第6話 掃除をあなたへ
「いや……まあ……これはひどいですね」
冒険者パーティ・アーク。そのシェアハウス。
見てくれだけは三階建ての立派な建物だが、内情は悲惨なものだった。
至る所に蜘蛛の巣が張っているのはもちろんのこと、辺り構わずゴミが散乱し、どこもかしこも埃まみれで、ところどころ変な臭いを発している。
ジャングル以上に足を踏み入れたくないと思える場所が、こんな街中に存在しているとは思いもしなかった。
「ま、まあ、僕たちは家を空けていることが多いからね……」
家を空けているだけでこんな有様になるわけがないだろう……
俺が白けた顔を向けると、ラッツは慌てて視線を外す。
「とりあえず三日ください。それでなんとか人が入れるくらいにはしてみせますよ」
こう見えて俺は、掃除はわりと好きな方なのだ。特に、重要な試験前なんかには、時間をかけて念入りに部屋の掃除をしたりしたものだ。
「じゃあ任せるわね。キレイになるのが楽しみだわ」
「あ、ちょっと待ってください。できれば一人残ってほしいんですけど」
早々に立ち去ろうとする四人を俺は引き留めた。
「まずは捨てる物と残す物を分けていきたいんで、捨てちゃいけない物のチェックをお願いしたいんですよ。全部捨ててよければ別にいいですけど」
片付けとは、捨てることと見つけたり――とは誰の言葉だったか。
基本的に、ここにあるものは全て捨ててしまいたい気分だが、捨てたら困る物や見かけによらず高価な物がきっと紛れているはずだ。
こういう片付けができない連中というのは、貴重な物ほどゴミとともに保管するという特殊な習性がある。
光り輝くダイヤモンドであれば俺でもわかるのだが、一見ゴミのような貴重品だってきっとあるはずだ。何と言っても、俺にはこの世界の物の価値がわからないからな。
「私は全部捨てちゃっても構わないんだけど、掃除をするなら誰かが水を出してあげなきゃ不便よねえ」
「確かにね。でもおれっちはこの家には入りたくないなー」
ミットの身も蓋もない言葉に、ドットが力強く頷いている。
ここ、あんたたちの家だろうに……
「仕方がないな。だったら、今日は僕が残ろう」
そう言ったラッツが一歩前へ歩み出る。
「それじゃあ、ロッサ。君が代わりに組合へ依頼達成の報告を頼むよ。ミットは僕と彼の分の宿の手配を。まだこの家で眠る気にはならないからね。それから、ドットはいつもの店で宴の手配をしておいてくれ。新しい仲間が加わったんだ。今日は歓迎会だ!」
「おっけー!」
「了解!」
「おう!」
ラッツが手を打って合図を出すと、異口同音に返事をした三者はそれぞれの方向へと散っていった。
相変わらず見事なリーダーシップだ。男ながらに惚れ惚れするよ。
「さあ、クライ!」
ラッツは腕をまくりながら不敵な笑みを浮かべると、外見だけは立派なゴミ屋敷を睨みつけた。
「いざ、失われた故郷を取り戻そうじゃないか!」
言ってることはカッコいいけど、やるのは掃除だからな……
⚫︎
「とりあえず俺の感覚で捨てる物と残す物を分けていきますから、そっちの捨てる物の山の中に必要な物がないかチェックしてください」
俺からすればほとんどがゴミなので、あっと言う間に捨てる物が山と積まれていくが、ラッツがそこから何かを拾い上げる様子はない。一応見てはいるようだから、本当に要らない物なのだろう。
要らないんだったら最初から捨てておけばいいのに、と思わなくはないが、自分にも心当たりがないわけではないし、このゴミの山のおかげで職にありつけたわけだから、敢えて口には出さずに黙々と作業を続けていく。
「この辺りの物も捨てて構わないよ」
片付けを開始してから体感で二時間ぐらいが経過しただろうか。
ようやくリビングの不用品の整理にも終わりが見えてきたところで、ラッツが捨てない物の山の中からチェスの駒のような物を拾い上げた。
「いいんですか? なんか光ってたから貴重な物かと思ったんですけど」
ラッツが手にしているのは、チェスで言うところのキャッスルのような形をした駒だ。おそらくボードゲームに使う物だろう。
全部で何種類の駒があるのか、いくつ駒があればいいのかは俺にはわからないが、ここに転がっていた駒だけでは数が足りないことは明らかだったので捨ててしまってもよかったのだが、よくよく見てみると、淡く白い光を放っていたので念のためにとっておいたのだった。
「光ってる? 僕にはそうは見えないけど……」
「普段から光ってるわけじゃなくて、なんと言うか、じっと集中してから見ると光って見えるんですよ」
俺の言葉を聞いたラッツは駒をテーブルの上において、それに視線を集中させる。しかし——
「うーん……僕にはわからないな。いずれにしてもそんなに高価な物じゃなかったはずだよ。確かずいぶん前に蚤の市で買った物だけど、数も揃ってないし、捨ててしまって構わないよ」
「それじゃあ、それもらってもいいですか? ちょっと気になるんで」
気になったことはつい調べてみたくなるのは、良くも悪くも俺の癖だ。
この駒は確かに光っている。その理由が何なのか。そして、その光が見える者と見えない者がいるのは何故なのか。
このことに限らず、この世界には俺が知るべきことがきっと山ほどあるだろう。俺はその一つひとつを調べ上げ、知識として身に着けていかなければならない。それこそが、着の身着のままで突然異世界に放り出された俺が生き残るための唯一の道だ。
だがその前に、まずは目の前の問題から解決しないとな。
俺はぐるりとリビングを見回す。
とりあえず散乱していた物の整理は終わった。あとは掃除だ。
「ソファとか絨毯とかは新しい物に買い替えるわけにはいきませんか?」
ソファも絨毯も埃まみれの染みだらけだ。だいぶ麻痺してしまったが、悪臭も放っている。カーテンやクッションなんかもそうだ。
酵素の力で汚れを根こそぎ分解する素敵な白い粉などこの世界にないだろうから、洗ったところで染みや臭いは残るかもしれないし、いっそ新調してしまった方が早い気がする。
「いや、洗える物は後からロッサに洗ってもらうからそのままでいいよ」
「ロッサさんが……?」
その答えに俺は怪訝な顔をラッツに向けた。
さすがにそれは無理が過ぎるだろう。『掃除できない系』だと堂々と自称していたロッサが、こんな廃棄物一歩手前のような物を洗ったりするわけないじゃないか……
「ははは! 君の考えはもっともだね」
初めて見るようなラッツの大笑い。ロッサが洗濯をする姿でも想像したのだろう。
確かにあまりにも不似合い過ぎてこっちまで笑えてくる。
「ロッサは洗濯なんてしないよ。水魔法でパッときれいにするのさ」
ちくしょう、魔法か。羨ましい以外の感情が湧いてこないぜ。
ラノベ的常識では、ふつう異世界に飛ばされた主人公って、すごい魔法が使えたり、とてつもない力を持っていたり、何らかの特殊能力を持っていたりするものだろう?
それなのに俺に与えられている能力は、『言葉がわかる』というただそれだけ。もちろん、言葉がわからなければ即詰みなのは間違いないが、でもたったそれだけっていうのはさすがに初心者に優しくないんじゃないだろうか。
「さあ、クライ、もうひと踏ん張りだ。キッチンまで終わらせたら、皆の下へ向かおうじゃないか」
ラッツの掛け声で作業に戻る俺たち。いや、俺だけ。
でも、これが終われば歓迎会をやってくれるらしい。
もちろん、彼らがただ善意だけで俺を保護してくれたわけではないだろうことはわかっている。彼らにとって俺が『怪しい男』であるのは間違いないのだから、近くに置いて監視をしておくといった腹積もりもあるだろう。
それでも俺は誰かに頼らなければ生きてはいけないし、その唯一の拠り所である彼らが少なくとも今は好意的に接してくれていることは感謝しかない。
だから俺はそんな彼らへの感謝を込めて、リビング以上に凄惨な状況のキッチンで、吐き気を堪えながらシンクを磨いたのだった。
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