られる映像を改ざんできるようにしてある。
向こうがこちらを馬鹿だと驕り、これだけで僕の様子がすべてを知れていると調子に乗っている中で、自分は知られたくないことをしっかりと隠していくつもりだ。
「……ち、ちなみにそれを私が断ったら?」
「申し訳ないけど、ここで死んでもらうよ」
「ミ゛ッ」
僕の言葉を受けて神楽は体を震わせながら表情を恐怖の色で染める……それだけの覚悟で良くスパイになんてなれたな。
まぁ、一族の当主か何かに強制されたんだろうけど。
「あ、あわわ……ま、まだ私は死にたくないれすぅ」
「なら、やるべきことはわかるだろう?」
「……う、うぅ、ご慈悲をぉ」
「それで良し」
僕はほんのわずかに悩んだ後、すぐにこちらへと平伏した神楽の前で満足げに頷く。
スパイとしての姿勢と考えると神楽は落第点以下であるが、僕としてはこちらの方がはるかにありがたいね。
「よし。それじゃあ、そういうことで。これからも末永くよろしくね」
「あっ、はい。不束者ですが、よろしくお願いしますぅ」
その場で頭を下げ始める神楽から視線をすぐに外した僕は空になったカップとチーズが入っていたゴミをキッチンの方に持っていく。
「あ、あの……それで、私は一体どうしていたら?」
「ん?好きにしてれば?僕の邪魔にならないのであれば好きにしてなよ」
この女は定点カメラだ。
積極的に僕の邪魔を働かなければ何をしていても別にいい。
「えっ……?あっ、はい」
「それじゃあ、僕はもう準備しないと。今日、学校だから。朝ごはんは勝手に食べてていいよ」
「えっ、あ、朝ごはん……?わ、私ってば料理できなぁ」
「……あぁ、設定で作れないわけじゃなくて、リアルに作れないのね」
料理は作れないと話していた初対面の彼女の姿を脳内の片隅に思い浮かべながら僕は頷く。
「それじゃあ、適当に冷蔵庫から料理なくとも食べられるものを取って食べてて。僕は高校に行く準備をするから」
実は割と時間に余裕ないんだよね。
僕は早々に神楽との会話を切り上げて高校に行くための準備を始めていくのだった。
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