28:土曜の夜の石油王は忠犬の姿をしている

 週末の繁華街はとても居心地のいい騒がしさで。

 高校卒業から十年。集まったクラス会の面々は、仲の良かったグループごとにもう一軒だとかカラオケだとかで盛り上がって。


「ああもう。飲み過ぎなのよ」

「うぇへっへっへ。クララちゃんは優しいですなあ」

「昔のアダ名なんかで呼ぶな」

「久しぶりに会えて嬉しくてぇ。へぃへーぃ、ぷりーずこーるみー、ハイジぃ」


 何も変わってない。変に明るい所も、ぐいぐい来るところも。

 よく二人で一緒にいたから、周りから苗字をもじった妙なアダ名をつけられてたことも思い出した。


 仕事ばっかりでくたびれていた私には、この懐かしさが沁みてしまう。

 向こうから、ほどよく酒の回った顔で昔の級友が歩いてきた。


「おーい、倉田くらたァ、拝持はいもちィ。既婚者組は帰るらしいから俺らは俺らでもう一軒どうよ」

「ご遠慮しとく。残ってる仕事が気にな――」

「ひゃっはー!! 夜はこれからだよぉクララちゃぁん!」

「もう、ちょっと黙りなさい能天気ハイジ!!」


 ぐねぐねとタコみたいに地面に座り込むハイジ。


「あちゃあ、これ完璧に潰れてるな。倉田、これどうする?」

「タクシーにでも放り込みましょ」

「へぇい、タクシーならもうすぐ来まぁす」


 半分ろれつの回っていない声で、手だけを高々と挙げてそう宣言する。


「こう言ってるけど、心当たりある? 瀬田せたくん」

「さっきのあれかぁ? あんなの本気にするやついないだろ」

「あれって?」


 聞けば、酔いが回りに回ったハイジは、突如スマホを取り出し電話をかけたらしい。そして一言「迎えにこぉい」とだけ叫んで通話を切ったと。


「それ、新手の詐欺電話の手口かナニか?」

「倉田は別のテーブルにいたから聞いてないのか。そっからずっとこいつ、八条の話しかしなくてさ」

「八条って……ハチ!?」


 高校時代、ハイジの無茶振りに忠犬よろしく応えていた彼。通称ハチ公。購買のおつかいに始まり、課題の手伝いなんかもさせて、極めつけは卒業式の日にハイジから「石油王になってこーい!」と言い渡したんだっけ。あれ、体のいい厄介払いだと思ってたんだけど。


「いまでもアレコレお願い・・・してるらしいぜ。合コンに失敗した時に慰めてくれたとか、誕生日に祝ってくれたとか」

「それ、付き合ってるわけじゃ……ないの?」

「ぶへへへ、まぁさかぁ。ハチはぁ。ハチなんだってばぁ」


 ぐんにゃりとしながらも下から声が聞こえる。

 いやあんたそれ、どう考えても……。


 そのとき、夜の喧騒の中を分けて現れた忠犬。


「うぉ、マジで来たよ」

「や、久しぶり。クラス会、出れなくてごめんね。どうしても抜けられない会議があってさ」


 マジか。素人目に見てもめっちゃ高級なスーツ着てるし。なんか秘書っぽい人がハイジを抱えて恭しく車に乗せてるし。


「またすぐヨーロッパの支社と会議だから僕はこれで」

「ちょ、ちょっと八条くん、ほんとにハイジを迎えにきたの?」

「彼女が、来いって言ったからね」


 思わず呆気にとられてしまう。


「えぇ……? お付き合いしてるわけじゃないのに?」

「僕もそうしたいのは山々なんだけど」


 ハイジを乗せた車をちらりと見て彼は続けた。


「彼女が自分の気持ちを自覚するまでは、僕からは言ってやらない。さんざん振り回されたからね」


 軽くウインクして、ハチは車に乗り込んで去っていった。

 ハイジ、あんた石油王より厄介なやつ相手にしてると思うわよ。


「はー。あほらし。瀬田くん、もう一軒行こっか」

「お、仕事はいいのか?」

「なんか気が抜けた。ハイジも言ってたでしょ。夜はこれからだ、って」


 週末の繁華街はとても居心地のいい騒がしさで。

 想像もできない方向に育った思い出をダシにして愉快に飲み明かすくらいにはちょうどイイ夜だと、そう思った。

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