第22話 運命をあなたへ①

 荷造りを終えて、いよいよ出発を明日に控えた午後。夜には用事を一件済ませた後、アークのみんなが送別会を開いてくれる予定になっていた。

 それまでの間の暇つぶしをかねて、思い出の詰まったこの街をぶらぶらと散策していると、アイリスと初めて出会ったかもめ広場で市が開かれているのを見つけた。


「また蚤の市でもやってるのかな?」


 最後の掘り出し物でも見つけていくのもいいかもしれないな。


 そんな軽い気持ちで広場へと入っていく。

 しかし、そこには俺が想像していたような露店は一つも見当たらない。というか、露店そのものがなかった。その代わりにそこにいたのは、ヒッチハイクをする青年が持つようなプラカードを手にした人たちだった。


「あの、すみません。これ何やってるんですか?」


 俺はすれ違う人に尋ねてみる。


「人頭市だよ。初めてかい? まあ、中に入ってしばらく見ていれば、だいたいわかるよ」


 見ず知らずのその人は気さくにそう答えて、広場から出ていく。その後ろからは、プラカードを持った青年がついていく。


 人頭市——言葉の響きだけからすると、人の売り買いをするということなのだろうか?

 現代日本で生まれ育った俺からすれば、あまり馴染みのないというか、なんなら嫌悪感さえ抱くものだが、よくよく見てみると、この世界ではどうやら様子がだいぶ違う。


 売る側が手にしているプラカードには、名前、提供する役務、労働条件や契約期間、そして金額が書かれている。それを見た買う側がその条件に納得すれば契約が成立するというもののようだ。

 人身売買というよりは、感覚的には、セルフプロデュースの人材派遣業みたいなものに近いかもしれない。


 せっかくなので、俺は少し市を見ていくことにした。

 この世界の職業や就労の仕組みの勉強にもなるし、場合によっては次の街までの道案内を一人雇用してもいいかもしれない。火魔法や水魔法が使える者がいれば、それだけで旅の難易度はぐっと下がることだろう。


 俺はぶらぶらと歩きながら、市を眺める。

 老いも若きも、男も女も様々な人たちがプラカードを持って立っている。

 とりあえず参考として、その中の一人の女性の持つプラカードをじっくりと見てみることにした。四十代ぐらいのふっくらとした女性だ。


 ジュディ。家事全般。十年。金貨一千枚。そう書いてある。


「あら、わたしを買ってくれるのかい?」


「いえ、すみません。初めてなもので。少し不躾でしたね」


 さすがにジロジロ見るのは失礼だったか。反省、反省。


「いいや、構わないよ」


「でしたら、一つお聞きしてもよろしいですか?」


 せっかくなので、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。


「家政婦のような仕事をされるということですよね。普通に家政婦として雇われるというのとどう違うのでしょうか?」


 この街には家政婦として働いている人はたくさんいる。たしか商業組合でも斡旋したりしてたんじゃないだろうか。


「家政婦として働くって意味では違わないね。実際、今はそうして働いてるしね」


「では、どうして?」


「そりゃあ、自分で自分に値をつけられるんだよ。自分で決めた条件で、自分で値段を決めた方が納得がいくだろう? ま、それで買ってくれる人がいるかどうかは別だけどね」


 女性はコロコロと楽しそうに笑う。


 なるほど。

 需要と供給の関係の中で、需要側が条件を決めて供給側が選ぶのか、その逆に、供給側が条件を決めて需要側が選ぶのか。その程度の違いしかない、ということなのだろう。

 むしろ、自分の強みを理解して、そこに正しい評価を加えられるのであれば、自らの望む条件にマッチする分、人頭市で仕事を得た方が働き方としては幸せかもしれない。少なくとも、現代に日本において社畜と呼ばれるよりは。


「あのう、よろしいですか?」


 後ろから声をかけられて振り返ると、身なりの良い老紳士が立っていた。

 どうやらこの女性と話がしたいようだ。

 俺は女性に礼を言って、その場を後にする。




 俺の就活って何だったんだろうな……

 そう物思いに耽りながら、再び人頭市を眺めて歩く。

 よく賑わっている人のところもあれば、プラカードを一瞥しただけで客に立ち去られるような人もいる。自己評価と相場がマッチしているかどうかというところが如実に表れていてなかなか面白い。


 しばらく行くと、前方に一際大きな人集りが見えてきた。

 よっぽど人気者なのだろう。一目だけでも見ていこうと、いつもの好奇心に駆られて、俺は人集りの方へと向かう。


 後になって考えれば、この好奇心が全ての始まりだったと言えるだろう。


「おお! 黒髪の兄ちゃんまでいるぞ!」

「こりゃ、とんでもなく珍しいな!」

「こっちだ、こっち!」


 人集りの最後方で中を覗き込んでいた俺は、いつの間にやら、男たちに手を引かれ、囃し立てられながら、人集りの中心へと躍り出た。


 かくして、運命の邂逅は果たされたのだった。

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