25:悔しくて
私の彼は不愛想だ。
眉が太くて、目つきが悪くて、強面で、道を歩けば猫はシャーと毛を逆立て、犬はキャンキャンと威嚇する。
しかも、背が高くて、筋肉質で、肌は色黒で、運動系のサークルに勧誘されそうになることが多いが、たいていは振り返った時点で相手が逃げる。
結果、ついたあだ名が『石像』。
何があっても動じないし、堂々としているし、感情がないのでは、と裏で囁かれるほど。
でも、実際はそんなことなくて。
「どうしたの? 合鍵は?」
私のドアの隣で大きな体を小さく丸め、ちょこんと体操座りをしている彼。
「……忘れた」
今にも消えそうな声。不安に揺れる目。強面なのに捨てられた犬のような顔で見上げてくる。もう、すべてがズルい。
「もう。春先でも、まだ寒いでしょ? 連絡くれれば早く帰ったのに」
そう言いながら彼の頬に手を伸ばす。
太陽の香りがする浅黒い肌はひんやりとしていて、長い時間ここで待っていたことを教えてくれる。
そのまま立ち上がりそうにない彼に、私は笑顔で買い物袋を見せた。
「一緒にホットココア、飲もう?」
こう見えて、実は甘党の彼。中でも私が作るホットココアが一番好き。
「あぁ」
それを証明するように、彼が表情を崩してふにゃりと笑う。
その柔らかな笑みが、普段とのギャップが、私の心の弱いところをくすぐって、思わず耳が熱くなる。
「ほら、早く入ろう」
私ばっかり彼のことを好きみたいで、ちょっと悔しくて。
逃げるように背中をむけて、鍵を開ける。そのままドアを開けようとして、背後からすっぽりと大きな体に包み込まれた。
春先で少し薄手になった服。その服越しに伝わる体温と、厚い胸板の感触。
そのことに気を取られた、その一瞬。
筋張った手が私の小さな手を覆い隠し、ドアノブを動かした。
絡み合うように玄関に入り、そのまま押されるように背中でドアを閉める。
「どうし……」
顔をあげると、すぐ横を太い腕が抜け、視界は浅黒い肌に染まり……
耳に触れる、冷たくも柔らかな感触。鼓膜に触れる吐息。
「ぴゃっ!?」
思わず出た声に、小さな含み笑いが落ちる。
「……ごちそうさま」
彼が私から離れて靴を脱ぐ。
「ど、どういうこと!?」
意味が分からない私は、広い背中をぽすぽすと叩いた。
〜※〜
実は、鍵を忘れたわけではない。
そう言えば君が困ったような、呆れたような笑顔を見せてくれるから。
実は、ホットココアはそこまで好きではない。
君が美味しそうに飲むから、一緒に飲みたくなっただけ。
両手の中にすっぽりと収まる小さな君。
そんな君に、どんどん染まっていく。
でも、君は平然としていて。
自分ばっかり君のことを好きみたいで。
それが、少し悔しくて。
ちょっとしたイタズラをしてみたら、背中をぽすぽすと叩かれた。
この痛みさえ甘く愛おしく感じるのは、きっと重症だろう。
「もう、こっちむいてよ!」
小さな手に引っ張られて顔を動かすと……
チュ。
軽いリップ音と柔らかな感触。
「キスするなら、こっちでしょ」
ふんッ! と威張った様子でこちらを見上げる顔。
その可愛らしさに片手で顔を覆う。きっと耳は赤くなっているだろう。
「降参だ」
漏れた言葉に満足そうな君の声がした。
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