第5話 出会いをあなたへ②
白の大陸。
地球でいうところの北極に当たる。神気に満ちた大陸。
その神気のせいで生物は存在できないとされている。信仰的な意味でも、物理的な意味でも不可侵領域。
通称、神々の御座。
黒の大陸。
地球でいうところの南極。しかし、これは白の大陸の対として存在するだろうと考えられているだけの、架空の、あるいは未確認の大陸。
実在を確認されたわけではないが、神話や伝承にはよく出てくるらしい。
通称、魔界の蓋。
そして、人が住むことのできる四大陸——青の大陸、緑の大陸、赤の大陸、黄の大陸。
「僕たちが今いるのが、ここ、青の大陸だ」
ラッツが地図上にある小さな円の集まりを指す。大陸というよりも群島という方が近い感じだ。
「青の大陸は水の神の祝福を受けた地なんだ。そして、そこで生まれた僕たちは、水の神の加護を受ける。その結果が——」
ラッツが自らのサラサラヘアーに手櫛を入れる。キザだとは思うが、嫌味な感じはしないのが、ちょっと悔しい。
「この青い髪というわけさ」
「つまり、その青い髪は、水の神の加護の証だと?」
「そういうことだね。そして、加護を与えた神が火の神であれば赤髪に、地の神であれば黄髪に、風の神であれば緑髪になる、というわけだね」
「じゃあ、黒髪っていうのは……」
「神の加護を与えられなかった者が黒髪になるそうよ」
答えたのはロッサだった。
「神に愛されなかった者、神のみなしご、なんて呼ばれ方をしているわ」
「そうですか……」
神に愛されていないと言われるとなんとなくショックなような気もするが、よくよく考えてみれば、ここは異世界で、俺は元々ここの人間ではないのだから、当然と言えば当然の話だ。
それに、前の世界でだって神に愛されるようなことをしてきた覚えは全くないのだから、そもそもショックを受けるのはお門違いなのだろう。
「ちなみに、黒髪でいることの不利益って何かありますか? 例えば、差別的な取り扱いを受けるとか」
「いやあ、ないんじゃない? むしろ憐れんだ人から施しをしてもらえたり、お得なこともあるかもよ。あ! ないこともないか。魔法は使えないよね、たぶん。でも、それは自分が一番よくわかってるでしょ?」
俺の問いにミットが明るく答える。その声には、慰めるような善意も嘲るような悪意も感じないから、きっと言葉のとおりなのだろう。
魔法、使えないのか……
望んで来たわけではないとは言え、魔法があるなら使いたいと思うのが人情だろうに……
それに、ここが異世界だとすれば、俺は元の世界に帰る方法を探さなければならない。さっきのような化け物がいる世界に長居などしていられない。
しかし、元の世界へ帰る方法を探すにしても、魔法も使えない、武器も扱えない、この世界の常識もわからない、金もない、という絶望の四重奏の状態でいったいどうしろって言うんだ……
「落ち込んでいるところ悪いんだけど、今度は僕たちから聞いてもいいかい?」
ガックリと肩を落とした俺を見るラッツの視線は、心なしか先ほどよりも鋭い。
「君はいったい何者なんだ?」
⚫︎
翌日の昼過ぎ、俺たちは小型漁船ぐらいの古びた木造船に乗り込んでいた。
「荷はこれで全部かしら?」
どうやらこのパーティは、巨大なジャグワが暴れているとの情報をもとに出された討伐依頼を受けてこの島に来ていたらしく、討伐の証拠として毛皮や爪を船に詰め込んでいた。
「全部だよ。一番高く売れる牙がないのは残念だけどねー」
生臭い毛皮の上に座ったミットが俺を見て笑う。
「いや、俺じゃないってば」
「ほれ、船を出すぞい。お主もしっかり掴まっとれ」
船を出すって、どうやるんだ? この船にはエンジンは当然として、帆もなければ、オールも備えていない。船尾には大きなL字管のような物がついているが、それでどうやって——
「舌、噛まないようにね」
ロッサが微笑んだ次の瞬間——
「アバババババババババババ」
猛烈な勢いで水面を跳ねるように船が前進を始めた。
向かい風を受けて頬がバタバタと揺れる。
「あはははは、初めてこの大陸で船に乗った人はたいていこんな感じだよね」
ミットは慣れているのか、毛皮の上に座ったまま、俺を指差して笑っている。
船尾を見ると、大量の水がL字管の上方から吸い込まれ、もう一方の出口からすごい勢いで噴出されている。それを操っているのは、L字管を両手で支えるキラキラ輝くおっさん。
これも魔法なのか?
「もうちょっとばかりスピードを上げるぞ」
「アバババババババババババ」
俺の汚い悲鳴は、この後もうしばらく続くのだった。
⚫︎
「水の都アーリムへようこそ!」
港に着いて、一足先に船を降りたラッツが両手を広げた。
俺はそんな彼のイケメンスマイルを見る余裕もなく、這々の体で桟橋へと降りる。
「よくがんばったじゃん」
ミットが俺の肩を叩く。「最初から最後まで叫び続けた人は初めてだよ」って、それ、絶対褒めてないよね!
「ワ、ワシのことも労ってくれていいんじゃぞ……」
振り返ると、俺以上の死に体となったドットが船から顔を出した。なんか、ちょっと痩せた?
「だ、大丈夫ですか?」
「ま、まあ、ワシは盾役をやっとるから、このぐらいは……」
いや、それ盾役の仕事とちゃいますやん。彼の思う盾役とはいったい何なのか……
「もう! 張り切りすぎよ、しょうがないわねぇ」
そう言ってロッサがドットに肩を貸し、たわわに実った二つの果実がドットの頬をぷにゅりと押した。
う、うらやまけしからん!
いや、待て、ドット。貴様、笑ってないか? 鼻の下、伸びてるよな? 演技か? 演技だったんだな! 許さんぞ……絶対に許さんぞーッ!
怒りとともに、俺の秘めたる力が覚せ——
「それで、君はこれからどうするんだい?」
内なる怒りを爆発させる俺に、ラッツが冷や水を浴びせる。
「どうやってこの大陸に来たのかわからない。元いた場所がどこかもわからない、でも帰りたい。記憶喪失ってわけじゃないけど、この世界に関する多くの知識が欠落していて、身寄りもなければ、金もない。そういうことでよかったよね?」
昨夜、核心部分を伏せて、洗いざらい話したことをラッツが簡潔にまとめる。
「改めて聞くと、どうしようもない感じだね」
「そうね、魔法も使えないとなると、仕事を探すのも苦労しそうよね。食うに困って犯罪者、なんてことにならなければいいけど」
まあ、普通に考えて詰んでるよね。
今の俺にとってこの世界は、ただ今日を生きるということでさえ、無理ゲー過ぎる。
「ロッサの言うように、君が犯罪者に落ちてしまうというのは、僕たちにとってもあまり好ましいことではない。街の治安維持も僕たち冒険者の仕事だし、それに、僕たちはもう君と関わりを持ってしまった。きっとそれは、水の神のお導きだと僕は思う。そこで、どうだろう? 君が自立できると思えるようになるまで、僕たちの家のハウスキーパーとして雇われないか?」
そう言ってラッツはウインクを飛ばす。
神や……あんた、なんて尊いお人なんや……
いつもなら「イケメン爆ぜろ!」と声高にシュプレヒコールを繰り返すところだが、今はとてもそんな軽口を叩くことなんてできない。
「いいんですか?」
俺は後ろの三人を見渡す。
「ラッツがいいなら、おれっちもそれでいいよ。これでいて、おれっちたちもなかなか忙しいしね」
「私は掃除洗濯できない系だから、歓迎よ」
ドットは双丘に夢中で何も答えない。
ぐぬぬ……このエロオヤジめ。
「さあ、そうと決まれば、早速我が家に帰ろう!」
ラッツの合図に皆が歓声を上げる。もちろん、俺もだ。
こうして、元の世界で内定取消の憂き目にあった俺は、幸か不幸かこの異世界で、働き口の獲得に成功したのだった。
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