第5話ー2 VSジャゴス

 


「はぁ……猫はいいな」


 隠し通路もさっきの部屋同様、ヒカリシダで覆われている。

 俺達はその通路を進んでいく――。

 

「いや何度も言うけど、アタシの祖先は獅子の獣人だからな!」

「ステラは猫は飼ったりしてないの?」

「……何故か私が近付くと、猫も犬も逃げてしまう」


 なんとなく想像できる。

 無意識に殺気でも出てるのだろうか。


「あっ、じゃあ1回。マタタビパウダーを試して見たら……」

「……1回全身に浴びて路地で待機した事がある。近所の子供しか寄って来なかった……」

「よしハナコ。このお姉さんにサービスしてやれ」

「いやアタシのが年上なんだけど」

「姉さん。次の部屋みたいだ」


 通路の終わりに木製の扉があった。

 年季は入っているが腐っては無いようだ。これも魔法か何かだろうな。


「鍵は……掛かってないのじゃ。中も……音はしないのじゃ」

「慎重に開けるぞ。少しでも引っ掛かりを感じたら、即退避しろ」


 これは扉に仕掛けられた罠を警戒している。

 例えば扉にロープが括られ、扉を開けたら罠が起動してしまう――矢が飛んでくるか、落とし穴か。


(あとは魔法的な罠だけど)

『少なくとも扉には魔力反応がありません』

「……よし」


 ステラが確認するが、どうやら何も無かったようだ。

 扉を開けると……そこはまさに研究所と呼ぶに相応しい空間だった。


 中央には大きな円柱の割れたガラスケースの水槽。

 壁の本棚には埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている。何やら怪しい本がたくさん詰まっている。

 よく見れば、この水槽は魔法陣の上に乗っている……明らかに何かの実験をした後のようだ。


「ふむ……やはり何かの魔道研究所があった訳か」

「って事はもうここが最奥? 何か宝があるかなー」

「うへぇ。本とかもうボロボロだな。昔なのに紙で出来てるなんて、珍しいな」


 各々部屋の中を探索し始めたので、俺も少し探してみる事にした。


 部屋の奥には、人物の絵画が額縁に入れられ飾られていた。

 かなりの年数が経っているのか、残念ながら崩れていて、顔までは判別できないが――名前に「ロベリア」とだけ書いてあった。

 他にも無いか探しているが……しかしジェイドの言う通り、本は湿気を吸いカビてボロボロだ。

 水槽のガラスも床に飛び散って危ないし……待てよ。


「なぁ、ステラ」

「どうした?」

「この水槽……外側に飛び散ってないか?」

「ふむ――ということは、何かがここから飛び出したのか」


 よく見ると床の魔法陣は一部が欠けていた。

 何かが抉ったような――そしてそれを視線で辿っていくと、1つの本棚が目に入った。

 特に他と変わりはないが、あえて言うなら本棚の前に、1冊の古びた本が落ちていたのだ。

 分厚く立派な装飾の本だ。他がボロボロに朽ちているのに対して、これはほぼ原形を保っている。


「姉さん。他は特に変わり無いようだけど――姉さん?」

『あの本からは微弱な魔力反応を感じます』

「ステラ、あの本からは――」

「あぁ。あの本は怪しいな――」

「あッ! こんな所に高そうな本が落ちてるのじゃ」

 

 ハナコがひょいっと拾ってしまう。


「ちょっ、ハナコ! その本は――」

「え、この本がなんなのじゃ?」


 さらに中身を確かめようと開くハナコ。


「あー!?」

『魔素反応が検出されました』


 その瞬間、本は紫色のオーラに包まれ空中に浮き――中の魔法陣から黒い影が飛び出した!


「やぁぁぁっと出れたぁぁぁぁ!!」


 それは灰色の体毛に羊のような角、蛇のように鋭い瞳。人の形をしているが、手と足は蹄である。さらに尻尾まで生えている。

 俺の良く知る、悪魔のビジュアルそのままであった。

 

「悪魔だ」

「あぁん?」


 本棚のてっぺんに降り立つと、その悪魔はこちらを見下ろしながらニヤっと笑う。


「オレは悪魔じゃねー……そう、大魔族ジャゴス様とはオレ様の事よ!」


 ジャゴスの全身から黒いオーラを噴出され、強烈な圧を感じる。

 

 魔族は皆、その身体が魔素というマイナス魔力で出来ている。

 これは人の悪感情の集合体のようなモノで、それ故に相対した精神の弱い者は発狂してしまうこともある。

 さらに魔族は誰もが強力な魔法を操るという――以上、図書館調べ。

 

「……はいはーい質問」

「なんだ赤毛の人間!」

「なんでジャゴス様は、そこの本に封印されてたんだ?」


 ジェイドがハナコの持つ本を指差す。

 それを見たジャゴスが高らかに嗤う。


「ぎゃーはっはっはっ。そんなこと、これからオレ様に、食い殺される貴様らに教えてやる義理は無い!」

 

「……本に封印されるくらいだから弱いんじゃないか?」

「うーんこの本、書いてある内容的にそう高度なモノでは無さそうじゃ。こんなのに入ってたくらいじゃ、大した実力は無さそうじゃ」

「そもそも本当に強いなら時間掛けてでも内部から封印を解くらいは出来そうだしな……」


 ジェイド、ハナコ、ステラはジャゴスの方を向き、ため息をつく。


「「「なんだ弱いのか……」」」


「き、き、貴様らー!! このジャゴス様を見てガッカリするんじゃねー!!」


『魔素濃度の解析が終わりました。対象ジャゴスの魔力濃度はBクラス。魔族のランクとしては課長クラスです』

(課長か……魔族ってどうやって倒すの?)

『その身体の殆どをマイナス魔力素粒子で構成されている彼らは実体がありません。対処法は大量の魔力で攻撃するか、相手に大量の魔力を消費させることで弱体化させることが出来ます』

(なるほど)

『さらに人の悪感情を吸収して強力になるため、まずは敵に対してポジティブな感情で挑むことが大事になります』


「もう怒ったぞ人間共め……貴様ら――楽に死ねると思うなよォッ!!」

「白皇ビィィィィムッ!!」

「ぎゃぁぁぁぁあああああ!?」


 説明しよう。

 白皇ビームとは、白皇剣に魔力を溜め、一気に剣先からビームのように撃ち出す、俺の中距離攻撃技だ。


 ビームがいきり立ったジャゴスの背中に命中すると、案外痛かったのか凄い悲鳴を上げた。

 

「い、痛いじゃねーかそこの鎧のおま――」

「地に咲け、そして凍てつく楔となれ――スイトン=コオリゴケ!」


 ハナコが印と呪文を唱え、地面に両手を付く。

 そうすると地面に霜のようなモノが生え、ジャゴスに向かって高速で進んでいき――足に触れた瞬間。ジャゴスの半身が氷に覆われたのだ。


「ぎゃっ!?」

「紅炎、飛一閃!」


 剣先から弧を描くように炎の斬撃が、ジャゴスの首を切断する。


「ぐぇッ――なんだぁ、テメェら!?」


 飛ばした首は霧散し、すぐに元に顔が復元される。

 さらに凍った身体を瞬時に溶かし、後方に跳んで俺達から距離を取る。


「――ここの施設の古さから見て、お前は百年以上前に封印されたのだろう」

「だ、だったらなんなんだよ!」

「人間と魔族の戦いの歴史は、旧時代まで遡ると言われる――お前が封印されていた間にも、私達は進歩を続けていたんだ」

「な、何百年経とうが、人間が魔族に追い付ける訳、ねーだろう。が!」


 ジャゴスは口から黒いガスのようなものを吐き出し、俺らの視界を奪う。


「ステラ! 奴は逃げる気だ!」

「ぎゃっはっはっはー! 一旦退却して、力を蓄えたらまた殺しにプギャッ!?」


 ドンッ――と何かにぶつかった音が聞こえた。

 煙幕が晴れると、ジャゴスは透明なすりガラスのようなモノに阻まれていたのだ。

 ガラスには複数の円形の魔法陣が描かれており、それが魔族を遮る効果を発揮しているようだ。


「にゃ、にゃんだこりゃあ!?」

「ここは恐らく魔族の研究をしていたんじゃろ。お前は哀れにも人間に捕らえられ、そこの槽に封印され、一矢報いようと脱出するも、封印の本に閉じ込められてしまった……そんな所じゃろ」


 ハナコが封印の本を片手に、いくもの魔法陣を起動している。


「お、お前……この部屋に結界を張りやがったな!」

「ステラが言っておったじゃろ。昔ならいざ知らず……現代じゃ低級魔族殺しに結界は必須じゃ」

「お、おおオレが低級だとぉぉぉおお!?」


 ジャゴスが怒りに肩を震わせ、こちらに振り向いた瞬間――ステラが一気に距離を詰め、剣を振りかぶっている最中だった。


「散れ」


 ステラによる一撃により――ジャゴスは真っ二つになった。

 そして悲鳴もなく――この世から消滅したのだった。


  ◇◆◇◆◇◆◇


 

「はー疲れたのじゃ」

「みんなお疲れ様。はい、これドリンク」

「気が効くのぅ」

 

 ゲートから取り出せば、入れた時の温度に保たれているとか本当に便利だ。


「ふぅ――なんとか倒せて良かったな」

「かなり余裕そうだったけど……」

「あの魔族が予想以上にバカだったから倒せたが……あんなのでも、大規模攻撃魔法でも使われていたら全滅もあり得た」

「そんなの使われていたら、こんな結界どころか研究所ごと、どかーんじゃ」

「じゃあ、なんでアイツは使わなかったんだ?」

「自身のほぼ全ての魔素……それを魔力に使う必要があるからだ。自分の存在全てを賭けるという行為が、奴らは出来ない……価値観の違いか、思想的なものなのか……色々説はあるが、詳しくは分からないんだ」

「姉さん。やっぱりこの部屋に他の出入り口は無いみたいだ……この本が宝なのかなぁ」

「まぁこの研究所も歴史ある建造物として価値のあるものだろう。後でギルドにはそう報告しておく」


 みんなが帰ろうとしている中――俺は本棚にある、装飾の整った比較的綺麗な1冊の本をゲートに仕舞いこんだ。

 ニーアに聞いても魔力的な反応は無かったので問題は無いはず。


(他はボロボロなのにコレも綺麗だな……後で読んでみよう)


「よし、帰るか」


 こうして俺達はオッサン冒険者達からの依頼は達成できた。

 ちなみにあの封印の本を宝として持ち帰ったが、案の定オッサン達は興味を示さなかった。

 

「これは国立魔道研究所に送っておいてくれ」


 ステラがラーナに本を手渡す。

 俺のテーブルでは、いつものような光景が広がる。

 

「よーしニーチャン達! 今日は俺達が奢ってやるぞ!」

「おーオッチャン! 気前が良いのじゃ!」

「がっはっはっはっ!」

「よーしお疲れ様! オレは女の子の所に――」

「ジェイド、私も奢ってやるから飲むぞ!」

「ぎゃー」

 

  ◇◆◇◆◇◆◇


「で、例の本持ち帰って見たんだけど」

「あ、ネコババなのじゃ」


 俺達は自室に戻り、例の本をゲートから出してみた。

 見た目は封印の本に似ても似つかない。

 俺はテキトーなページを開いてみる。


「うーん……」

「どうなのじゃ?」

「……読めない」

「えぇ――あ、ホントじゃ。これは古代の文字じゃのう……全く読めん」

(ニーアの翻訳なら読めると思ったんだけどなぁ……まぁ一応持っとくか)


 この時、俺は知らなかった――ニーアが意図的に翻訳機能に制限を掛けていたことを。

 しかもそれを知るのは……そう遠くない未来の出来事の後だった。


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