第29話 救出をあなたへ
「あんた、名前は?」
「クライです。船長さんは?」
「ブランクだ。よろしく頼む」
いつまでも『あんた』と『船長さん』呼ばわりだと作戦に支障をきたすかもしれないので、まずは互いに名乗っておく。
「それで、ブランクさん、ロクさん救出に向けたプランは何かあるんですか?」
「ねえ! 速攻行って、速攻助けて、速攻退散だ」
「了解しました」
作戦名『ラン&ガン』ってわけだな。なんだかんだでそれが一番良さそうだ。
「とにかくヤツが甲羅干ししている間に終わらせちまわねえとならねえ。次に潜られたら、もうロクは助からん」
速さと早さが命だな。
「遠回りしている時間が惜しいから、このまま真っ直ぐ、ヤツの甲羅の真横に船をつける。クライ、あんたは甲羅に上ってロクを助け出してきてくれねえか?」
「りょ、了解です」
正直言って自信なし。始原魔法を使えると言っても、その他の部分はすべてが日本人成人男性の平均並みだ。あんな馬鹿でかい甲羅をどうやって登って、どうやってロクを救出すればいいんだ?
などと考えている時間はどうやらなさそうだ。大量の水しぶきを上げながら船は爆速で進み、あと五分もかからず接敵しそうな勢いだ。出たとこ勝負で行くしかない。
「まずい、クライ! 気付かれた!」
まずいも何もこれだけ派手に近づいていけば、気付くなという方が難しいだろう。だから、それは仕方がないとして、次にスピノタートルがどう出てくるかが重要だ。
取るに足らないものとして見逃してくれるのが一番だが、それは楽観が過ぎるだろう。次点は、俺たちを敵と認識して襲ってくること。最悪は逃亡のために水に潜ることだ。
見逃してくれないのなら、せめて襲ってきてほしい。ゆっくりとこちらにワニ顔を向けるカメに向かって、俺はそんなわけのわからないことを願う。
しかし、そんな俺の願いも空しく、スピノタートルは顔を水につけると、そのままゆっくりと水中へと潜っていってしまった。
「クソッ!」
船を止めたブランクが船の縁を思いきり叩く。
「クソッ! クソッ! どうすりゃいいんだ!」
いかに水魔法が使えようとも、水の中までは救出に行けないし、あれだけの化物との水中戦などなおさら無理だ。しかし、まだ何か方法はあるはずだ。ここで思考を止めては——
ゾワリ——
一瞬背筋に悪寒が走った。
俺が感じたのは、嫌な予感などといった曖昧なものではなく、はっきりとした危機だ。
「全力前進! 今すぐ!」
俺の怒号にも似た指示に、即座にブランクは全力で船を走らせた。その直後——
ザバアァァン!
ついさっきまで船があった場所の真下からスピノタートルが飛び出してきた。
ふう……危なかった。今のは冷や汗出たぜ。
もしあの場所に留まっていたら、船は木っ端みじんで、俺たちは今頃カメの腹の中ということになっていただろう。黒い靄の気配を感じ取り、間一髪のところで回避できたのは僥倖だった。
さらに僥倖と言えば、もう一つ。水中に潜ったときか、あるいは、飛び出してきたときか、運良く甲羅の棘から解放されたロクが水面に漂っていた。
「ロクさんを発見! 渡船場に向かって二時の方——」
いや、これじゃあ伝わらない。この国には時計というものがないからだ。
「渡船場に向かって右斜め前方! 急いで回収を!」
俺の指示でブランクが再び船を走らせる。
しかし、首尾よくロクを救い上げ、あとは撤退するのみといったところで、待っていたのは、ワニのような口を大きく開けたスピノタートルだった。
「罠か!?」
俺たちはエサに食いついたエサだったってことか。もう退避は間に合わない。
「
眼前に迫り来る鋭い円錐状の歯に長杖を向けて叫ぶ。白く輝くシールドが瞬時に展開し、すべてを貫く、あるいは、すべてを噛み砕くようなスピノタートルの上顎を受け止めた。
「ふう、何とか間に合ったか」
始原魔法光盾も出発前にあらかじめ開発しておいた魔法の一つだ。
正直、この魔法がなければ、この救出作戦に同行することはなかっただろう。本気の一撃ではなかったとは言え、ラッツの斬撃を受け止められただけあって、その強度にはかなりの自信を持っていた。
しかし、安心はしていられない。スピノタートルは見えない障壁に向かって何度何度も噛み付き、その鋭く尖った歯を立ててくる。
今のところ障壁の強度こそ問題はないものの、一瞬でも気を抜けばあっさりと喰われてしまう。
「ブランクさん! 俺が止めてる間に、こいつを仕留められるような魔法をお願いできませんか?」
「馬鹿言うな! 俺は船乗りなんだ。そんな大魔法は使えねえ」
そりゃそうか!
しかし、このままじゃジリ貧だ。逃げ出したところで水中ではこいつの方が速い。さっきみたいに潜られて奇襲を仕掛けられても厄介だし、できればここでとどめを刺すか、せめて戦意を挫くぐらいはしたいところだ。
「ぶっつけ本番だが試してみるしかねえ」
右手から左手に杖を持ち替え、左手でシールドを維持する。そして、空いた右手に意識を集中させプネウマを集めていく。
試すのは始原魔法の並行行使。
「くっ!」
しかし、右手に意識を移した瞬間、スピノタートルの歯がバリアに食い込み始めた。明らかに強度が落ちてしまっている。
俺はバリアに意識を戻し強度を立て直す。
「もう一度だ」
今度はバリアに意識半分、右手に意識半分。
バリアは幾分強度を落としているが、この化物を屠ることができるだけのプネウマが集まるまでもってくれればそれでいい。
「まだだ。まだ足りねえ」
右手には少しずつだが確実にプネウマが集まってきている。だが、まだ足りない。そして、遅すぎる。このままでは俺の体力の方がもたない。
ただでさえ始原魔法の並行行使は初めてだというのに、この状況でここまで繊細な操作が求められるのは無理ゲーが過ぎる。
くそっ! こんな事態を想定してちゃんと訓練しておくんだったぜ。しかし、泣き言を言ったところで、状況が改善するわけではない。
ここで俺はふと渡船場の方を見た。
桟橋の上では、ルシュが跪き、両手を胸の前で組んでいた。
「律儀なやつだ。ちゃんと祈ってくれてるんだな。だったら泣き言は言っていられないよな!」
俺がここでしくじれば、あそこにいるルシュにまで被害が及ぶかもしれない。それだけは絶対ダメだ。
守るべき対象を再確認した俺は雄叫びを上げた。
すると、それに応えるように俺の体が白い光で包まれ、同時に右手には溢れんばかりのプネウマが集まってきた。
これなら、いける!
「いっけええぇえ!」
絶叫ととともに握った拳をカメの頭を目掛けて突き出した。
放たれたプネウマが白光を放つ槍へと姿を変える。
そして、次の瞬間にはスピノタートルの頭部を丸ごと飲み込み、そのまま空の彼方へと消えていった。
「やったか……?」
常識的に考えて明らかにフラグなのだが、それでもそう言いたくなる気持ちが心の底から理解できた。
敢えてフラグを立てた上で、何事も起こらなければ、それは本当にやったと言っていい。それを確認するためのフラグ立てだ。
頭部を失ったスピノタートルはバランスを崩して甲羅を下にゆっくりとひっくり返りながら、首から真っ赤な血をまき散らしている。
どうやら本当にやったようだ。そこでようやく俺は一息入れると、雨のように降り注ぐ血を始原魔法光盾で受け止めながら、腰を抜かしているブランクに声をかけた。
「ブランクさん、終わりました。戻りましょう」
「な、何が起こったんだ……? カメの頭が急に消えたんだが……」
まあ、プネウマが見えなければそういう反応になっちゃうよね。
「魔法ですよ。さあ、戻りましょう」
説明し難いことを説明するとき、『魔法』って本当に便利な言葉だよな。
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