第20話 積荷をあなたへ
「やっぱり冒険者組合に加入して、冒険者としてやっていった方がいいんじゃないか?」
俺の魔法のお披露目会の後、そんな話題が持ち上がった。
唯一無二の始原魔法が強力な武器になることを考えれば、そういった意見が挙がること自体には納得できる。超一流冒険者パーティのアークのみんなからそう言ってもらえること自体が身に余る光栄だと言ってもいい。
それでも俺は、冒険者への誘いを固辞することにした。理由は大きく二つある。
一つは、始原魔法が使えるようになったとは言え、それでも俺自身が普通というか、平凡だということだ。
昔から野球をやってはいたが、あくまで俺は平均的日本人二十代男性並みの身体能力しか持ち合わせてはいない。
ミットのような敏捷性も、ドットのような耐久性も、ロッサのような技術も、ラッツのような判断力も、何一つ持っていないのである。
理由は二つあるとは言ったものの、これだけでも冒険者を諦めるには十分足りる。
敢えて二つ目を挙げるとすれば、と言うよりもこちらの方が俺の本音なのだが、正直俺は、戦闘は好きではない。初心者の練習用と呼ばれるヌードラビットでさえ怖いのだ。
魔物が存在するこの世界では、否が応でも身を守る戦いをやる必要はあるだろうが、それ以外のところでは、俺はできるだけ平穏に旅をしていきたいのだ。
と、まあ、そういうわけで、改めて行商人として旅をすることを決め、今日は積み荷を確保するために青果市場に赴いている。
「積み荷を確保してしまえば、君もいよいよ行商人か。少し寂しい気もするね」
今日の付き添いはラッツだ。もう付き添いは必要ないとは言ったのだが、「もうすぐ旅立ちだから」とわざわざ時間を作って付いてきてくれた。
ハウスキーパーとして雇われた臨時メンバーだったが、仲間として接してくれたみんな、特にリーダーのラッツには感謝しかない。
「それで、最初の積み荷は何にするのかは決めているのかい?」
「ああ、主力商品はもう決めてあるんだ」
行商人なのだから当然ある街から次の街へと行って物を売るわけだが、その基本戦略は、今いる街で供給が多い物であって、なおかつ、次の街で需要が多い物を積み荷とすることだ。安く買って高く売る、まあ、基本中の基本だな。
ただこれにも多少問題がある。今いる街で供給が多い物ならきちんと街を見渡してさえいればきちんと分かる。問題は、次の街で需要が多いかどうかがわからないということだ。
例えば行商経路を固定しているベテランなんかは、ルート上の街のことを熟知していて、この時期であればどこで何が不足して、それを入手するにはどこがいい、なんてことを肌感覚で理解しているのだろうが、俺のような新参者や、初めての街に向かう場合なんかはそう上手くいくものではない。
そういう場合は、組合を伝手に話を聞いたり、同業者である行商人のネットワークから情報を仕入れるものだが、そういった同業者間で広く共有されている情報というのは、得てして旨味が少ないものである。
さらに言えば、悪意のある同業者から偽の情報を掴まされたりすれば、それだけで破産するなんてことだってあり得るのだ。
「商売の世界もなかなか厳しいものだね。で、クライの積み荷は?」
「まあまあ、見てのお楽しみだ」
別に勿体ぶるつもりはないんだが、せっかく付いてきてくれたので、お楽しみは後にとっておいた方がいいだろう。
さて、これから行商をやっていく上での俺の戦略はというと、ずばり『付加価値』の提供だ。
そもそも俺は、行商人の世界だけではなく、この世界の新参者だ。地理もわからなければ、気候も、それぞれの街の特産品なんかもわからない。真面目にやろうとするとものすごくハードルが高いわけだ。
では、俺の武器は何か。それは、元の世界に関する知識だ。要は、この世界にある物を使って、この世界にありそうでない物を作ったり、ありそうでない使い方を提案することで、付加価値による需要を喚起しようというわけだ。
ないのなら作ってしまえばいいのだ。
ただし、文化汚染はしないようには気を付けないといけない。あくまでこの世界の文明レベルの範囲内で存在していてもおかしくなさそうなものっていうのが許容ラインだ。そのあたりは慎重に判断することが必要になってくるだろう。
「さて、着いたぞ」
「これは……トウキビ?」
それを意外だと思ったのか、ラッツはやや驚いたような表情を見せた。
「よう、兄ちゃん、また来たな」
「やあ、おっちゃん、また来たよ。この前の話、考えてくれた?」
声を掛けてきたのはトウキビ農家のおっちゃん。彼の前には、畑でとれたトウキビの見本品が並べられている。
実は、すでにリサーチのために何度かこの市場を訪れ、いくつかのトウキビ農家に話をしていたのだ。それで一番話に乗ってくれたのがこのおっちゃんというわけだ。
「ああ! この前言っていた条件でいいぞ。うちのかみさんもそれでオッケーだってよ」
「よかった! それじゃあ、よろしくお願いします」
そうして俺とおっちゃんは固く握手を交わす。契約成立の証だ。
「それにしても兄ちゃんよお、あんた、行商人だろ? うちの畑一つ分のトウキビをまるっと買い付けても、荷馬車に乗りきれんのじゃないか?」
「いいんだよ。そのまま持っていくわけじゃないからね」
そう言いながら、俺は紙切れに羽ペンを走らせる。
「はい、これが俺の組合員番号。組合には俺の方から話しとくから」
「はいよ。受取は明後日でいいんだな?」
「ああ、午前中に取りに行くからよろしく頼むよ。それじゃあ、また!」
「おう、待ってるぜ!」
ほくほく顔のおっちゃんに見送られながらその場を後にしてすぐ、ラッツが早速疑問を差し込んできた。
「あれだけで終わりなのかい?」
「そうだよ。値段や支払期限なんかは前回提示してたからね」
この青果市場に限らず、この街の多くの市場では、今みたいな相対取引がほとんどだ。互いに互いの条件に満足できればその場ですぐに取引できるという点で、新参者の俺にとっては助かっている。
無一文でこの世界に来た俺だったが、アークのハウスキーパーとしての給金や同行させてもらった討伐依頼の報奨金の分け前なんかをコツコツ貯めて、なんとか行商人として出発できるだけの金を蓄えることができた。まあ、そのほとんどは先日荷馬車を購入してなくなってしまったんだけどさ。
なので、今回の仕入れにかかる費用は売掛だ。先に商品を受け取って、期日を定めて後払い。この世界に銀行振込なんてものは存在しないようだし、俺自身この街にすぐに戻ってくるつもりはないので、商業組合を介して支払いをすることになる。
俺が組合員番号を渡していたのはそのためだ。組合には手数料を取られることになるが、利便性もさることながら、組合の信用で売掛にできるっていうのは、俺みたいな新参者にとってはメリットが大きいのだ。
「もし払えなかったら?」
「組合が俺に代わって弁済してくれるよ。その分、利子付きで組合に借金することになるけどな。だから何が何でも全部売り切らないとな!」
「大丈夫なのか? 確かにこの街は青の大陸でも南方に位置しているし、トウキビは名産ではあるけど、畑一つ分となると行商で売り切るには多すぎるんじゃないか?」
最初の頃はどこか客人のような感じもあったが、今や互いタメ口で話をできるようにまでなったし、こうして仲間として俺のこと心配してくれている。
ずいぶん仲良くなれたもんだよなあ……そう考えると、少ししんみりしちゃう。
「でも、大丈夫だよ。一応、勝算はあるんだ。そうだ、もしよかったら、明後日の午後、ロッサの学校まで来ないか? 他のみんなも一緒にさ」
「ロッサの学校に?」
「ああ、そこで種明かしをする予定だから」
美味しい物も御馳走しちゃうぜ!
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