26:嫌な先輩

「さっきチームズで共有してもらったエクセルの見積もり書、コンベアとコンベアーとコンベヤが混在しているんだけど、どうなってるんだ? 以前にコンベヤに統一するって決めただろ」


 隣に座っている三つ上の男の先輩が、キッとにらみつけてくる。かなり怒っているようで、気分が悪くなる。どれだって意味は通じるわけだし良くないですか? そう言えたら良いのに。と思いつつ、はぁ。と答える。


「それに、な、エクセルの計算が合ってないんだよ。変なところに行を継ぎ足しただろ。だから、途中までで計算が終わってて、合計になってないんだ。これ、お客さんに出したら大赤字になるところだぞ」

「でも、その見積もり、設計が送ってきたものなんです」

「だから、知らない。ってんじゃ、お前の価値はなんなんだよ。もう少し、緊張感を持って仕事をしろよ」

「済みませんでした」


 私は腹立たしいけど謝ることにする。言い合っても話が長くなるだけだ。丁度、昼休みのチャイムが鳴ったのを良いことにその場を離れようとする。


「午後一に直しておけよ」


 先輩に言われて、笑顔で「はい」って答える。けど、お腹の中が苛立ちで満腹だ。一部の女性社員に人気って言われる先輩だが、本当に細かくてしつこくて性格が悪い。同期に羨ましい。って言われたけど、みんな、マジで見る目がない。


 いつもなら食堂に向かうところだけど、食事をする気分になれなくて売店でゼリータイプのバランス栄養食品を買って、商談スペースの一番奥を借りる。そこは、昼休みになると、空いていれば自由に使える商談用の場所で、パーテーションに区切られて椅子と机が置かれている。ちゃんとした会議室ではないから、みんなで弁当を持ってきて一緒に雑談をしながらお昼をすることができるスペースだ。


「あいつ、駄目だろ。何回言っても同じミスをしているし」


 スマホを見ながら、さっきのことを忘れようとしていると、どこかで聞いたことがある声がした。誰だろうか。と考えていて思い出す。うちの課長の声だ。


「いいえ、そんなことありませんよ」

「さっきも怒ってただろ」

「怒ってないですよ。声は聞こえていませんよね」


 話しているのは、間違いなく先輩の声だ。課長とは師弟関係で仲が良い。って聞くから、隣のスペースを借りて仕事の話をしながら食事でもしているんだろう。スマホをテーブルに置いて少しでも話しが聞こえるようにパーティーションに顔を近づける。


「まあ、確かに声は聞こえなかったが、チームズに張り付けていた資料を見たら怒りたくもなるだろ。新人ならまだしも二年目だし。やっぱ、あいつ、支店に行かせるべきなんじゃないか? 成長の見込み無いだろ?」

「大丈夫ですよ。ああ見えて、彼女は頑張り屋で負けず嫌いですから。先日も、逸注しそうだった案件、無事に受注につなげたじゃありませんか」

「それは、お前がフォローしたからだろ」

「いえ、そんなことありませんよ。いくら、自分が頑張っても駄目なものは駄目ですから。あそこまで粘った彼女の頑張り、課長も褒めていたじゃないか」

「そうだったか? でも、抜けているところが多くないか?」

「そんなもんですよ二年目なんて。自分の時より頑張ってますよ」

「そうか? お前は元から優秀だっただろ」

「いえいえ、課長のご指導の賜物です」

「相変わらず口だけは上手いな」

「それじゃあ、口だけで仕事ができないみたいじゃないですか」

「口だけで出来る仕事のプロだな」

「課長のご指導の賜物です」


 何恥ずかしいこと話しているんだあいつら。私はその場から逃げるように立ち去る。ホント、性格が悪いよ先輩は。私のことをダシにして自分の自慢をするなんて。

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