第4話ー4 弟の心


 俺達が控え室に戻ると、テッカンが飯を食っていた。

 

「で、なんやっとん父ちゃん」

「何って少し早いが昼飯食ってんだよ」

 

 ちなみに酒も飲んでいる。

 

「はぁ……ウチがシリアスな空気で気分が落ち込んどる時に……」

「何があったんだ? 他の奴らの作品なんて見てもしょうがねぇだろ」

「……ダイアーが出場しとった」

「そうか……アイツもデカくなったのぉ」

「デカくなったのぉ――じゃないやん! 父ちゃんの今までのやらかしに、ダイアーめっちゃ怒ってるんよ!」

「……もしそんな気持ちで武器作ってるんなら、まだまだ半人前どころかヒヨっ子よ」

「はぁ?」

「次は昼からだから、お前らも飯食ってこい。儂は少し寝る」

「ちょ、父ちゃ――」

 

 無理矢理部屋から押し出され、鍵まで掛けられた。


  ◇◆◇◆◇◆◇


 

 定食屋のテーブルに着き注文をして、ルビィはその小さな頰を膨らませながら、飯を食べる。

 

「なんやねんあの態度!」

「まぁこういうのって子供と親じゃ目線違うって言うしなぁ」

「そんなん分かっとるねん!」

 

 プリプリと怒りながらパンを千切って口に頬張っていく。

 このままでは延々と愚痴を聞かされそうなので、別の話を振ってみる。

 

「ええっと――コンテストは昼からはどんな内容なのか知ってる?」

「昼から? ……例年だと、とにかく硬いもんを壊せって内容かな。去年は確か、魔金剛石っていうめちゃくちゃ硬いヤツやったけど」

「それってみんな壊せたらどうするの?」

「絶対みんなはムリムリ。壊せるのはウチらとゴッチンさんと、後は居ても1人か2人くらいやろ」

「そこまて硬いのか……ちょっと不安になってきた」

「使えるんは魔力纏オーラとエレメント攻撃くらいで、他の道具とか魔法は禁止やからな。あくまでコンテスト用の武器だけ使うんや」

「分かってるって」

 

 そうやって食事を取っていると、にわかに店内がざわめき出す。

 

「ん?」

「おぅ、テッカンとこの娘と冒険者か」

「ゴッチンさんやん」

 

 俺らの横のテーブルに座ったのはゴッチンと、全身黒と赤を基調とした鎧兜に身を包んだ謎の人物だった。

 その鎧兜も、日本で戦国時代の“大将”が着ていたようなデザインの甲冑だ。

 この世界には俺みたいな異世界転生者や転移者が、まだ何人も居るんだろうか――と思い眺めていたら、鎧兜はこちらの目線に気付いたようだ。

 

『お、お前は――』

「ん?」

『――な、なんでもない』

 

 しかし見れば見るほど日本の甲冑によく似てる。兜なんて三日月を模した装飾を付けているが、顔の部分は黒いマスクを付けていて中の人の表情は見えない。

 店内なのに脱がないんだろうか――傍から見れば俺もだけど。

 俺が見ているのに気付いたのか、少し顔を逸らす鎧兜の男。

 

「ゴッチンさん、その方はモデル役の冒険者なん?」

「そうだよ。ねーちゃんまずは酒だ!」

 

 ねーちゃん、というには歳が若くない――しかし若い頃は絶対美人だったという感じのウェイトレスさんがお酒を持ってくる。

 

「というかソレってコンテストに出してた武器ちゃうの? コンテスト中の持ち出しは禁止やで」

 

 侍が腰に提げているのは、やはり日本の刀によく似た形だった。

 

「阿呆。これはコンテスト用の武器のレプリカよ……しかしな、宣伝にはなる」

「宣伝……まさか!」

「そうさ。次の次、最終戦は審査員と観客による決戦投票……こうして街中を歩いたりして武器の存在感を示すのも作戦よ」

「セコいな!」

「セコくないわ! それ言ったらその男も似たようなもんだろ! 初代勇者の鎧のレプリカなんか着てアピールしおって!」

「……なるほど、一理あるやん! ちょっとヨーイチ君、散歩して来ようか」

「あ、真似するんじゃねぇ!」

「うっさいわ!」

 

 ゴッチンとルビィの喧嘩を余所に、黙々と飯を食べる俺と、俺から顔を逸らしながら飯を食べる鎧兜であった。


  ◇◆◇◆◇◆◇


「アムル、顔出しに来たよ」

「ヨーイチさん!」

 

 美術館の外の出入り口で俺を出迎えに来てくれたのはアムルであった。

 いつかのエプロンドレスではなく、パリッとした美術館の制服に着ているので、少し大人びて見える。

 

「見ましたよ! 友達に誘われてコンテスト見に行ったら、ヨーイチさんが剣でピカーってやってて……凄いびっくりしました!」

「ふふーんって、俺もあんなに光るとは思わなかったけどな」

「ステラさんとジェイド君は元気にしてます?」

「2人共元気過ぎて困るぐらいだよ。今はギルドマスターが王都に来てるはずだから、ステラはお留守番なんだ」

 

 こっちに来る時、ステラに凄い謝られた。

 

「そっかぁ……良かった」

「仕事は順調?」

 

 アムルは美術館の職員になる為に王都に来たのだ。

 

「はい。ヨーイチさんも、美術館観て行きませんか?」

「ごめん。俺これから午後の部があるから……」

「あっ、そうだよね……頑張って下さい!」

「絶対また来るから! 嘘ついたらハリセンボン飲ませてくれていいから!」

「なんですかそれ」

 

 アムルの笑顔を再び見れて良かった……ヘビーな気持ちも軽くなるってもんだ。


  ◇◆◇◆◇◆◇


『さぁ午前の部を勝ち残ったのはこの21人だ!』

 

 ステージ上にズラッと並んだ職人や冒険者達。

 俺の横には鎧兜が、1番遠い位置にはダイアーもいる。

 ステージの周囲を取り囲むかのような大きな麻布に包まれた3つの何かが凄い気になる。

 

『午後からは恒例の岩砕きの時間だが、今年は20回記念という事で、特別にこのようなモノを用意しました!』

 

 MCの合図と共に布が剥ぎ取られ――それは半透明に透き通った巨人であった。

 

「なんだ!?」

「魔道ゴーレムか!?」

『その通り、これは我が国が誇る魔道ギルドの最高峰”グランデ=オイサースト"が自信を持って創り出した、最硬の魔道鉱石ゴーレム”ハルト"です!』

 

 驚きのまま固まってるみんなを余所に、MCはさらに説明を続ける。

 

『これから7人ずつのグループに分けます。皆さんには既に、クジを引いて貰ってますのでその結果を発表します! まずダイアーさんは――』

 

 こうして3つのグループ振り分けられたが、俺はダイアーと同じグループになってしまった。

 

(うわ、こっち凄い睨んでる……なんかこっちに来るし)

 

「先ほど通路でお会いした方ですよね。改めて自己紹介を……ボクはダイアーといい鍛冶職人と冒険者の兼業をやっています。姉がお世話になっているようで……後、テッカンの息子です、一応は」

「よ、よろしく。俺はヨーイチで銅5級の冒険者だ」

「あ、これは失礼しました。ボクは鉄4級です」

 

(普段は関西弁じゃないのか……)


 と思いつつ握手を交わす。

 

「……アナタに恨みはありませんが、あの男の作った武器より、ボクの方が優れていると証明して見せますんで――」

 

 握った手の握力が強くなってくるが、これには俺も負けてはいられない。

 さらに強く握り返しながら、

 

「そうやって意地を張ってると、視野が狭くなるぜ」

「ご忠告どうも……では後ほど」

 

 端からは朗らかに握手をしたように見えたかもしれないが、俺の指は変形寸前だ。ハーフドワーフの握力怖い。


  ◇◆◇◆◇◆◇

 

 まず第1グループの試合が開始された。

 ちなみに俺は第2グループ、あの鎧兜は第3グループである。

 

 ステージ上にゴーレム1体対参加者7人でバトルが行われる。制限時間は15分。

 事前登録した武器以外を使う、武器が破壊されてしまう、他の参加者を意図的に攻撃した場合、ステージから落ちてしまうと失格になる。

 早い者勝ちでゴーレムのコアを破壊した者の勝ち。誰も破壊できなければ、1番ダメージを与えた者が勝ち抜けとなる。

 

「ていやー!」

「はぁっ!」

「そい!」

 

 職人や冒険者達はそれぞれの自慢の武器に魔力を込め、斬ったり突いたりしているが全然ダメージが入らない。

 

「ま”」

 

 ゴーレムの鳴き声と共に拳が振り下ろされ、ステージの床のタイルが破壊される。

 正直スピードは遅いので、避けるのは簡単だろう。だがこちらもダメージを与えられなければ意味が無い。

 

「この野郎……これならどうだ!」

 

 冒険者の青年が槍に風のエレメントを巻き付かせるように纏わせ、それで全力でゴーレムの胸を突くが――バキっと乾いた音と共に槍の柄の部分が折れてしまう。

 

「あっ」

『はいお疲れ様でしたー。失格の方は迅速にステージから降りて下さい』

「とほほ……」

 

 そして15分が経過するが、始まる前と比べて傷が全く付いていないように見える。

 

『ここで終了ー! 判定は……これは厳しい。皆さん失格です! 計測できるほどダメージが入ってません!』

 

「ふざけんな! 去年だってヒビくらいは入ったんだぞ!」

「こんなん人間には無理だろ!」

「オレはずっと準備してきたんだぞ!」

『皆さんお気持ちは分かりますが落ち着いて下さ――あれ?』

「オースイマセン! アナタの剣、ちょっと借りますネー」

 

 ウルフが文句を言っていた冒険者の剣を拾うと、何度か素振りを行い――。

 

「フム」

 

 ゴーレムへと向き合い、一瞬にして姿を消し――ゴーレムの胸元を突いていた。

 剣は深々と突き刺さり――コアを破壊した。

 と、同時に剣の方も折れてしまった。

 

「ま”ァ!?」

 

 ゴーレムは手足と身体がバラバラと崩れ、そのまま倒れてしまった。

 

「おっと……出来がイマイチですネー。耐久も弱く、魔力反発も抑えられていない。ウム、来年もガンバってくだサーイ」

『な、なななんと! ウルフ様が参加者の剣を使って倒してしまった!』

「今のは剣の出来がイマイチなのでちょっと本気出しました。素晴らしい武器であれば、もっと楽に倒せマース」

『これは残りの参加者にはヒントになったのか!? 第1グループの皆さんが、もしこの結果に不満があるならまたゴーレムご用意しますが!』

「いや、いいです……」

「来年頑張ります……」

「ハイ、ガンバってくだサーイ」

 

 ウルフは上機嫌に審査員席へと戻っていった。

 何者なんだろうか……。


  ◇◆◇◆◇◆◇

 

『それでは第2グループの皆さん……ヨーイ開始!』

 

 今度の参加者達はみんな様子を見ているようだ。そりゃあんなに硬い所を見せられたらな――と思っていたら1人の青年が前に出る。ダイアーだ。

 

「ボクが、取る!」

 

 ライジングを構え、まずは遠心力を利用した1撃をゴーレムの頭に加える。

 

「ま”」

 

 攻撃が痛いと言わんばかりにガードしようとするが、攻撃の軌道は変幻自在。動きが遅いゴーレムでは捉える事が出来ない。

 

「よしッ」

 

 ライジングを1度手元へ戻し、今度は螺旋状に形状を変え――バネが伸びるように、一気にゴーレムの胸元へ攻撃する。

 身体の一部が少し、亀裂が入ったように見えた。

 と、そこで観客席から野次が飛んでくる。

 

「なにボサっと見とんねん!」

「いやぁ。凄い攻撃だなって」

「アホか!」

 

 ダイアーの猛攻に見ていた他の参加者も行動を開始する。

 

「あの小僧が亀裂を入れたぞ! アレを狙うんだ!」

「食らいやがれ!」

 

 それぞれが攻撃を開始するが、その瞬間にゴーレムの眼の色が変わった。

 

「ま”ま”ま”」

 

 これまでと同様、こちらに攻撃を仕掛けて来るのだがとその速度が徐々に速くなっている気がする。

 

「これは――」

『ゴーレムに傷が付いた事で、攻撃モードに移行しました! なんと行動速度が段々と上がるので、早めに破壊しなければ手が付けられなくなります!』

「なん――ぐぇぇぇええ!?」

 

 参加者の1人がゴーレムの裏拳を食らいステージ外どころか観客席の手前まで吹っ飛んでしまった。

 

「チッ」

 

 ダイアーは再び変幻自在の軌道でゴーレムの亀裂を狙うも、今度はガードが間に合ってしまう。

 

「だったら、これはどうだ!」

 

 ライジングが今度も胸元を狙うと見せかけ、ゴーレムの左腕に絡み付いた。

 

「ま”」

 

 しかしこれではゴーレムに引っ張られ場外まで飛んでしまうと誰もが予想しただろう。

 

「ナメんなや――誇り高き、ドワーフの腕力!!」

『なんと! ダイアーとゴーレムの力が拮抗してる? そんなアホな!?』

「動い、てる以上、関節があるはずや……」

 

 ライジングで左腕を縛りつつ、鞭の先を操り腕の付け根を狙うようだ。

 

「もう、ちょっと……」

「ま”ッ!!」

 

 そうはさせないと、ゴーレムは右腕でステージのタイルを剥ぎ取り、そのままダイアー目掛けて投げてきた。

 

「しまっ!?」

と、そこで俺が割って入った。

 

 タイルを背中で受け、なんとかタイアーを守る。

 どうやらさっきの攻撃の瞬間に鞭が緩み、解かれてしまったようだ。

 

「ま”!」

「何してるんですか! ボクのこと、構ってる暇なんて無いでしょ!」

「だってお前が怪我したら、姉さんと父さんが心配するだろ?」

「姉ちゃんはともかく。あの男はボクのことなんて気にも掛けませんよ」

「そうか? でもお前は父さんの事が好きなんだろ」

「はぁ?」

「わざわざ同じ鍛冶職人になったり、ドワーフの力の事を誇りに思ってたり……あくまで職人として勝とうとしたのは、お前が父さんの事を認めてるからだろ」

「違う……あんなヤツなんか」

「そこで見ててくれ。お前の父さんの武器の、出来栄えをな!」

 

 俺は背中から剣を取り出し、正面に構える。

 ゴーレムは俺らが話している間に他の参加者達を一掃してしまったらしく、もうステージ上には2人だけだ。

 

「さてニーア。俺はどのくらいダメージ与えたら良い?」

『計算上は――指定した箇所に指定した魔力を乗せた攻撃を行って下さい』

「よし、まずは右腕からだ!」

 

 俺は脚に溜めた魔力を開放し、脇をすり抜けてゴーレムの後ろに回る。

 

「早いッ!?」

「ま”」

 

 ゴーレムの即座に、右の裏拳で攻撃してくるが――。

 

「遅い!」

 

 魔力を少し込めた1撃を右腕に加え、軌道をズラした。

 

「ま”?」

 

 さらに背中へ攻撃を複数回加え――剣の腹で思いっきり片方の脚を叩いた。

 

「フンッ!!」

「ま”あぁぁ」

 

 バランスを崩し背中から倒れるゴーレム。ステージから上半身が飛び出し、なかなか起き上がれないようだ。

 

『凄い、凄い猛攻だ! しかしもうすぐ制限時間が来るぞ! トドメを刺すなら今だ!!』

「いや、もういいかな」

『はい? ――あ、時間が来ちゃった。ここで終了だぁ!』


 観客席からはまばらな拍手。

 あとルビィの野次が飛んできているが、今は無視をする。

 

「な、何してんだよ。あんなに芸当、簡単に出来るなら……」

 

 MCはスタッフから受け取ったデータを見て驚愕の声を上げる。

 

『判定は――おおっと? これはどういう事だ!?』

「なんだ?」

『なんとダメージは全く同じ! これは……どうしましょうか』

「規定に則れば、勝負はドローで再試合になるようですが……第1グループに勝ち抜いた方はいらっしゃらないようなので、もう決勝に上げればいいでしょう」

『ウォルコット殿……では他の審査員の方も、よろしいと……はい! 判定の結果、ヨーイチとダイアーの両名が決勝進出だ!』

 

「よーし、なんとか計算通り」

「なんでこんな事を――ボクに恩でも売ったつもりですか」

「だってまだ納得出来ないんだろ? だったら、決勝で白黒着けようぜ」

「……分かりました」

『おっと両者の熱い握手だ!』


  ◇◆◇◆◇◆◇


「ってアホかーー!!」

「うおっ!?」

 

 控え室に戻るなりルビィのドロップキックが飛んでくるが、寸前で避ける。

 

「ヨーイチ君、勝てたよね。ズバッと斬れたよね!」

「ズバッと斬れそうだったけど、あそこで斬っちゃうとダイアーの奴、絶対納得しないだろうなって」

「それはウチの家の問題や! コンテスト優勝せんと借金も返せへんの忘れてない!?」

「…………あっ」

「アホーーー!!」

 

 ルビィが頭を抱えるが、テッカンは特に気にせず酒を飲んでいる。

 

「ヨーイチ……済まなかったな」

「いえ……」




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