第19話 魔法をあなたへ
「ドット、ミット、いいわよ。何匹かこっちに逃がしてちょうだい」
ロッサの合図に、魔物を牽制していたドットとミットが応えると、彼らの隙間を縫ってヌードラビットがこちらに突っ込んできた。その数三匹。
初見のときにはずいぶんと腰が引けたものだが、今の俺なら大丈夫——なはず……
ロッサの学校を訪れてから数日後、俺は前回やったのと同様に、魔物への対応の訓練のため、アークの面々とともにヌードラビット討伐に来ていた。
ここ数日の特訓の成果をこの場でみんなに披露しようというのが俺とロッサの算段だった。
「本当に大丈夫なのかい?」
「た、たぶんね……でも、ダメそうだったらフォローをお願い」
気遣うラッツに、俺は引きつった笑顔で答える。
ヌードラビットは獲物に向かって一直線に突進する、名前に似合わず猪みたいなやつだ。そんな単純なやつだからこそ、初めての実践に相手に選んだわけだ。
まあ、それでも、やっぱり怖いという感情はなかなか拭いきれないものでもあるが……
「さあ、来やがれ! 特訓の成果を見せてやるぜ」
俺は右手に意識を集中させると、大きく振りかぶって投げる。投げるといっても投擲用の武器を持っているわけではない。シャドーピッチングの要領だ。
しかし、俺がその動作を終えた瞬間——
ドカン! ドカン! ドカン!
「おっと!」
「危ねえ!」
突如として飛んできたヌードラビットの巨体をドットとミットが慌てて回避する。見れば、頭部が爆ぜた魔物の死体が二体、彼らの足元に転がっていた。
よし、成功! 残る一匹は——
成功の喜びも束の間、慌てて目を戻すと、頭部の半分を失い、すでに絶命はしているだろうヌードラビットが、それでもなお最初の勢いそのままにこちらに向かって突進してきていた。
チッ! 少し逸れたか……
俺が急いで二投目の準備に入ろうとするが——
ズバン!
鋭い斬撃の音とともに、ヌードラビットがその場で急停止した。
「サ、サンキュー、ラッツ」
俺は感謝の言葉をかけるが、ラッツはその場で呆然としたまま、反応を示さない。ポカンと口を開けたまま、頭半分を失ったウサギを眺めている。
ふ、ふ、ふ。まあ、それもそうだろう。
「ク、クライ……まさか、これは君がやったのかい?」
「そうよ」
俺の代わりに答えたのはロッサだった。
「クライの魔法よ」
「魔法!? クライは魔法を使えないんじゃ……それに、僕には何をやったのかまったくわからなかったんだが……」
ラッツが驚くのも無理はない。向こうではドットとミットも驚いていることだろう。初めてこれに成功したときは、ロッサもそうだった。
まあ、一番驚いたのは俺自身だったということは言うまでもない。
白い光と黒い靄——ロッサとその話をしてから、俺には思うところがあった。
見えているこの白い光が魔法の素となるプネウマだとしても、プネウマを物質や現象に変換できない——つまり、神の加護を受けていなければ魔法は使えない。
しかし一方で、加護を受けていない魔物がミアズマを魔力として行使できているのだとすれば、似たようなことが俺にもできるのではないか、つまりは、今俺に見えているこの白い光を操ることができれば、俺にも魔法がが使えるのではないか、と考えたわけだ。
ちなみに、なぜ魔物と同じようにミアズマを使わないのかというと、パッと見た限り、ミアズマがほとんどないからだ。まあ、俺も一応人なので、魔物が使うミアズマよりも人が使うプネウマの方を使いたいという心情的な理由もある。
どちらを使うかという話は別として、要は、加護がないなら魔物みたいに魔法の素をそのまま使ってしまおうという、人間というよりは魔物寄りの発想だ。
そしてその試みはうまくいった。
意識して見てみれば、この世界は白い光で溢れていた。白い光が輝いて見えるのは、誰かが魔法を使うときに限った話ではなかったのだ。
魔法の発動時にはプネウマの密度が高くなるから意識せずとも気付くことができただけであって、しっかりと意識して見てみれば、その光は空を流れ、宙空を漂い、木々の隙間、野菜畑の上、食卓の下、至るところで煌めいていたし、道行く人々その一人ひとりが光を纏っていることにも気付くことができた。
そしてそれは、見えるだけではなかった。
その光——プネウマは、集めたり、飛ばしたり、形を変えたりと、俺の意思一つで自由に動かせたのだった。
そのことに一度気づいてしまうと、もうワクワクを止めることはできなかった。
この数日、ロッサの学校に入り浸り、魔法二万本の猛特訓を行ったのだ。
この世界に来てからというもの、知らないこと、できないことばかりで、毎日毎日基礎練習ばかりの俺にとって、魔法の練習は楽しかった。
そして今日、ようやくお披露目の場を迎えたというわけだ。
「な、なるほど……俄かには信じがたいが、これを目の当たりにしてしまっては、信じるしかないんだろうね」
ラッツ、そして駆けつけてきたドットとミットが、頭の爆ぜたヌードラビットを見やる。
「ねえ、クライ。これってどうやったの?」
「プネウマの玉をぶつけて爆発させたんだ」
「プネウマの玉をぶつける? どういうこと? てか、プネウマって概念の話じゃなかったっけ?」
疑問符だらけのミットだが、それも仕方がないことだろう。
普通に考えれば、俺の言葉なんてただの黒髪の世迷いごとだもんな。
「プネウマという物質で魔法を説明しようとした過去の偉い人は正しかったってことだよ。俺はどうやらプネウマを見ることも、操ることもできるみたいなんだ」
「そ、そっか……それはまた厄介な魔法だね……ってか、そんなことってできるもんだったんだね……」
「そうじゃな……厄介じゃな」
青ざめるミットの言葉にドットが冷や汗を垂らしながら首肯する。
「え? なんで?」
「見えないからだよ」
二人の代わりに答えたのはラッツだった。
「僕たちにはクライの言う白い球は見えなかった。たぶん、この魔物たちもそうだったんじゃないかな。見えなければ、避けることもかなわないどころか、気付いたときには頭が爆発しているわけだからね。厄介以外の何者でもないさ」
確かに。俺は見える側だから、あまりそのことを気にしたことはなかったな。
「これは新しい魔法の形——ということになるんだろうか……」
「いいえ、逆よ」
呟くラッツに、なぜかロッサがその立派な胸を張って答えた。
「クライの、この魔法こそがオリジナル。言うなれば『始原魔法』なのよ」
「し、始原魔法?」
「そう。今ある全ての魔法の原点がクライの始原魔法なの。私はそう確信してるわ」
ちなみに『始原魔法』という名の名付け親はロッサだ。
はるか遠い昔、まだ色がつく前の、最も古い魔法の姿。始まりの魔法——ロッサは俺の魔法からそんなことをイメージしたらしい。
「でも、これだけの魔法が使えるなら旅も大丈夫かもね」
「確かに俺にとってはいいことではあるけど、まだまだなんだよな」
魔法も剣と同じだ。良い物を持っているからといって役に立つわけではない。結局はそれを扱う人次第。今の俺では宝の持ち腐れもいいとこだろう。
「そういうこと。これから訓練あるのみよ。みんなもクライに協力してあげてね」
こうして始原魔法のお披露目会は成功裡に幕を閉じた。
始原魔法——俺はこの俺だけの武器を手に、この世界に挑んでいくことになる。
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