第6話

私には愛茉えまという名前の六歳年の離れた妹がいたと莉子さんに教えてもらったけど、詳しいことになるとなぜか口ごもり何も話してはくれなかった。その後私はエブリスタウンに移り住んだ。

もう私たち家族なんだから一緒に暮らそう。時間はいくらでもあるわ。焦らずのんびり行きましょう。遠慮はなしよ。莉子さんの底抜けに明るい性格に何度助けてもらったことか。家族として快く迎い入れてくれた洸樹さんと海人くんに支えてもらいながら木幡寧音としての人生を再び歩き出した。記憶は依然として戻らない。でもいまはそれでもいいと思える自分がいた。だって今のままで十分幸せだもの。


航大さんに話しがあると海岸に呼び出された。

あれ、あの子……。

以前見掛けた男の子が同じ服装で同じ格好で浜辺に座っていたから驚いた。声を掛けようとしたら、

「寧音さん危ないよ。いつもより波が高いから体ごと持っていかれるよ」

航大さんに腕を掴まれた。

「そこに男の子がいるの」

「男の子?どこにもいないよ」

航大さんがあたりを見回し怪訝そうに首を傾げた。

「だってそこに」

男の子のほうを見ると忽然と消えていた。

「もしかしたらその男の子、亡くなった海人くんかも知れない」

「嘘。そんな訳……」

「ないとは言い切れないよ。僕みたいなおっさんにママをあげないって言ってるのかも知れない。年だって八歳も離れているし、もっと若くてイケメンのほうがいいって言ってるのかも知れない。小さい男の子にとってママは恋人みたいなものだって教え子から聞いたことがある」

航大さんがそう言いながらポケットから取り出したのは指輪だった。

「寧音さん、失くすと嫌だからプロポーズするまでこれを預かっていて欲しい。すぐに戻るから待ってて」

私の手にそっと指輪を握らせると航大さんは、

「海人くん、見ての通り全然格好よくもないし、なんの取り柄もない五十をとうに過ぎたただのおっさんだけど、ママを絶対に幸せにすると誠心誠意誓う。だから海人くんが大好きなママをお嫁さんにください!残りの人生をママと過ごすことをどうか許して下さい!」

海に向かって大声で叫んだ。まわりにいたカップルや家族連れが思わず立ち止まり何事かと驚いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る