プロローグ3


 「お断りします」


 「え、マジで?」

 「マジです」


 任務の都合上教えられないのは仕方ないが、管理局内の治安維持をしているというのは本当だろう。正直その治安維持に興味はない。入る理由があるとすればその特殊な任務だけど、知れない以上わざわざ入る必要もない。


 「そうか、まぁ俺も強制するつもりはない。他のところを見てここに入りたくなったら、また来い。その時は入れてやる」


 「ありがとうございます」


 嫌そうな態度とか取られても仕方ないかなって思ってたけど、案外快く許してくれた。


 「失礼しました」


 これ以上ここに居る理由も無いので、カグツチさんに少し頭を下げてからそこを後にした。



 管理局一階に戻ってきた。そこはさっきよりも少し人が少なくなっていた。時計を見ると16時を過ぎていた。

 おそらく、ほとんどの人が帰宅する時間になったからだろう。ただ、保安隊に行った雫の姿は見えない。先に帰ったか、まだ説明会が続いているかだ。


 本当なら今からでも保安隊に行きたいが、もう参加出来るような時間じゃなかった。待っていても雫が来る保証も無いので私はさっさと帰る事にした。

 学園と管理局は隣接している為、帰り道はさほど変わらなかった。今日は雫と一緒じゃないから、久しぶりに飛んで帰ろう。


 少し開けた道に出て、大きく翼を広げて飛び立った。雫の方は上手くいっているだろうか?明日どんな感じだったか聞こう。


 そういえば明日、午前を丸々使ってクラス合同演習っていうのをやるらしい。内容は実践形式の縛霊との戦闘、と聞いている。

 詳しい事は当日話すと先生は言っていた。準備物は...何だっけ?後で確認しておこう。管理局への配属開始日の翌日に合同演習だなんて、生徒には疲れが貯まらないとでも思っているのだろうか?しかもそれは午前の話で、午後からは今日と同じように管理局で説明をうける。

 ...あまりにもやることが多すぎる。よし、今日は早めに寝よう。

 私は玄関口に降り立った。


 「ただいまー」


 ドアを開けると、晩御飯のいい香りが玄関に充満していた。いい匂い、そういえば私お昼食べたっけ?午前に授業を受けて、そのまま管理局に行った気がする。


 「タマさん、晩御飯いつ出来る?」


 私がそう話しかけると


 「あら、おかえり。そうね、食べようと思えば今すぐにでも食べられるわよ」

 「食べます」

 「そう、その前に荷物を置いて、手を洗って来なさい。その間に準備しておくわ」


 と言ってくれた。我が家はみんな生活リズムがバラバラで、私とタマさんは普通、幽仁さんは完全に昼夜逆転していて、お母さんはもはや帰ってくることすらなく管理局に働き詰めである。あの人、いつか過労死しそうで怖い。

 言われた通り手を洗い、再びキッチンへ戻ってきた。タマさんから料理を受け取り、それを食卓に置いて先に一人で食べ始める。この光景だけを見れば少し寂しいが、私はそうは感じていない。本人がそう思っているのだから問題ないのだ。


 さっさと食事を済ませ、明日の準備をする為に自分の部屋に向かった。足元に散らばっているプリントを踏み越えて、明日必要な物を手に取った。

 さっき荷物置いた時に散らばっただけで、普段から汚いとかそういうわけじゃないので、本当に。マジで。学園が始まってからの生活リズムは、いわゆる良い子のそれであった。周りに「遅おそよう」と言うような生活をしている人しか居ないから、余計にそう思う。


 それをカバンに詰めて、ベッドに制服のまま倒れ込んだ。はぁ、私上手くやれるだろうか。入学式の日にあった試験では1対1だったから私は刀で勝利を納める事ができたけど、今度は実践形式だという。

 勝手な推測だが、縛霊が発生する空間とやらに似せた所で行うと思う。実践と言うのだからそのくらいの規模でやるだろう。あれこれ考えているうちにだんだんまぶたが重たくなってきた。


 私は絶えず襲ってくる睡魔と死闘を繰り広げながら急いで着替えて、もう一度ベッドに入った。

 はぁ、明日はなんだか嫌な予感がする______




 「おはよう、天!」

 「おはよう」


 雫といつもと同じ挨拶をして、今日という1日が始まった。いつもの通学路をいつものペースで歩いて、大体同じ時間に教室に入る。いつもと違うところと言えば、体操服で登校している所だろうか。

 さっさと自分の席に荷物を置いて、第一演習場というところに向かった。先日先生が言っていた内容をざっくりまとめると、午前しか演習を行える時間がないからなる早で、だそう。なる早なんて久しぶりに聞いたな。

 まぁそんな事はどうでもよくて、その第一演習場は市街地が再現され、弱らせた縛霊が放し飼いにされているらしい。どんなものかは大体察しがつく。


 第一演習場はグラウンドを横断した先にある。すでにほとんどのクラスメイトが揃っているようだ。別に私たちも遅いわけじゃないんだけど、みんなやる気ありすぎでしょ。

 少しざわついていた。この場にいるみんなが小声で誰かに聞こえないようにしているかのような喋り方をしていたので、視線を向けていた先を見た。そこには親分こと火山とその子分2人がいた。


 アイツらは入学式の日から一度も来ていなかったのに。今更来る気になったのかな?まあそのやる気を無くした原因はわたしなんだろうけど。


 「うわ、アイツら来てんじゃん。最悪」


 雫は少し嫌そうな顔をしてそう言った。雫、ダイレクトアタックはやめて差し上げろ。確かに私も嫌いだけど、アイツらだって一応人だから。多分。

 そんな火山たちに少し驚いている私たちを気にすることもなく、先生は全員を静まらせ注目を集めた。


 「よし、皆揃ったな。さっそくだがこの演習の内容を説明させてもらう。これから行うのは、保安隊での実践を想定した五人一組で一班となり、五人で連携して縛霊を処理する事が目標となる。目標は縛霊二体の討伐もしくは捕獲だ。そして、お前らにはこれを付けてもらう」


 そう言って先生は足元のカゴからリストバンドを取り出した。


 「今回、強制で全員に銃剣を使ってもらう。これは縛霊との戦闘中に味方の弾が被弾するのを防いでくれる物だ。ちなみに、保安隊でも似たようなものを装着している。これを付けている限り、味方の弾に被弾することはないし、味方を傷つけられない。ただし、あくまで防いでくれるのは銃弾だけで、魂能などは防いでくれないので注意するように。ではこれから皆に配布する。これの色が一緒だった者が今回のメンバーだ」


 銃剣かー、授業で一通り扱い方は学んだけど、弾に霊気を込めて当てるの苦手なんだよね。それのテストもあったんだけど、下手過ぎて0点だった。あれから多少上手くはなってると思うけど、当たるかなぁ。

 先生たちがリストバンドを配り始めた。私に渡されたのは黒色のリストバンド。結果から言おう。私の班のメンバーは、雫、そして、火山、鏑木、筒原だ。ちなみに鏑木と筒原は親分傘下の二人組のことだ。


 私は声を大にして言おう。今回の演習及び私の成績は終わりであると! だってそうじゃん。このメンバーで上手く行く訳がないもん。見事にピンポイントであの日問題を起こした人間が集められている。仕組まれているのかと疑うレベルだ。

 しかも他の所は「やったー一緒だったね!」とか「〇〇さんよろしく」とかキャーキャーやってる。一番仲良く無さそうなところでさえ自己紹介をしているのに。ここは気まずすぎて誰も声を発しようとすらしない。


 あのコミュ力に定評のある雫でさえ下を向いている。これでどれだけこの場の空気が澱んでいるか分かるだろう。いくら最先端技術を詰め込んだ空気清浄機であろうとも、少しも空気を清浄出来ずに一瞬でフィルターが使い物にならなくなるはずだ。しかも今気づいたんだけど、こいつサングラス掛けてる。何?イメチェン?もうイメージ改善するには遅いと思うけど。


 「よし、全員チームメンバーを把握したな?それでは人チームずつ中へ入って行け」


 絶望している私をそっちのけに試験が始まろうとしていた。まぁ喋らなくても倒すことはできるし、何とかなるかもしれない。いや、無理か。いくらポジティブになろうとしてもネガティブなことしか思い浮かばない。


 「次、中に入れ」


 私たちの番が来ても全員無言のままスッと先生の指示につながった。___もう、諦めたい。



 中に入ると、そこには住宅地が広がっていた。遠くにはビルが見える。


 「じゃあ索敵するね」


 雫は能力で大きな鳥を作り出し、空へ飛ばした。どうやら最低限の事は喋るみたいだ。よくあの空気の中で第一声を出すなんて、さすが雫。上から縛霊を見つけてさっさと終わらせる気なのだろう。私もそれには賛成。速攻で二体倒して後はのんびりしよう。


 「前方30メートルに縛霊発見!」


 その報告を聞いた私は駆け出した。また頭の熱が奪われ、思考が研ぎ澄まされるような感覚に陥る。でもそんな事を気にしている余裕はないので、後続を見る。しっかりと火山たちもついてきている。刀を持っていたならこのまま切り込んでいたけど、生憎支給されているのは銃剣。その先端に付いている物では殺傷能力が足りない。

 なので一定の距離まで詰めて、取り敢えず一発撃ち込んだ。縛霊はその銃弾を自身の足元の地面を抉り取ってそれを盾にし、それを防いだ。それと同時に縛霊が大きな叫び声のようなものをあげた。


 私たちは全員耳を塞いで、再度武器を構えた。すると雫がハッとした表情をして、私に向かって何かを言っている。何を言っているのか聞こえない。おそらくさっきの叫び声で縛霊に一番近かったから、耳が一時的にに聞こえづらくなっているのだろう。


 何かが迫ってくる気配を感じ、火山たちがいる方へ後退した。数秒前まで私がいた場所には、別の縛霊がいた。雫が伝えようとしていたのはおそらくこの事だろう。


 「手前の奴は任せて!」


 雫の声が聞こえた。聴力が戻ったようだ。さっきまで鳥だったものが今度はチーターへと変化し、手前にいた縛霊に噛みついた。

 火山たちはその縛霊に銃弾を撃ち込んでいる。どうやら私が相手するべきなのは奥に居る奴らしい。ソイツへ詰め寄って銃弾を撃ち込む。ソイツはさっき抉り取った地面をまた盾として使い、銃弾を防いだ。


 その盾を凍らせ使えなくしてから、銃弾を撃ち込む。命中はしたものの、大したダメージは与えられていないようだ。足元へと踏み込んで、銃剣で切りつけた。

 今度はそれなりのダメージになった。が、すぐに反撃されてまた距離を離されてしまった。この試験の目標は縛霊二体の討伐か捕獲だと先生は言っていた。言い換えれば倒す必要はないということだ。

 私は魂能で縛霊の足と腕を凍らせた。しかしすぐにそれは破壊された。横目で雫の方を見ると、縛霊を瀕死の状態に追い込んでいた。私も負けてられないなぁ。


 しっかりと地に足をつけ、今私ができる最大出力で魂能を発動した。その氷は縛霊を巻き込んで大氷壁を作り出した。よし!


 「捕獲完了」


 そう呟いた瞬間後ろから炎と共に熱波が押し寄せ、私はその氷壁の方へ吹き飛ばされた。この壁がこれ以上吹き飛ぶのを防いでくれたおかげか、少し擦り傷ができたぐらいで済んだ。何故か慌てることはなく、不思議と落ち着いていた。その炎が吹いてきた方向を見る。火山が雫の首を絞めていた。


 体が動いた。私を止めようとした筒原と鏑木をものともせず、火山に殴りかかった。雫を私に向かって投げ、火山は距離を取った。それを受け止めて咳き込んでいる雫に声をかける。


 「大丈夫!?」


 雫は少しかすれた声で「うん」と答えた。私のすぐそばに横たわらせ、少し状況を整理する。今アイツとは距離があり、互いに持っている銃剣ではこのリストバンドのせいで攻撃できない。さっきの炎で瀕死だった縛霊は倒されている。その炎は状況から見て火山の魂能だろう。友達が命の危機に晒されて、さっきは考える前に体が動くくらい感情的だったのに、今はさっきのがウソのように落ち着いている。

 こんなにも私薄情だったのかな。まぁ今は、アイツをどうにかしないと。


 「なんで、こんなことするの?」


 「まさか心当たりが無いなんて言わないよな?」


 こんなことをする理由は.....入学式の日に私がうっかりこいつらを公衆の面前でぼこぼこにしたことだろう。こんな奴に応えてやる意味もないし時間を使う必要もない。あと雫を早くちゃんとした所で休ませてあげないといけないし。

 

 私は会話で気が緩んだ隙を突くように魂能を使い火山の足を凍らせようと試みたが、咄嗟にジャンプして避けられた。その勢いで火山がかけていたサングラスが落ちた。


 「不意打ちとは卑怯だなぁ!お前がその気なら、こっちもやってやるよ!」


 そう言ってこっちを向いた火山の目は、"黒く染まっていた"。それも瞳と白目の区別がつかなくなる程に。

 何、あれ?私がその目を見て同様した瞬間、火山が炎の魂能で自分の体を押し出して接近してきた。咄嗟に氷を体の周りに顕現させて防御したが、勢い余って吹き飛ばされてしまった。

 民家の壁にぶつかって背中に少し痛みを覚えたが、気にせず体勢を立て直した。あの日、アイツはこんなに強くなかった。私の拳にすら反応出来て無かったのに、今は確実に私の攻撃が目で追えてる。こんな短期間で強くなるのはほぼ不可能だ。それに胴体視力は一ヶ月でどうこうなる物じゃない。


 原因があるとすれば、あの目。あれがその原因だと言っていいだろう。火山は炎で私に追い打ちをかけた。すぐさま氷を展開してその炎を防ぎ、民家の壁に沿って横へ走る。その後を火山が追って来ていた。

 すかさず反転して殴りかかった。私に火傷を負わせようとしたのか炎を纏ったので、拳に氷を纏って殴った。腕で防御されたものの感触的に骨は折れただろう。アイツも龍神族の身体能力を舐めていたようだ。


 「痛ぇなあ!!!!!」


 そう言って火山はがむしゃらに炎をまき散らす。あんなに魂能を使ってたら霊気が尽きるはずだ。このまま耐えてても勝てそうだけど、雫が心配だし早く終わらせ.... って、さっきの場所に雫がいない!?どこに行った!?


 「よくやった、お前ら!」


 声が聞こえた方をみると、筒原と鏑木が火山のもとにいた、雫を抱えて。二人が火山に雫を差し出した。しまった、やられた!さっきから二人の姿が見えないと思ったら、私が戦闘で手一杯になっている隙を突いて雫をさらうなんて!火山が倒れている雫の首を踏みつけた。


 「やめて!」

 「さっき言ったよなぁ?お前がその気ならこっちもやってやるって!」


 咄嗟に動き出して火山を止めようとした瞬間、その足の力が強くなった。


 「おいおい、明らかに人質取られてるのに動くなよ。うっかり力が強くなっちまうだろ?」

 

 「....こんなことして、何が望みなの?」

 「あ?そんなの決まってるだろ。俺に恥をかかせた奴を殺すんだよ」


 つまり、私か。この場から動けば雫が危ない。相手は三人、火山が何かする前に助けるのは不可能。火山が雫から足を放して、私の方へ歩いて来た。チャンスだ!わざわざ人質を向こうから手放してくれた。火山に攻撃しようとした瞬間、コイツは笑っていた。


 「いいのか?攻撃しても」


 火山が目配せすると、筒原と鏑木が倒れてぐったりしている雫に近づいた。コイツら、本当に反吐が出る。私は殴る為に入れた力を抜いた。


 「大切な”お友達”が人質に取られて何もできないなぁ!」


 炎を纏った拳が頬に直撃し、そのまま後ろに吹っ飛び地面に顔を着けた。拳に大した威力はないけど、炎が熱い!

 __私、他人よりも少し勉強が、運動ができて、なんでもできると己惚れていたのかもしれない。


 「おい、立てよ」


 目の前の友達一人すら助けられないなんて、私ってこんなにも”無力”だったんだ_____

 もう一度火山が私を殴ろうとした時、突然雫の周りにいた二人が吹き飛んで気絶した。何!?


 「おい、どうしたんだお前ら!」


 何が起きたのか全く分からなかった。その状況に唖然としていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「あの二人のことは捕縛したか?」

 『もちろん、あとはそこの目標だけだよ』


 その赤髪の男はいつの間にか刀を持っていた。その男は火山が魂能を使う暇を与えず一瞬で住宅街の奥へ吹き飛ばした。


 「なんで、カグツチさんがここに?」

 

 「そんなの決まってるだろ?仕事だよ。後は俺たちに任せて、そこに倒れてる友達をさっさと連れて行ってやれ」


 カグツチさんはクモの小型ロボットを肩に乗せ、火山が飛んで行った方へ行ってしまった。


 そこからの事はあまり覚えていない。息が荒くなっている雫を見て、抱えて空を飛んで入口まで戻ったことは覚えている。でも先生に雫を引き渡してからけがの治療やメンタルケアなどを受けて、気づけば演習が終了し、学園に戻っていた。

 事情聴取もあるのかなと思っていたが、それは無かった。多分あの目で犯人だと断定出来たからだと思う。そのあと私は部署説明に参加することなく帰宅した。


 怪我の具合はどうだったかと言うと、雫は無事だった。打撲や擦り傷、火傷はあったものの、数日あれば回復するとの事。私も頬に少し火傷を負ったが、これもすぐに治った。


 翌日、雫と一緒に教室へ入るとクラスメイトたちに心配された。今回の事は演習中に起きたため、いくらアイツらの親が管理局員でも秘匿する事は出来なかったのだろう。

 それに私はともかく雫は火傷を腕に負っていて、包帯をしていたので余計に心配された。


 そこからはいつも通りだった。これといった試験も無く、ただ授業を聞いているだけで午前が終了した。昼休み、ご飯を食べようとしていると雫が私の隣に座ってきた。


 「私は怪我してるからまだ部署説明に参加出来ないんだけど、天はどうするの?」


 「ああ、私は行くよ。怪我も治ったしね。それに、もう私はどこに行くか決めたから」

 「そっか、わかった。じゃあせめて一緒にお昼食べよ!」


 雫と昨日の事がなかったかのようにワイワイ喋りながらお昼ご飯を食べた。昼休みが終わると、参加出来ない雫と別れて管理局へ向かった。


 私は道に迷う事なくスラスラと進んでいく。雫は昨日の事を忘れて立ち直ってる。周りに暗い表情も見せないし、誰かにあの事を聞かれても嫌な顔をする事なく話してあげていた。

 それに比べて私は、まだ昨日の事が忘れられない。あの場にカグツチさんがこなければ、あのまま私と雫は殺されていた。友達一人救えなかったあの無力感を、もう二度と味わいたくない。


 だから私は______


「で、ここに来たって事は入るって事でいいのか?」


 目の前の特徴的な赤色の髪をした男はそう言った。


 「はい、でもその前に聞きたい事があります」

 「いいぞ」


 「あの黒い目は、何ですか?」


 「そうだな、その前に、黎界でこれだけの人が暮らせるエネルギーはどこから来ていると思う?」

 「え?普通に水力や風力で発電しているんじゃないですか?町外れの山にも風力発電機がありますし」


 「ああ、それが一般に公開されている物だ。だが真実は違う。そのエネルギーは魂から来ている」

 「魂?」


 私がそう聞き返すと、カグツチさんは自分のデスクから私が座っている来客用ソファーの反対側に座った。


 「黎界には現世で生きている生物の魂がその死後にやってくる。元々ここに来たものは時間をかけてゆっくりとその魂から精神が剥がされていき、綺麗になった魂は転生する。その際に莫大なエネルギーが発生するんだ。その工程を人工的に行い、それで得たエネルギーを俺らの生活の為に使っている」


 こんなこと、私なんかが聞いてしまっていいのかな?そう思うほどに黎界で暮らす一般人にとっては驚くべき事実なのだ。


 「問題なのはここからなんだ。確かにエネルギーは発生するが、同時にその魂の持ち主が残した後悔、欲望なんかも一緒に剥がれる。特にマイナスの感情はな。その欲が行き場を失い、最もマイナスの感情が高まっている霊人に取り憑く。俺らはこの現象を【欲に溺れる】と読んでいる。欲に溺れた者は見境が無くなる。さらに戦闘能力が向上し、周りの霊人を襲うようになる。そういった奴らに対象するのが、俺ら特命課だ」


 そうか、だから火山はあんなに強くなってたのか。


 「で、どうするんだ?特命課に入るか?」


 そんなの私の答えは決まっている。もうあんな無力感を味わいたくないし、誰かに味わって欲しくもない。私の大切な人を守る為に、


 「はい、よろしくお願いします!」


 もう、あんな事は起こさせない______


 

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魂が溺れてしまう前に りょっぴーぴあ @ryoppy_pia

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