30:キュンは世界を救う

 戦隊モノであれば、ヒーローがピンチになろうとも、最後には勝つ。しかし現実は違う。

 異世界だか宇宙だか凶悪な兎モドキが、地球を侵略して早三日。テレビやSNSを見ても日に日に配信の数は減っていった。

 孤島にある研究施設にだって、いつか兎モドキがやってくる。もうすぐそこまで来ているかもしれない。

 だがその前に、なんとしても助手の七竈ななかまどさんに告白したい!


『告白するなら海の見える場所がおすすめ☆』という雑誌をあてにして孤島の研究施設を選んだのが間違いだった。食料も三カ月分用意して告白の準備も着々と進めていたのに!

 せめて死ぬ前に告白したい! そう意気込んだ瞬間、ノックも無しに七竈さんが部屋に飛び込んできた。


博士はかせ、珈琲を淹れました♪」

「七竈さん、ノック……」

「てへ」


 可愛いな。

 ワンピースの上に白衣を着こなし、髪を一つにまとめた姿はとても可愛らしい。彼女の淹れた珈琲を口にしてから、告白するのも悪くない。

 そう思って一口飲んだが、なんとも甘いような? 

 僕がブラックしか飲まないのを知っているはず?


「どうです、博士?」

「うん。良い香りだし美味しいよ。ただ……砂糖、いれた?」

「まさか! 博士はブラック派ですから砂糖入れてませんよ!」


 さすが七竈さんだ。でも「砂糖は」という言葉が引っかかる。


「そ、それより。何かこう、私を見ていつもと違う? というか心拍数が上がって、熱っぽいとかは?」

「いやまったく?」

「もうーーー、なんで変わらないの!? 博士は私を見てもキュンとしないんですか?」

「は? 別に普段と変わらず七竈さんは可愛いだろう。キュン、は分からないけれど」

「はう!」


 なぜか七竈さんは胸を押さえている。いや本当に何故?


「思わず私がキュンってしちゃったじゃないですか! 実験は失敗です」

「実験!? 僕は被検体にされていたのか? ……しかし何の? ハッ、まさか媚──」

「キュンとなる薬です」

「は?」

「博士にキュンってして貰いたくて、いろいろ考えていたら」

「いたら?」

「キュンとなる薬ができました」

「天才じゃないか。凄いよ七竈さん」

「はうぅ!」


 なぜか飲んでいないはずの七竈さんが悶えている。え、可愛いのだけれど。でもキュンではない。


「唐突だけれど、七竈さんのことがずっと好きだったんだ」

「はうう……このタイミングはずるい」

「人類が滅ぶかもって時になんだけど、恋人になってくれないだろうか?」

「きゃわわわ! ずるい!」


 いちいち可愛い反応する七竈さんのほうが狡いのでは?


「へ、返事は?」

「結婚を前提とした恋人なら」

「喜んで。でも、まあ確かにプロポーズぐらいしておけば良かったな」

「まったくもって、その通りです」


 勢いに任せてハグをして見たらとっても柔らかくて、良い匂いがした。甘いような? 

 でもそこでキュンとする気持ちは芽生えない。この状況は控えめにいって最高だけれど!


 ***


 四日後。

 兎モドキは海を走って、孤島までやって来た。ギョロリと血走った目に、ハリネズミのように尖った毛並み、太った体に、凶暴な前歯。

 しかし孤島に着いた頃にはキュンと鳴く、モフモフかつ、まん丸の兎になっていた。


「か、かわわわっ……!」

「落ち着け」


 どう見ても細胞レベルで、全く違う生物になったぞ。

 なぜモフモフの無害な兎に?

 その答えは七竈さんのキュンとする薬だった。キュンとする薬をドラム缶三つ分ほど作ったらしく(なぜ大量に作った!?)、それを誤って海に落としてしまったのだとか。結果、海の中で溶けて兎モドキをキュン化させてしまったらしい。

 つまり七竈さんが超天才で、人類は救われたということ。

 キュンって凄いんだな。

 僕は未だにキュンが分からない──が、概ね幸せだ。

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